第5-4話 君も怒りに打ち震えているだろうか

 全員の頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのを感じ取ったのだろう。いちじくは「すまんすまん」と顔の前に手をかざした。

「いきなり『|別天津神(ことあまつかみ》計画』などと言われても意味不明だよな」

「ちょっといいか」

 そう言ったのは小比類巻こひるいまき美兎みうだ。女性にしてはややぶっきらぼうな物言いだが、決して怒っているというわけではなさそうだ。

別天津神ことあまつかみ計画』の説明に入る前に、まずはに確認しておいた方がいいだろう。勝手なことをすると、後々厄介なことになると困るからな」

 もたれていた壁から体を離すと、目の前にあったパイプ椅子を引き寄せ腰を下ろす。それから床に置いてあったカバンからノートパソコンを取り出し長テーブルの上に置いた。

 慣れた手つきでキーボードを叩くと、画面に向かって「どうも」と素っ気なく言って会釈した。

「アンタの部下が『別天津神ことあまつかみ計画』のことを話そうとしてるが、構わないのか?」

 ノートパソコンの中が急に人の声がして騒がしくなるのだった。

『それはイカン!』

『そうだ! アレは最高国家機密事項なんだから!』

『なんとしてでも秘密にせねば!』

 どうやら美兎が話している相手は1人や2人ではないらしい。

 凸守でこもりたちが美兎の背後に回り込むと、ノートパソコンには警察服を着た男たちが映っていた。

 画面は8分割されているが、どの男の制服にも階級章が付けられているところを見ると、警察の幹部連中が勢揃いしているようだ。

 彼らが美兎の言う「面倒な連中」だというわけだ。

「そんなことを言ってる場合ですか!」

 机を叩き怒りを爆発させたのはいちじくだった。

『だ、だが……このことが世間に知れたら警察の威信は地に落ち──』

「威信など、とっくに落ちてますよ!」

 あまりの迫力に、画面の向こうでは『ヒィ』と悲鳴が上がる。

「都内の警察署はほぼ壊滅状態。おまけに自衛隊も襲われた」

 いちじくの言葉を聞き、凸守でこもりたちは驚愕の表情を浮かべた。

(警視庁だけじゃなくて、他の警察署や自衛隊までも襲われているだと……)

「まだかろうじてマスコミには知られていないものの、こんのは時間の問題でしょ!

 そうなれば面子もクソもない。世間は大混乱におちいる!」

 口惜しそうにまた拳て机を叩くのだった。

「この件は凸守でこもり氏と小鳥遊たかなし氏の両名に力を借りなきゃならんのですよ!

 黙ったまま彼を戦場に送り込むんですか!」

 戦場──その言葉に会議室の中の空気が一気に張り詰めた。

 それはノートパソコンの向こう側も同じだったらしい。しばらく顔を見合わせていた幹部たちだったが、やがて渋々といった感じでうなずいた。

『博士。あなたの口から、彼らに説明してやってくれたまえ。『別天津神ことあまつかみ計画』のことを』

 小比類巻こひるいまき美兎みうの口調は実に淡々としていた。ときおり自らの感情も交えていたのだが、それでもやはりどこかフィクションを語るような感じだった。

 それだけに余計に聞かされた話は衝撃的だった。


 今から60数年前ことだ。

 日本政府は優秀な人間だけを集め、その者たちに子供を産ませるということを密かに行うことにした。

 これは単に、優秀なDNAを持つ者を増やすことを目的としたものではない。

 いかにして優秀な「スキル」を創り出せるのか──といったことを主として行われた計画だった。


 それが先ほどからお前たちが再三耳にしている『別天津神ことあまつかみ』計画だ。


 名称の由来は、日本で最初に生まれた神とされる『別天津神ことあまつかみ』からきている。

 他国では『ゼウス計画』や『ミッション ホルス』、『コードネーム カオス』などと呼んでいるらしい。

 神の名前をつけだかるのはどこも同じのようだな。

 名付けた者は厨二病なのかもしれやい。

 やってることは神に矢を引くような真似なのに。

 おっと、話が逸れてしまったな。元に戻そう。

 優秀なDNAを持つ者たちを密かに集め、根気良くを繰り返していくうちに、ある日、突然変異が起きた。

 これまでは火、水、土、雷、風の基本属性に加え、闇と光の7属性しかないと思われていたんだが、そのどれにも当てはまらない属性のスキルが生まれたんだ。

 その日を境に、次々と特異なスキルが生まれるようになった。

 お前たちがよく知る『天照アマテラス』もその1つだ。

 他にも『須佐男スサノオ』『イザナギ』『イザナミ』『玉依姫たまよりびめ』『日神ヒノカミ』──


 そしてこれら特異なスキルの総称を『神威カムイ属性』と呼ぶ。


 火属性や水属性などと違い、スキルは1人につき1種類だ。

神威カムイ属性』を所有しているからといって、『天照アマテラス』スキルを発動した後、『月詠ツクヨミ』にスキルを変えて発動するなんてことはできないってわけだ。

天照アマテラス』のスキルを持った者は『天照アマテラス』しか使えない。

 ただし、サブ属性には所有することが可能だ。

 つまり1人の人間が『神威カムイ属性』のスキルを持てるのは、最大でメインとサブの2つまでということになる。


 そんな『神威属性』を持つ子供が生まれると、まずは自我が生まれないよう定期的に記憶を消去されるんだ。

 やり方は簡単だ。

別天津神ことあまつかみ計画』の責任者は闇属性だったからな。

 記憶を消すのはお手のものだろ?

 なぜ自我を消すのかというと、知っての通りスキルは所有者の性格や思想などに影響を受けるからだ。


 例えば同じ火属性だったとしても、気の強い者は火力が強くなり、優しい性格なら炎は柔らかく暖かいものになる──といった具合だ。


神威カムイ属性』のスキルは、可能な限り真っ新である必要があった。

 何せ『神威カムイ属性』は、いずれ政治家、士族、華族といった『上級国民』にあてがわれることになっていたからな。

 プライドの高い『上級国民』たちは、誰かのでは納得しない。

 だからとりあえず『別天津神ことあまつかみ計画』で生まれた子供は、自我が芽生えないよう定期的に闇属性のスキルで頭の中をリセットしていったんだ。


 ここで1つ、疑問が浮かんだんじゃないのか?


 そう。メイン属性を外すことができるのは、のみだ。


 平たく言えば、子供たちは『神威カムイ属性』が発現するまでの『器』。

 早い子だと12、3歳。遅くても20歳までにはどの属性かがわかる。

 そこで選抜されるわけだ。

 ノーマルな7属性のいずれかだった場合、そのまま街のどこかに捨てられる。

 まあ、大抵はZ地区あたりだがな。

 誰かに拾われ、育てられるならそれはそれでもかまわない。

 運がなければ野垂れ死だ。

 どうせ被験者たちには『別天津神ことあまつかみ計画』のことなど覚えちゃいないからな。政府からしてみれば、自分たちで処理する手間が省けるというものだ。

 それに対して『神威カムイ属性』を授かった子供は『人柱』とされる。

 気取った言い方をしているが、要は殺されるということだ。

 でないとメイン属性は外せないからな。

 外された『神威カムイ属性』は、『上級国民』のサブ属性に収まるというわけだ。

 まさに鬼畜の所業と言える。

 これでお偉いさんたちが執拗に、『別天津神ことあまつかみ計画』のことを隠したがる理由がわかっただろ?

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