第4-2話 君も不気味に感じただろうか

「どうして教えてくれなかったんですか!」

 凸守でこもりと小鳥は、一先ず別室へと移動する。栗花落つゆりが見えなくなった瞬間に、小鳥は頬を膨らませて不満を口にした。

 ただし、凸守でこもりにしか聞こえないくらいの小声で、だ。

「バカバカバカ! トツさんのバカ!」

 何度も凸守でこもりの肩を、まるで和太鼓を奏でる時のように両方の拳で叩くのだった。

「どうしてくれるんですが! 刑事さんに水かけちゃったじゃないですか! 全部トツさんのせいですからね!」

「なんでそうなるんだよ!」

 凸守でこもりも隣の部屋にある栗花落つゆりを気にしつつ、できる限りの小声で応戦する。

「そもそもだな、見知らぬ人間にいきなりあんなことをする奴があるか!」

「高橋」との戦闘で襲われそうになった際に股間を蹴り上げたことでもわかるように、かわいらしい見た目に反してかなり気の強い娘だ。ただ、まさかここまでとは思ってもいなかったのだった。

「だって……あまりにも失礼なんだもん……」

「だからって──」

 呆れて天井を仰いだが、それよりも凸守でこもりには、小鳥に伝えておかなければいない「重要」なことがあるのだ。

「そんなことより、小鳥」

 一際声を落とす。視線は無意識のうちに栗花落つゆりがいる部屋の方へと向けられるのだった。

「くれぐれも小鳥のサブ属性に入ってるのことは、内緒にしてくれ」

「トツさんの奥さんのメイン属性だった『神威カムイ属性』、『月詠ツクヨミ』スキルのことですか?」

「シッ! 声がデカい──義兄さんはまだそのことを知らないんだ」

 実は「高橋」との戦闘が終わった後、警察で聴取されたのだが、小鳥には黙っているようにお願いしていた。

 幸い妻の「神威カムイ属性 月詠ツクヨミ」は、「***アスタリスク」と表示される。これは一般的には「エラー」として処理されるのだ。

「でも、血が繋がらないとは言っても、兄妹なんですよね? それなのに内緒っていうのはどうなんでしょう……」

 実は妻が13歳の時に栗花落つゆり家の養女として引き取られたのだ。

「だからこそだ」

「どういうことですか?」

「聴取される前にも説明したと思うが、『神威カムイ属性』なんて聞き馴染みのない属性を持ってるとバレたら、気味が悪いと追い出されるかもしれない。

 妻は『やっとできた家族だからそれだけは避けたい』って言ってな」

「気味が悪いなんて言われますかね? むしろ私が刑事さんの立場なら、秘密にされてる方がショックかも……」

「頼む! これは妻の願いなんだ」

 顔の前で手を合わせると、小鳥は渋々であふものの「わかりましたよ」とうなずく。

「亡くなった奥さんのお願いって言われたら、ダメって言えないじゃないですか」

 小鳥の口調が、どこかしみじみしたようなものになり、視線は遠くを見ているようだった。

「奥さんは20年以上も秘密にしてたんですもんね。それを身内でもない私が勝手に話しすするわけにはいきませんよね」

「助かるよ」

「その代わり!」

 小鳥はそっと別室にいる栗花落つゆりの方をうかがう。目が合ったのか、素早く首を引っ込めるのだった。

「私が逮捕されて牢屋に入れられないように、ちゃんとフォローしてくださいよ!」

「そんな大袈裟なことにはならないと思うが……」

「断言できますか! それとも私が牢屋に入ることになったら、トツさんが代わってくれるんですか!」

「いや、さすがにそれは無理だと思うが……」「だったら私を全力で援護してください!──わかったら行きますよ! トツさん!」

 覚悟を決めたらしい小鳥は栗花落つゆりがいる部屋へと向かう。凸守でこもりも苦笑いを浮かべて後に続くのだった。

 ソファに腰かけていた栗花落つゆりの視線が向けられる。表情だけを見ていると、まだ怒りは冷めていないようだ。

「水をかけた挙げ句、客人をたっぷりと待たせるなんて、いい度胸をしてるじゃないか」

 小鳥は「すみません」と、しおらしく頭を下げるのだった。

「警部さんはお気付きではなかったでしょうが、実はトツさんから、『おかしな依頼人が来た』って合図ありまして」

 凸守でこもりは(何を言い出すんだ)と目を見張る。

「その場合、私が水をかけて追い出すってことになってまして。私はただ、所長の指示に従っただけなんです」

 もちろんそんな打ち合わせなどしていない。第一、どこの世界に、やって来た依頼人が変だからと水をかける探偵事務所があるというのだ。

「だからどうか、逮捕するならトツさんを──」

「ステータスオープン」

 栗花落つゆりがかざした手の先に、小鳥の「ステータス」が表示される。

「ちょっと! 勝手に他人のステータス見ないでよ!」

 栗花落つゆりはまた眼鏡を上げると、怪訝な表情を浮かべた。


・氏名 小鳥遊たかなし小鳥ことり

・年齢 24

・メイン属性 水

・サブ属性 ***アスタリスク


「サブ属性がエラー?」

「な、何か問題でもありますか?」

「どうしてエラーのままにしてるんだ。サブ属性なら、申請すれば好きな属性と取り替えてもらえるのに」

「べ、別に私の勝手じゃないですか。こ、こ

こ、これはお婆ちゃんの形見なんです」

「形見? エラーが?」

「そうなんです!」

