第2-5話 君には何が見えているんだ

 残りの2人の賊もまた、グッタリとして動かない。そのことから目の前の賊と同様に、この2人もまたすでに事切れているのは疑いようもないことだった。

 これはもちろん、敵に捕まった際に余計な情報を与えないためなのだろう。自害できるように、前もって手を打っていたというわけだ。

 凸守でこもりは無意識のうちに「チッ!」と舌打ちをしていた。

(見る限り、コイツらは単なる《(ならず者》》集団ってわけじゃなさそうだな。しかもかなりの大組織と考えていいだらう。

 となると──そんな組織に狙われている「佐藤」は一体……)

 尻餅をついた「佐藤」は恐る恐る賊の顔を覗き込んでいる。すでに賊たちの目には光がない。

《し、死んでるんですか……)

「そのようだな。おそらく時限装置のようなものを体の中に仕込まれていたんだろう。

 決められた時間に戻らない場合、敵に捕まったと判断して自害するように何かを仕込まれてたわけだ」

「一応聞いておくが、この男たちに見覚えはあるか? それから君を拉致しそうな組織に心当たり?」

「あ、ありませんよ……そんなのは……」

 少しでもそのような心配があるなら、街中の鐵工所で普通に働いているはずはない。それがわかっていから「そうか」と素っ気なく言うと、凸守でこもりは賊の体をまさぐり始めるのだった。

「な、何をしてるんですか……」

「何か身元がわかるものがないかと思ってな。ボサッとしてないで、向こうの輩の体を探してくれ」

「ぼ、ぼくがですか⁉︎」

「早くしないと警察が来るぞ。そうなったら君はあれこれ調べられる。もちろん属性なこともな。それでもいいのか?」

 派手に立ち回ったのだから、事情を聞かれないはずがない。おまけに死人が出ているのだから、警察だって簡単には引き下がることはないだろう。そうなると「佐藤」の特殊な「属性」のことについても当然調査されるはずだ。

「わ、わかりました」

 渋々といった感じで「佐藤」もまた、倒れている他の賊の体をおっかなびっくりといった感じで調べるのだった。

(なんだこれは?)

 凸守でこもりは賊のスーツの内ポケットに手突っ込んだら、半透明のピルケースを見つけたのだった。

 中には市販薬によく見られる、赤と白のセパレートになったカプセルがあった。

「あの……探偵さん。こんなものがありましたけど」

「佐藤」も同じものを手にしている。

「か、風邪薬とかですかね? 匂いはしませんが」

「やめておいた方がいい」

「え?」

「おそらくコイツらが死んだのは、奥歯に仕込んでおいたコレが、破裂するようになっていたからなんだろう」

「佐藤」は表情を引きつらせるのだった。

「つまりこれは、劇薬ってわけだ」


          *

「ここはどこなんでしょう?」

「佐藤」は物珍しそうに周りを見渡している。

「俺の隠れ家だ」

 広さとしては10坪ほどしかない。

 室内の北側には緩やかなカーブを描いたカウンター。赤い丸椅子が5脚に、テーブル席が2つ。

 10人も入れば一杯になってしまうだろう。

 ここはかつてバーだった場所だ。

 地下にあるため窓はなく、天井の電気もしばらく交換はしていないので薄暗い。

 ここの持ち主の男とは以前、仕事で出会った。

 生き別れた妹を探してほしいという依頼だったのだが、蓋を開けてみれば男には妹などおらず、相手の女は依頼人の男にストーカーされていたのだった。

 自宅で待ち伏せするなどエスカレートしていったため、怖くなって姿をくらましたのだった。

 それを知った凸守でこもりは怒り狂い

男をボコボコにした。依頼料が払えないというのでこのバーを取り上げたのだ。

 元々目立たない場所にある上に、バーの看板なども外してあるため、ここに近づく者はほとんどいない。おかげで身を隠すには好都合だった。

 ちなみにカウンターの後ろには酒瓶が並んでいるが、凸守でこもりが飲み尽くしてしまっているため、ほとんどはカラだ。

「こんな仕事をやってると、たまに見ちゃいけないモンやら、聞いちゃいけないモンを見聞きすることがあってな。身の危険を感じることがあるんだよ。そんな時はしばらくここで潜んでるってわけだ」

