第5-2話 君も怒りに打ち震えているだろうか

 あちこちに遺体があり、床は血の海と化したおぞましい光景に、凸守でこもりは込み上げてくる怒りと吐き気を必死に堪えていた。

 本当なら目を背けたいところではあるが、探偵の性なのか、自然と辺りを注意深く見てしまうのだった。

 そこで気がついたのは、どうやら亡くなっているのは警察官たちだけではなく、民間人と思しき人たちの姿もあちこちにあるということだ。

 やはりその屍には首から上がない。

 女性らしき遺体の下には、数人の子供たちがいる。

 なんとか子供たちだけでも庇おうとしたのか。

 警視庁を見学しに来た団体だったのかも知れない。

 これはあきらかな無差別攻撃だったことがうかがえる。

 これらが「鈴木」の仕業であるのは、疑いようもないことだった。

 凸守でこもりは探偵事務所でのやり取りを思い出す。


『この辺りのと思ってたんですがねぇ』


 あれはハッタリではなかったというわけだ。


『おやおや。は、上手くいったんですけどねぇ』


 栗花落つゆりのサブ属性に爆発系のスキルを入れるため、黒スーツの男の頭を拳銃で撃ち抜いた。

 あの時は結果的にうまくいかず、栗花落つゆりは無事だったが、「鈴木」の脳裏にはこの警視庁での成功が頭にあったはずだ。

 凸守でこもりは唇を噛み締める。

(俺たちのところに来る前に、ここで試して来たということか。いや、こっちが本命だったのかもしれない。

 だとすると「鈴木」たち「八咫烏ヤタガラス」たちの目的は──」

「こ、こんなことって……ヒドすぎる……」

 涙声の小鳥が絞り出すように言った。

 そのことで茫然自失としていた刑事たちの呪縛が解き放たれたようだった。

「生存者を探すぞ!

 ただし、敵が潜んでる可能性があるため、全員固まって動くこと!」

 栗花落つゆりは毅然とした口調で言うと、中腰になって右手を構えた。

 戦闘になった際、いつでもスキルを発動できるようにしているというわけだ。

「行くぞ」

 凸守でこもりたちもその後に続く。

(なんてこった……)

 床はもちろん、エレベーターにも警察官たちの遺体がある。警察官だとわかるのは制服を着ているからで、ここのにある遺体もやはり頭部が吹っ飛ばされている。

 そのかたわらには見覚えのある黒スーツたちの遺体もあった。

 中には拳銃で撃ち抜かれている者もいるが、ほとんどは頭部がある。

(卑劣な真似をしやがって……)

 ここで起こったであろう事態を想像してみて、憤りを感じざるを得ないのだった。


 警視庁にやって来た黒スーツたちは、突然襲いかかって来たのだろう。警察官たちは訓練通りに対処したはずだ。

 威嚇をしても怯むことなく突っ込んで来る黒スーツ。

 暴漢から民間人を守るべく警察官たちが然るべき対応をした瞬間、サブ属性に爆発系のスキルを強制的に待たされた。

 まずいと思った時には遅く、次々と連鎖するように警察官は吹っ飛ばされる。

「鈴木」にしてみれば、容易いことだっただろう。

 警察官たちとまとも戦ったとしたら、いくら「天照アマテラス」を持っているとは言え、この人数を相手に無傷ではいられなかったはずだ。

 だが、爆発系のスキルを持った黒スーツたちを、警察官たちの近くで殺せばそれだけで事足りる。

 体にダイナマイトを巻き付けて突っ込んで来るテロリストと同じで、いくら訓練を受けた屈強な警察官たちでも防ぎようがない。

 倒れた者たちの無念さを思うと、いたたまれなくなるのだった。


「きゃっ!」

 小鳥が悲鳴を上げる。

 転びそうになったため、慌てて凸守でこもりが支えた。そのことで血の海にダイブするという大惨事を免れることができたのだった。

 足を持ち上げるたびに、「バリバリ」と音がする。

 床には血糊がついているのだが、時間が経っているので粘り気がある。そのせいで靴底が引っ付いて、歩くのに苦労させられるのだった。

 凸守でこもりは振り返って小鳥を見る。

「辛いなら目をつぶっておけ。俺の腕をつかんでおけばいいから」

「う、うん……」

 涙を溜めた小鳥は震えながらうなずくと、そっと目を閉じた。普段なら真っ赤な彼女の唇が、今は血の気が失せていて紫色になっている。まるで長い時間プールに入っていた時のようだ。

 無理もない。

 まともな神経の持ち主なら、この状況の中で平静を保つのは難しい。

 凸守でこもりでさえ、願わくば早くこの場から立ち去りたいと思っているほどなのだ。

 その点で言えば──内心ではどう思っているのかは別にして──2人の刑事は毅然としている。

 いくつもの仲間たちの屍を目にしていても、警戒感を緩めることはない。

「ツユさん!」

 突然、法華津ほけつが声を上げた。おもむろに走り出した先には、ドアの上に「捜査1課」と書いたプレートが掲げられていた。

 つまり彼らが普段働いている部署というわけだ。

 入り口の近くでうつ伏せになって倒れている男がいた。

 かすかに動いたような気がする。

「大丈夫か! 何があった!」

 |法華津は急いで駆け寄ると、汚れるのもいとわずその場に膝を着くのだった。

 男を抱き上げて仰向けにする。

「今、救急車を呼んで──」

 そこで言葉を切る。

 後ろから見ていた凸守でこもりたちにも、異変があったのだと感じた。

「お、お前は誰だ……」

 法華津ほけつのつぶやくような声。

(まさか!)

