第2-3話 君には何が見えているんだ

 属性を変化させることができる──


 どうにか落ち着きを取り戻した様子の「佐藤」から聞かされた話の内容は、このような状況においてもなお、凸守でこもりにはにわかに信じがたいことだった。


 属性を変化させられる──


 もしも飲みの席でこんな話を聞かされたのだとしていたら、からかわれたと腹を立てるか、もしくはくだらない冗談だと一笑に付したかのどちらかだろう。

 だが、凸守でこもりがそのどちらのリアクションも取れないでいたのは、「佐藤」が冗談やホラを言っているのではないことを、つい今しがた目の当たりにしたばかりだったからだ。


 属性を変化させられる──


 真実だと受け入れるしかなかい。それとも何かしらのトリックがあるのか? だったらそれは、どんな方法だ?

 凸守でこもりは、助手席でうなだれる「佐藤」を改めて見た。

「何度も確認して悪いが、アンタはメイン属性を変化させられるってことで間違いないんだな?」

「はい……」

 運転席のシートの背もたれに体を押し付けた。

「火、水、土、雷、風の基本5属性に加え、光と闇属性も使えるとは……」

 独り言のつもりだったが、「佐藤」は「そうなんです……」と力無く返事をした。

「これがおかしいってことに気がついてからは、必死に隠してたんですけど……最近、自分でも力を制御できなくなってきて……」

「制御できないとは?」

「突然使ったことのない属性のスキルが発動しちゃうんです……。仕事場ではなんとか誤魔化せてるんですけど」

「佐藤」は頭を抱えてしまうのだった。

「もしもぼくのこのスキルが暴走してしまって小鳥を傷つけた、職場の人に怪我をさせてしまったらと思うと怖くて……」

「だからメイン属性を外すために、闇医者がいると聞いたZ地区に来たわけか」

「色んな人に聞いて回ってたら、急に怖い人たちに囲まれて──無我夢中で抵抗してたら、気がつくとその人は倒れてたんです……」

「君は子供のころにスキルを操る訓練を受けなかったのか?」

「訓練?」

「実質7つの属性を使い分けられるなんて、もはや珍しいってレベルを超えてる。

 例えば火属性を持つ者の中には、生まれつき人より火力が強いことがある。その場合、火事を起こしたりしたら大変だ。

 だから普通は特別な指導者を雇ったり、特殊学校に行かせるなりして、スキルをコントロールする方法を学ぶんだ。

 当然アンタもその手の学校や教師に習ったんだろ?」

「佐藤」は苦しげに顔を歪めた。

「それが……ぼくには子供のころの記憶がなくて……両親どころか、自分がどこで生まれたのかもわからないんです」

「なんだって⁉︎」

 事前にその可能性も考えていたが、やはり当人の口から聞かされると驚いてしまうのだった。

「ぼくが街中を1人でうろついてたところを、路上で生活してた『クロさん』って人に助けてもらったんです」

「じゃ、佐藤って名前は?」

「ステータスには年齢と『佐藤一郎』という名前、それからメイン属性には『土属性』と書いてあったらしいです」

「それは何歳の時の話?」

「18歳です」

「今から6年前か……」

 つぶやいて胸の奥がズキリと傷んだ。

(妻が亡くなったのと同じ時期だ。それと何か関係があるのだろうか……いや、単なる偶然だろうう……。

 本当にそう言い切れるのか⁉︎

 妻も「佐藤」と同じ『神威カムイ属性』を持っていたわけだし……)

「佐藤」は話を続ける。

「時間が経つとメイン属性の表記が『火』になったり、『水』になったり──それを見て『クロさん』が、これは誰にも話しちゃうダメだって言って……」

「その『クロさん』とやらは今どこに? 今でも連絡を取り合ってるのか?」

「いえ。ぼくが20歳になった時に、ある日突然『元気でな』って置き手紙だけ残して姿を消してしまって。今では行方知れずです」

「佐藤」は窮屈な助手席でなんとか体を凸守でこもりの方へと向けると、深々と頭を下げるのだった。

「探偵さん。こんなことに巻き込んでおいてこんなことを言うのは変なんですが──どうか警察に届けないでいただけませんか」

「警察に探られると、何かマズイことでもあるのか」

「『クロさん』から言われてるんです。『警察だけは信用するな』って。何せぼくはこんな属性だから──」

 路上で生活していた者が警察を嫌うのは理解できる。

 それに有志以来、国を問わず属性とスキルに関しての研究が続けられてきた。そのためか、メイン属性を外すことができる闇医者がいる、などといった都市伝説まで生まれるほどだ。

 おそらく属性を変化させられる者がいると知られたら、恰好の研究対象となることだろう。

 単に調書を取られたり、研究の協力を要請されたりといったことならいいが、特段珍しい属性を持った者は人体実験紛いのことを強要されて、中には2度と戻って来られない者も少なくないという話もある。

