第5-3話 君も怒りに打ち震えているだろうか

 再び栗花落つゆりの運転で向かったのは、全面がガラス張りのビルだった。とは言ってもスモークを貼っているのか、外からは中をうかがうことはできない。

(こんなところに、こんな建物があったなんて──)

 街中のど真ん中にそびえ立つ巨大ビル──一言で表すならそんな感じだろう。

 だが、街中とは言ってもそれは地理的なものであり、周りには店舗と呼べるようなものか特に見当たらない。

 ほとんどがビルやコンクリートの打ちっぱなしの、愛想のかけらも見当たらないようなシンプルなデザインの建物ばかりがならんでいるのだ。

 後部座席にいる小鳥はもちろんのこと、法華津ほけつもまた車の窓から物珍しそうに外の景色に目を向けていることから、かれもここに来たのは初めてどころか、もしかしたらこのエリアの存在自体も知らなかったのかも知れない。

 そんなふうだから道路には一般の人間は歩いておらず、このエリアだけなんとなく他の地区から隔離されているような感じがした。

 それもそのはずで、ここの地区の敷地に入るためには高速道路の自動料金所のようなところを通る際には、身分証明書の提示を求められるのだ。

栗花落つゆりがいたおかげで難なく通過できたものの、凸守でこもりたちだけならこんなにも容易くは通してもらえなかったはずだ。だから一般人の姿が見えないのもさもありなんだろう。

 そもそもの話、こんな何もないただ整然と建物が立ち並ぶだけの無機質な場所にはなんの用もないので、足を踏み入れることはまずなかっただろうが……。

 栗花落つゆりは巨大ビルの地下駐車場に車を停めると、なんの迷いもなくドアに向かって歩き出す。

 警視庁の裏口から入った時と同様、カードキーを差し込むと、カチャリと鍵が開いたので中に入る。

 するとそこは真っ直ぐな廊下が続いていて、1番奥の突き当たりにはエレベーターがあるのだった。

 上に行くボタンを押すと、すぐにドアが開いたため、凸守でこもりたちは乗り込む。

 ここまで誰1人として口を開く者はいなかった。

 なんとなくではあるのだが、口にしてはいけない気がした。それは小鳥や法華津ほけつも同じだったのだろう。

 硬く唇を結んだまま、階数を示すデジタルの数字を見上げていたのだった。

 エレベーターのドアが開くと栗花落つゆりを先頭に歩いて行くと、目の前のドアを開けて中に入ると、すると栗花落つゆり以外の全員が足を止めて目を見開いたのだった。

 |凸守がその光景を見てまず思ったのは、

「ここはNASAか……」

 といったものだ。

 実際には行ったことはなかったし、妻と一緒に観に行った映画で見ただけなので、あくまでも想像でしかない。だが、そう思わせるに足るほどの光景だったのだ。

 まず棚田式に並べられた机と椅子には、所狭しとスタッフたちが座っていて、みなマイクをつけてパソコンに向かってキーボードを叩いている。

 中でも凸守でこもりたちを驚かせたのは、前方にあるいくつもの巨大なモニターだ。

 それは何分割にされていて、ところどころに見覚えのある景色が映し出されている。どうやら街中にある防犯カメラの映像を、ここで一括管理している場所であるらしかった。

「無事だったか、ツユ」

 やって来たのはロマンスグレーの中年男だ。

 白髪混じりの豊かな毛量を後ろに撫で付けていて、紺色のスーツを着込んでいる。胸の辺りが膨らんでいるところを見ると、どうやら拳銃を携帯しているようだ。

さんもご無事で」

 2人はがっちりと握手をすると、「キュウさん」は栗花落つゆりの肩越しに凸守でこもりたちを見た。

 それに気がついた栗花落つゆりはすぐに体を斜めにしたのだった。

「こっちは部下の法華津ほけつで、こちらの女性は小鳥遊たかなし小鳥ことりさん。で──」

「そっちが噂の不出来の義弟おとうとか?」

 と、「キュウさん」は凸守でこもりを見る。

 栗花落つゆりは「そうです」とうなずくと、今度は「キュウさん」を紹介してくれた。

 どうやら「不出来の──」についての説明もフォローもないらしい。

(どうやら俺がいないところでは、相当な言われようをしているらしいな……)

 苦笑している凸守でこもりには取り合わず、さっさと紹介を始めてしまうのだった。

「こちらはいちじく虎次とらじさん。警視正だ。私の師匠でもある」

「よろしく。わたしのことは『キュウ』と呼んでくれ」

 そう言って真っ直ぐに凸守でこもりのところへとやって来るのだった。

「ツユの義弟の凸守でこもり──確かデコくんだっけ?」

 いちじくが手を差し出したので凸守でこもりも右手を出す。

 驚くほど力強く握られてしまった。

「一応……『トツ』と呼ばれてます」

「そうだったそうだった! 凹凸おうとつのトツだからトツなんだって、ツユがいってたな!」

 口元には笑みを作っていたが、それでも鋭い目は初めて見る者たちを素早く見渡している。

 身長は170センチあるかどうかではあるが、ガッチリした体格だ。エラの張った顔つきは、答案用紙に正解を書いただけで今の地位まで登り詰めたわけではないことがつぶさに見て取れた。

 机に向かっているだけなら、これだけの筋肉は必要がないからだ。

(まだまだ現役バリバリって感じだな)

 握手した右手をゆらゆらと振る。まだジンジンと熱を持っているのだった。

 向こうは軽くだったのかもしれないが、凸守でこもりにはかなり痛かったのだった。みっともなく悲鳴を上げずにすんで良かった内心では思っていた。

「立ち話もなんだから、こっちで話そう。全員、来てくれ」

 いちじくは全員を先頭するようにNASA顔負けの部屋から出ると、すぐ隣の個室へと移動した。

 近代的な先ほどの部屋とは打って変わり、連れて行かれたのはどこの会社にでもあるようなやや広めの会議室、といった感じの部屋だった。

 中央には4つの長テーブルを四角くなるように並べられていて、その周りにはパイプ椅子が等間隔に置かれている。

 部屋の1番奥にはホワイトボードがあるのを見ると、どうやら「会議室といった感じ」ではなく、本当に会議室として使用されているところなのかもしれない。

「さあ、入ってくれ」

 いちじくに続いて凸守でこもりたちが部屋に入ると、全員が(ん?)と思ったはずだ。

 会議室には「先客」がいたからだ。

 その人物は長い髪の毛を後ろで束ね、白衣を着ている。

 両手は白衣のポケットに突っ込まれていて、壁にもたれ、凸守てこもりたちに視線を向けていた。

 やや面長の輪郭に、形の良いパーツがそれぞれに然るべき場所に収まっている。小鳥がかわいい系だとしたら、こちらはキツめの美人といったところだろうか。

 スラっとした長身で、いちじくと並んでもほとんど身長が変わらない。だから170センチよりわずかに低い程度だろう。

「紹介しておこう。こちらは小比類巻こひるいまき美兎みう博士だ」

「博士?」

 栗花落つゆりが眼鏡を上げたのを見て、いちじくは硬い表情のままうなずく。

「こちらの小比類巻こひるいまき博士は、『別天津神ことあまつかみ計画』の一員なんだ」

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