 凸守でこもりは反射的に大男の背広の襟首をつかんで力の限り引っ張っていた。

(6メートル以上離れられるか!)

 次の瞬間、「パチンッ」と聞き覚えのある音がする。

 このままでは無理だと判断した凸守でこもりは背負い投げをするように法華津ほけつをその場から遠ざけるのだった。


 男は目を向いて口から血を吐き出す。

 そして数秒後──男の頭部は吹き飛ぶのだった。

 血飛沫と肉片が凸守でこもり法華津ほけつの顔にかかる。

「大丈夫か……」

 まるで時間が止まったように動かない。

「ケツ!」

 目の前で手を叩いてやると、それでようやく意識を取り戻す。

「無事か!」

 栗花落つゆりたちもやって来る。

「は、はい……大丈夫です」

 オイルの切れたブリキのおもちゃのように、ギギギギッといった感じで首を回す。

「ト、トツ……あれは一体……」

「『八咫烏ヤタガラス』には、死を厭わない奴らがいるんだ。

 黒スーツを着ている輩でな。

 口の中に劇薬入りの赤白のカプセルを仕込んでるんだ。時限装置になっていて、時間で爆ぜるか、もしくは自ら噛み砕くと一瞬にして死ねる」

「なるほど」

 うなずいたのは栗花落つゆりだ。

「で、黒スーツが絶命した瞬間に、メイン属性の爆発系のスキルを駆け寄って来た刑事のサブ属性に爆死させようってわけか」

「そういうことです。

 おそらく探偵事務所にやって来た「鈴木」も、同じ方法で義兄さんを殺そうとした。

 だが、義兄さんのサブ属性の雷はAAダブルエーだっため、属性の移動は起こらなかった」

 この世の「ことわり」では、所有しているものよりランクの低い属性が体に入って来ることはないからだ。

「属性の入れ替わりが起こるのは、ランクが上かもしくは同等の属性。

 このことから考えると、黒スーツたちが持っている爆発系のメイン属性はAランク以下ということになります」

「じゃ、サブ属性がAランクの僕のは……」

「トツがいなきゃ、今ごろのケツのサブ属性には爆発系のスキルが入っていて、頭が吹っ飛ばされていたってことだ」

 法華津ほけつは立ち上がると、尻の埃を払う。

「トツさん、ありがとうございました」

「それはいいが……ケツ。大丈夫か?」

「え? もちろんですよ!」

 笑顔を作ってはいるが、見る限りとても大丈夫そうに見えなかった。

 当然だ。

 一歩間違えば死んでいたのだから。にも関わらず、気丈に振る舞うのだった。

「さあ! クズクズしてるヒマなんてないですよ! 他に生存者がいないか調べましょう!」

 から元気とわかる姿は痛々しくもあった。

 凸守でこもりは筋肉質の大きな肩に手をかける。

「無理するな。少し休もう」

「今の私たちにそんな時間はない」

 栗花落つゆりだ。スマートフォンを耳当て、どこかに電話かけている。

「もう私たちだけでどうにかできるレベルを超えてしまった。今すぐここを離脱する」

 小鳥が凸守でこもりの背中から顔を出す。

「離脱って……ここを離れるってことですか? まだ生きてる人がいるかも知れないのに──」

「生存者はいない!」

 栗花落つゆりは毅然とした態度で言い放つ。

「万が一いたとしても、さっきと同じように爆発に巻き込んで二次被害を出すのが奴らの目的だろう」

「でも……」

 食い下がる小鳥に背中を向けると、栗花落つゆりはさっさと電話の相手と会話を始めてしまうのだった。

「ちょっと薄情すぎませんか! みんなあなたたちの仲間なんですよね!」

「やめておけ」

 凸守でこもりは小鳥を見て頭を振った。その後、栗花落つゆりの方へと顎をしゃくって見せる。

 そちらを見た小鳥は唇を硬く結ぶのだった。

「はい。『コードレッド』です。大至急、指示を仰ぎます」

 スマートフォンを持っていない方の腕は、体の横に垂らされている。その拳からは、血が滴り落ちているのだった。

 強く握りしめ過ぎて、爪が皮膚に食い込んでいるのだ。

 小刻みに震える栗花落つゆりの背中には、凸守でこもりたちに到底想像もできないほどの怒りや悔しさがあったに違いなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る