(まあ、これも都市伝説みたいなものだから、どこまで信じていいものか怪しいがな)

 ふと隣の男を見る。

 肩を落とし!まるで捨てられた仔犬のようだ。

「まあ、俺も警察は好きじゃないからな」

 自分で言いながら、(これ聞いたら義兄にいさんは怒り狂うだろうな)と苦虫を噛み潰す。

 だが、今までしょげていた仔犬が、

「本当ですか⁉︎ ありがとうございます!」

 と、尻尾が生えているならきっと千切れんばかりに左右に振っているだろうというくらいの笑顔を向けられてしまっては、無下に警察に突き出すことはできなかったのだった。

「だが、条件がある」

「な、なんでしょう……」

「メイン属性をコントロールできるようになれ。でなきゃ本当に彼女を傷つけるかもしれないからな」

「で、ですね……」

 先ほどとは打って変わり、ガックリとうなだれてしまうのだった。

「でも、どうやればいいんでしょう……ぼくには学校で習った記憶がまるでなくて……」

「心配する必要はない。小中学生の子供たちでもやってることだ。なんなら俺が教えてやってもいい」

「本当ですか⁉︎」

「佐藤」はまた頬を持ち上げるのだった。万華鏡のように表情をコロコロと変化させる男だ。

「探偵さんって、良い人なんですね!」

 凸守でこもりは前を向くと、「買い被りすぎだ」と、車をスタートさせた。

 だが、すぐに(しまった!)と思った。

(こんなことなら、ケツに「佐藤」のステータスを見せるんじゃなかったな……)

 法華津ほけつからは、報告するように言われていたのを思い出したのだ。

(なんと言い訳するか、考えないとな……)

「あの……」

 助手席の「佐藤」が遠慮がちに|凸守「でこもり》を見ていた。

「ところで探偵さん。『神威カムイ属性』って何のことだか知ってますか?」

 凸守でこもりは急ブレーキを踏む。

「聞こえてたのか?」

 後続車がクラクションを鳴らしながら追い抜いていくのだった。

(小声でつぶやいたつもりだったが、「佐藤」の耳にまで届いていたとは……)

 ところが「佐藤」はキョトンとしいるのだった。

「聞こえてた、って何のことです?」

 どうやら「佐藤」が話しているのは、凸守でこもりのことではなかったらしい。

(なんだ、聞こえてたわけじゃなかったのか……)

 額を拭いホッと胸を撫で下ろしたの束の間だった。状況はもっと深刻なものだったのだ。

「ぼくがメイン属性を使う時に、例えばメイン属性を火にしたいなと思ったら頭に浮かぶんです。『神威カムイ属性』って──探偵さん? 聞いてます?」

「ん? ああ。聞いてるよ……その後、もう1つ別の言葉が浮かばないか?」

「もう1つ?」

 しばらく考えていた「佐藤」だったが、「あっ!」と顔を上げた。

「浮かびます! 確か『大蛇オロチ』だったような」

「佐藤」は凸守でこもりの顔を覗き込む。

「ど、どうかしたんですか?」

 よほど怖い顔をしていたのだろう。「佐藤」は怯えているのだった。

「いや、すまない……」

 凸守でこもりはハンドルのおでこを押し当てた後、「佐藤」に向き直った。

「『神威カムイ』というのは属性の名前だ。火や水と同じだ。

 次に『大蛇オロチ』というのは、スキルを指している。

 つまり『神威カムイ属性』の中にある『大蛇オロチ』というスキルを使う場合、『神威カムイ属性』 『大蛇オロチスキル発動!』と唱えなければいけないんだ。

 おそらく君がコントロールできない理由は、唱える『属性』が違うんだ。

 きっと普段は『火属性』『華火はなびスキル』といった感じで唱えてたんじゃないのか?」

「そ、そうです! でも、たまにうまくいくことがあるんですけど、それはどうしてなんですか?」

「慣れてくると、いちいち口に出さなくても発動させられるようになるんだ。ただその場合、予期せぬスキルを出してしまうことがあるから、大抵の場合は口に出すか頭の中で唱えるのが一般的だ」

「な、なるほど……ということは、ぼくは『神威カムイ属性』なんですね!」

「そ、そういうことになるな……」

 凸守でこもりは無言のまま、車を走らせた。

 これ以上、何を言っていいのかわからなかったからだ。

 頭の中では、妻から言われたことが渦巻いていた。


『もしも、もしもね、トツさん』


 妻が深刻な顔をしていた。だからすぐにこれは何かあるなと察した。

 案の定だった。

 妻は真剣な眼差しをしながら、こう言ったのだった。


「『神威カムイ属性』を持つ人間に出会ったら、必ず

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