「た、探偵さんって、意外と危険な仕事なんですね……」

「俺が特殊なだけだ。どういうわけか怪しげな依頼が多くてな」

「な、なるほど……」

「ここは俺以外に知ってる者はいないから、安心していい」

「ありがとうございます……」

「佐藤」は手近な椅子に座ると、すぐにうつむいてしまう。

「こ、小鳥は……どこにいるんでしょうか……」

「おそらく彼女は、君を連れ去ろうとした黒スーツの連中に拉致された、と考えるのが自然だろうな」

 念のため小鳥の職場にも連絡してみたが、彼女はランチに出たきりまだ戻って来ていないそうだ。

 小鳥のスマートフォンに連絡をしても応答はない。

 彼女が連れ去られたということは、凸守でこもりに依頼したことなども聞き出している可能性が高い。そのため探偵事務所に戻るのはうまくないと考えたのだった。

「どうして彼女が……」

「それはこっちが聞きたいくらいだ」

「佐藤」は戸惑った表情を浮かべる。凸守でこもりは隣の席に腰を下ろした。

「君は一体何者なんだ。奴らはなぜ君を連れ去ろうとしたんだ」

「ぼくにも何がなんだか……」

「本当に記憶がないのか? 俺に何か隠してるってことは──」

 と、その時、物音を聞く。

 凸守でこもりは反射的に人差し指を口に当て、「佐藤」に壁の方へと移動するよう目配せする。

 忍足でドアに近づく。


 ゴトンッ!


 とっさに後ろに飛び退く。

 階段の上から何かを投げ込まれたようだ。「何か」がドアに当たった音なのだろう。

 そっとドアを開けて外を覗いて見る。階段を見上げるが、そこには誰もいない。

 足元に視線を向けると、どうやら投げ込まれた「何か」はスマートフォンだった。それを持って店の中に戻る。

「なんだったんですか?」

「普通に考えれば、彼女をさらった奴だろう──!」


 スマートフォンか鳴った。


『ゲッゲッゲッ!』

 通話ボタンを押した途端、奇妙な音が聞こえた。

 最初、スマートフォンか何かのノイズでも入ったのかと思った。だがちゃんと耳を澄まして聞いていると、どうやらそうではなかったらしい。電話の向こうの人物の笑い声だったようだ。

『探偵かよォ、それとも「佐藤」の方かよォ』

 やけに聞き取りにくい声だ。ずいぶんとしわがれている。

「探偵だ。で、お前は誰だ?」

『オラァよォ。『高橋』ってんだけどよォ』

 素直に名乗るのか、といささか意外ではあったが、「高橋」とはありきたりな名前なので、偽名ではないかとも勘繰った。

(まあ、この際そんなことはどうでもいいんだが──)

『知ってるとは思うけどよォ。可愛いお嬢ちゃんはこっちで預かってるんだよォ」

 可愛いお嬢ちゃん──つまり小鳥遊小鳥たかなしことりのことだ。

『返してほしければよォ。『大蛇おろち』をこっちに渡してもらおうかよォ』

 チラリと「佐藤」を見る。

(やはり「神威カムイ属性』が目的か)

「佐藤」を狙う理由としては、それしか思い当たらないからだ。

 とりあえず凸守でこもりは、

「オロチ? 一体なんのことだ」

 と、トボけることにした。

 すると向こうからまた『ゲッゲッゲッ!』という特徴的な笑い声がするのだった。

『猿芝居すんじゃねえよォ。そこにいる『佐藤』が『大蛇オロチ』の所有者だってことはよォ、とっくに調べがついてんだよォ。

 こっちは何年もかかって、ようやく突き止めたんだからよォ。

 とにかく、今から言う場所まで連れて来いよォ」

「ところで、どうやってここを突き止めたんだ。ここは俺のとっておきの隠れ家なんだがな」

 尾行には十分に気をつけていたつもりなのだ。凸守でこもりが知る限り、何者かがいたという記憶はない。

『「佐藤」のステータスを見てみなよォ』

 凸守でこもりは眉根を寄せつつ、「佐藤」のステータスをオープンする。

「チッ!」

『わかったかよォ』

「佐藤」のサブ属性を見て「やられた!」と思った。そこに『その他属性 GPS』と表記されているのだった。

 これは我が子が迷子にならないよう、両親が幼子のサブ属性に入れるものだ。政府に申請すれば簡単に手に入るスキルだ。

「あの時か……」

 脳裏に黒スーツを来た男たちが絶命した場面が浮かぶ。

(だが待てよ……)

 ということは、黒スーツの男たちの誰かのメイン属性が「GPS」だったことになる。

(メイン属性は生まれた時点で所有しているものだ。それが「その他属性」だなんて──)

 凸守でこもりの思考はそこで打ち切られる。

 耳障りなしゃがれた声に遮られたからだ。

『そういうわけだから探偵さんよォ。今から言う場所まで来てくれよォ。断れば、女はどうなるかわかってるよなァ」


 もしかして君には、このような未来が見えていたのか。

 だから「神威カムイ属性」を持つ者を殺してくれと俺に言ったのか……。

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