 凸守でこもりも慌ててフォローに回る。

「小鳥は子供のころからお婆ちゃん子だったそうなんです。

 メイン属性が『***アスタリスクだった祖母が亡くなる時に、どうしてもそれを引き継ぎたいと無理を言ったらしくて」

「そ、そうなんです!」

 栗花落つゆりの目は忙しなく動いている。いかにも凸守でこもりたちを怪しんでいるといった雰囲気がありありと出ているのだった。

「お前たちは私に何かを隠しているな」

「お水かけて、ごめんなさい!」

 急にテーブルに突っ伏すと、小鳥はおでこをこすりつけた。

 若い女の子に頭を下げられて、栗花落つゆりも面食らったようだ。

「さっきのは全部嘘なんです! 合図なんてないんです! どうか許してください! だから刑務所だけは……」

 |栗花落(つゆり》は眼鏡を押し上げると、呆れたようにため息をつく。

「こんなことでいちいち刑務所に入れてたらパンクしてしまうよ」

「じゃ──」

「だが、逮捕することはできる。あれはれっきとした暴行だし、公務執行妨害て捕まえてもいいんだ──」

 そこまで言って、栗花落つゆりは言葉を切る。今まで以上に険しい表情になっていた。

 それは凸守でこもりも同様だ。全身を強張らせるのだった。

(この臭いは──)

 何かが燃える様な臭いがする。

 タバコの臭いであるのは間違いない。が、それ以外にも何か不快な臭い混じっている気がする。強いて言うのなら──死体が焼けるような臭い、といったところだろうか。

 凸守でこもりが身構えると、さかざす隣にいた小鳥を自分の方へと引き寄せるのだった。

「ト、トツさん⁉︎」


 小鳥を背中側に移動させたのと同じタイミングで、勢い良く事務所のドアが開けられた。


「やあ、どうも。お初にお目にかかります」


 黒髪を七、三に分け、真っ黒なスーツを着た男が両手を広げて入って来たのだった。

 サングラスをかけているため、表情は読み取れないが、口元には軽薄そうな笑みを作っている。

 やたらと背が高く、175センチの凸守でこもりが見上げないといけないことから考えると、低く見積もっても190センチはあるだろう。

「おや? どうしてそんな身構えてるんです? せっかくヒマそうな探偵事務所に依頼人が来たというのに」

 凸守でこもりは「フンッ!」と鼻を鳴らした。

「よくもそんな見え透いた嘘がつけるもんだな」

「おやおや、嘘とはずいぶんな言い方ですねぇ」

「そんな殺気を出しまくってる依頼人なんかいるかよ」

「これは失礼。隠し切れてませんでしたか? ワタシもまだまだですねぇ。

 ではバレてしまったのなら隠しても仕方がない。

 みなさん入って来たください」

 サングラスの男が合図をすると、背後から足音もさせずに黒スーツを着た男たちが入って来るのだった。

 見覚えのある男たちだ。

 凸守でこもりは「なるほど」と、得心したように頭を縦に動かした。

「あの『高橋』って男の復讐に来たってわけか。仲間思いなんだな」

 言い終えるのと同時に、背中の方で緊張感が走ったのを感じた。

 小鳥だ。

 凸守でこもりの上着にしがみつくように握りしめている。

 無理もない。

「高橋」との戦闘で、小鳥は婚約者を失っているのだ。平静でいられる方がおかしいというものだろう。

「おやおや、探偵さん。ワタシと『高橋』さんが仲間だなんて心外ですねぇ」

 サングラスの男は映画に出て来る外国人俳優のように、大袈裟に手を広げているのだった。

「『高橋』さんはワタシの仲間ではないんですよ。確かにワタシも『八咫烏やたがらす』のメンバーですが、彼とは《格》が違うんですから。

 もちろんこっちの方もね」

 指で頭を叩いている。

 つまり自分の方が頭がいいと言いたいのだろう。

 凸守でこもりはサングラスの男を上から下まで値踏みするように観察する。

(堂々と正面から探偵事務所に乗り込んで来るとは、かなり不遜な男のようだな。それとも負けない自信となる環境があるのか──)

 自然と戦闘体制になる。

(なんの策も無しに来たわけじゃないだろうからな。ということはこの男も当然、「神威カムイ属性」を持ってると考えた方が自然だろうな)

「義兄さん、コイツは間違いなく──」

 凸守でこもりは目を見張る。

 いつの間にか、栗花落つゆりがサングラスの男の隣に移動しているからだ。

「誘拐犯の『高橋』の仲間で、『八咫烏ヤタガラス』の一味ってことは、貴様も犯罪者ってことでいいんだな? 

 だったら遠慮はいらないってわけだ」

 栗花落つゆりの両手には電流が走ってっている。

 バチチチッと音を鳴らしていて、触れるとタダでは済まないのは一目瞭然だ。

 サングラスの男は口を丸くしている。

「おや? 両手に雷──ってことはですか? 通りで動きが目で追えないはずだ」

「とりあえず、気絶してもらうぞ。詳しい話は署の方で聞いてやろう」

「さあ、そんなに簡単にいくでしょうか」

 栗花落つゆりの両手が触れるよりも早く、サングラスの男の手が栗花落つゆりの体に触れた。

「『神威カムイ属性 『天照アマテラス発動!」


 次の瞬間、栗花落つゆりの全身が黒い炎に包まれるのだった。

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