第2-2話 君には何が見えているんだ

(待て待て待て! 今はそれどころじゃないんだ!)

 凸守でこもりは激しく頭を振った。

 視界がグルグルと回り、気分が悪くなり、ふらついて倒れそうになったが、なんとか堪える。

 まったくもって酷い有様ではあるのだが、おかげで頭の中にかかっていた靄が吹き飛んだ気がした。

(とりあえず「佐藤」のスキルの謎を解くのは後だ! とにかく今はなんとかしてこの場から助け出さいと)

「佐藤」を取り囲む「砂漠」たちの輪が、徐々に縮まってる。どうやら残された時間は少ないらしい。悠長に作戦を考えているヒマは与えてはくれないようだ。

 凸守でこもりは顎を引いて気を引き締める。

(これは心してかからないと。情報屋の小男が適当に集めた素人たちとは、わけが違うんだからな)

 ざっと見たところ10人だ。

 小男が雇ったチンピラたちに比べれば、3分の1ほどしかいない。だからといって余裕かといえば、決してそんなことがあるはずもなかった。

 何せ「砂漠」たちの方が圧倒的に喧嘩慣れしている。加えて寄せ集めの集団とは違い、普段から徒党を組んで戦っている輩たちだ。それなりに連携は取れているのだろう。

(無傷では帰れそうにないな……)

 凸守でこもりは覚悟を決めると、息を潜め、そっと近づいていく。

 全員が「佐藤」に気を取られている上に、凸守でこもりは今、自らの闇属性のスキルによって気配を消している。おかげで難なく背後を取ることができたのだった。

(まず目の前にいるこの男を無効化する!)

 後ろから相手の頭を鷲掴みにする。

 手から湧き出てくる黒いもやは男の頭を包み込むのだった。

(闇属性 『闇の霧』スキル発動! この男のこれまでの記憶はすべて闇の中の霧に紛れる)

 すると男はその場に倒れ込むが、凸守でこもりが受け止めたのでまだ誰も気がついていない。

(1秒、2秒、3秒、4秒、5秒、6秒──よし!)

 抱えていた男を地面に倒すと、両サイドにいた男たちが異変に気がついたようだ。

 初めて凸守でこもりの存在に気がついたというようにギョッとする。

(遅い!)

 右側にいる男に触れる。

(『闇の霧』スキルをコイツに!)

 力一杯突き飛ばすと、男は1番近くにいた仲間にぶつかる。その瞬間、男に触れられた方の男は目を虚ろにすると、やはりその場に倒れるのだった。

(残り8人!)

 凸守でこもりが突き飛ばした男は倒れた仲間に巻き込まれてバランスを崩している。すぐには対応できない。


(1秒、2秒、3秒──よし!)


 素早く反対側にいた男にも触れると、力一杯に突き飛ばす。同様にぶつかられた方の男は虚な目をして倒れるのだった。


(あと7人──2秒、3秒──グッ!)


 凸守でこもりの左肩に激痛が走る。

 前方を見ると、「佐藤」の背後にいた男が、吹き矢に見立てた拳を口に当てているのだった。

(アレは風属性のスキルか!)

 撃たれた肩を動かしてみる。

(大丈夫だ! 距離があった分、貫通はしていない……)

「ウラァ!」

 突き飛ばした男が体勢を立て直して向かってくる。その拳には火がまとわれていた。

 こちらは火属性のようだ。

 アッパーカットを繰り出してくる。

(この程度の火なら!)

 凸守でこもりは下から突き上げて来る拳を足で受け、すかさず頭に触れる。その瞬間、男は倒れる。

「てめえ! 何者だ!」

 凸守でこもりは身構える。

(あと6人か……)

 男たちは3、3に分かれ、ジリジリと凸守でこもりの横へと移動している。

(やはり戦い慣れてるな……)

 突っ込んで来ることはせず、2手に別れたことでも、やはり「砂漠」が厄介なのは明らかだ。2手に別れたらうちのどちらかが襲いかかれば、凸守でこもりは否が応でもそちらに退社せざるを得ない。そうなればもう一方は必然的に死角から攻撃できるわけだ。

「ちょっと待て!」

 凸守でこもりは手の平を向ける。

「君たちの名前を聞いていいか?」

「何言ってんだ! テメェ!」

「男同士の決闘だ。名前を知らないままってのは、どうもカッコつかないとは思わないか?」

 男たちは互いに目を合わせる。しばらくすると、急に男たちから殺気が薄くなったような気がした。

 少なくとも、さっきまでの緊張は緩んだのは間違いない。

「わかった、おれの名前は──」

 律儀にも順番に名乗って行くのだった。

(馬鹿で助かった……)

 凸守でこもりは笑い出しそうになるのを必死でこらえるのだった。

「おい! 次はテメェだ! 名乗れ!」

「男らしく正々堂々とな!」

 凸守でこもりは自分の左手を見る。

(うまく扱えるといいんだが──)

「『神威カムイ属性 『月詠ツクヨミスキル発動! ──たちの動きを止める!」

 言い終えると、まるで画像の停止ボタンを押した時のように男たちの動きが止まってしまうのだった。

「ふう!」

 膝に手をつくと、大きく息を吐く。

(危なかった……がなかったらやられてた……)

 体を起こすと、左肩が傷んだ。

 ヨロヨロと歩きながら、動かなくなった男たちのところまで行く。

 そして順番に頭に触れていき、記憶を消していくのだった。

(「月詠ツクヨミ」のことを覚えていられちゃまずいからな……)

 を終えると、「さて」と振り返る。

「大丈夫か?」

「佐藤」は尻餅をついたまま、口を半開きにしているのだった。

「おいっ!」

 もう一度声をかけると、やっと意識を取り戻す。倒れた男たちを見て、ガタガタと震えるはじめるのだった。

「し、死んでるんですか……」

「時間が経てばまた動き始めるさ。ただし、すべての記憶を消したんで、赤ん坊と同じだがな」

 凸守てこもりは手を伸ばして「佐藤」に触れようとしたら、その手を乱暴に振り払われてしまう。

「ぼ、ぼくに触らないでください! ぼくは……ぼくは……それにアナタは一体誰なんですか……」

「俺は、小鳥遊小鳥に雇われた探偵だよ」

「こ、小鳥に……」

「そうだ。急に君と連絡が取れなくなったんで、彼女はひどく心配してるんだ」

 見る見る表情が崩ずしていくと、安心したのか、まるで幼子のように顎を上げて泣きじゃくるのだった。


 こんな時、何かいい言葉をかけてやれたらと思う。

 だが、残念ながら凸守でこもりには、泣き崩れる男にかけてやれる言葉は、持ち合わせてはいなかったのだった。

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