第2-1話 君には何が見えているんだ

 もしも依頼人の小鳥遊小鳥たかなしことりの婚約者である「佐藤」が、このZ地区で幅を利かせている集団の「砂漠」とモメているのが本当だとしたら、これはかなり厄介なことになるだろうことは容易に想像できた。

 考えただけでも、せっかく治りつつあった頭痛がぶり返してくるのではないかと憂鬱になる。

 自然と眉の間に深いシワをきざんでしまうのだった。

(ただ──)

 見方を変えてみれば、婚約者の「佐藤」を探すためには、実はこの状況は絶好のチャンスなのでは? と言えなくもないのは確かだ。

 海千山千の者たちと関わってきた凸守でこもりの経験からすると、「砂漠」のような輩は、何よりも自分たちの面子めんつを大事にする。

 つまり「砂漠」のメンバーたちからすれば、カタギの男とモメたまま大人しく引き下がる、などといったとはまず考えられないのだ。

 万が一、カタギの人間に絡まれたのに黙っていたなどといったことが、例え噂であったとしても世間に知られてしまうと、それはいい恥晒しになり、面子は丸潰れ、といったことになる。

 他にもある同じような「ならず者」グループからナメられてしまい、今後の「シノギ」にも悪い影響が出るはずだ。

 それだけは避けたいと考えるのなら、どんな手を使ってでも「佐藤」を探し出し、落とし前をつけようとするはずだ。


(ということは「砂漠」のメンバーを注視してさえいれば、どこかのタイミングで「佐藤」が見つかる可能性が高いってわけだ。

 まあ、情報屋の小男が言っていた「砂漠」とモメた男というのが、本当に「佐藤」だったのなら──ということになるんだが……)


 ともかく「佐藤」への手がかりがまったくない現状では、これが今できる最善策だったのだから選択肢はない。

 問題は「砂漠」のメンバー中で、誰をマークするのかということだ。

 下っ端のチンピラなんて追いかけても仕方がないだろう。

 この手の組織の命令系統は、指示や報告などを含めて間違いなくから下へと行われるいうのが常識だ。そのため数いる下っ端などをマークしていたら、情報が入って来た時には「すでに『佐藤』が殺されました」といったことになりかねない。

 凸守でこもりとしては当然、「佐藤」が生きているうちなのはもちろん、可能であれば「砂漠」に捕獲される前に見つけたい。

 そのためには出来る限り早い段階で情報が得られる人物──ということで凸守でこもりは、幹部と思われる男をマークすることにした。

 見つけるのは簡単だ。

「砂漠」の溜まり場に行って、離れたところから見ていればいい。比較的身なりが良く、さらに周りがその男に対して頭を下げていれば、間違っても使いっ走りの雑魚というわけではないはずだ。

「佐藤」が見つかれば、凸守でこもりがマークする幹部の男に連絡が入ってくる確率が高いと言えるだろう。

 そして幸いにして、凸守でこもりは尾行が得意だ。

 闇属性のスキルには他者の記憶を消すものの他に、自らの気配も悟られにくくするスキルがあるからだ。

 おかげで「砂漠」のメンバーにかなり近づいてもバレる心配はないのだった。

(「佐藤」がまだこのZ地区にいるなら、見つかるのも時間の問題だろう。何せコイツらは、この界隈で知らないところはないんだからな)

 そんな凸守でこもりの思惑は見事に的中する。幹部らしき男をマークしてからものの1時間でスマートフォンが鳴ったのだった。

「どうした!」

 男は表情を険しくさせると、すぐに周りの手下たちに目配せをする。そこにいる男たちは色めき立つのだった。

 早速凸守でこもりも幹部の後を追いかける。

 するとスクラップされた車が山積みにされた場所で、人だかりができているのが見えてきた。

 ペシャンコになっている車によじ登り、少し高台から様子をうかがってみる。

 もしも見知らぬチンピラ同士のモメごとなら、首を突っ込む義理はない。その場合はまた別の幹部を張り込むしかない。

(それにしても……)

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 集まった者たちを改めて見回してみると、見事に全員の人相が悪い。どこから見ても一般人ではないのが明らかだ。

 スーツを着た者も数人み見受けられるが、ほとんはガラ物のシャツやタンクトップを着ている。おまけに袖から覗く腕にはタトゥーが彫られているのだ。

 中には顔面にまでタトゥーをいれている者がいる。

(こんな物騒な連中が集まる場所なんか、依頼を受けてなきゃ早々に退散したいところだな)

 数々の危ない橋を渡って来た凸守でこもりでさえ遠慮したい状況の中心に、見覚えのある男がいた。

 目を凝らしてみると、左目の下に黒子が確認できた。

 どうやら「佐藤」で間違いないようだ。

 ターゲットが見つかったのは喜ばしいところではあるのだが、この後に待っているであろう厄介事を思うと、やはりため息をつかずにはいられなかった。

「ぼ、ぼくに、ち、ち、近寄らないでください!」

 いかにも物騒な男たちに囲まれた「佐藤」は、ガタガタと震えながら忙しなく前後左右に首を向けている。

 さしずめライオンの群れに迷い込んだガゼルの子供、といったところか。

「ち、近寄らないで! で、で、でないとあなたたちは痛い目にみますよ!」

「佐藤」の震える声を聞き、凸守でこもりは、

(おいおい……)

 と、ぶり返す頭痛に悩まされていた。

(大人しくしていればいいものを……)

 明らかに怯えていても、抵抗する意思を見せている以上は、「砂漠」のメンバーたちからすれば黙ってるわけにはいかない。

 中には少しでも手柄を立てて出世しよう目論んでる者もいるのだ。現に「佐藤」を殴り倒したくてウズウズしている下っ端がチラホラ見えるのだった。

(さて、どうやって助けるか……)

 物音を立てずにゆっくりと降りて来ると、そのままスクラップされた車の木陰で身を潜める。

(とりあえず背後から近づけば2、3人は倒せるだろうが──)

「やんのかテメェ!」

 怒号がした方に目を向ける。

 そして「佐藤」を見た凸守でこもりは、驚愕の光景に開いた口が塞がらなかった。

 彼の右手には、バチチチッと電流が流れているからだ。

(ま、まさか! アレは雷属性だ!)

 思わずを声を上げそうになり、慌てて口に手を当てる。

 それでもこの不可解な状況には、自然と険しい表情になってしまうのだった。

(一体どうなってるんだ! 

 メイン属性は1人につき一つしか所有できないはず。

 サブと合わせても最大2つしか持てないのに、「佐藤」は火と水、それから雷だなんて……コイツは一体何者なんだ……)

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