第4-1話 君も不気味に感じただろうか

「死ね。今すぐにだ!」

 探偵事務所のドアを開けるなり、やって来た栗花落つゆり 戌徳いんとくはそう言った。

 体をのけぞらせて驚いていた凸守でこもりだったが、すぐに苦笑いを浮かべるのだった。

「どうも。ご無沙汰しています」

「黙れ!」

 入り口に立つ凸守でこもりを手で押し退けると、まるで自分の家であるかのようにズカズカと中に入って来る。

 身長は180センチに体重75キロのモデル体型で、髪色はブラウン──というよりも黄色に近いだろう。

 ウルフカットにされた前髪はいつもきれいに整えられていて、相変わらず隙がないスタイルだった。

 2、3歩入ったところでふと足を止めると、事務所内を物珍しそうに見回す。

「ずいぶんきれいになったな。ようやく人間らしい生き方をしようと心を入れ替えたのか」

「実は新しい助──」

 言いかけたが、すぐに栗花落つゆりは「とにかくだ」と、まったく取り合おうとはしないのだった。

「ごたくはいい。トツ。死ね! 時間の無駄だ。

 言っておくがな。これは頼んでるんじゃないんだ。命令だ。決定事項だ。否定はもちろん、疑問も口に出すな!」

 高そうなスーツの前のボタンを外すと、乱暴にソファの上に体を預かる。凸守でこもりも慌てて向かいのソファに腰を下ろすのだった。

「しかし、死ねと言われても……」

「そんなことを言える立場なのか?」

 栗花落つゆりは銀縁眼鏡の真ん中を人差し指で押し上げ、目の前の探偵をにらみつけるのだった。

「Z地区で『砂漠』のメンバーを半殺しにしたそうだな」

「そ、それには訳がありまして……」

「その後、民間人が住むアパートの前で、白昼堂々と正体不明の賊と戦闘を始めた挙句。3人を死亡させてもいるよな?」

「あれは俺ではなく、奴らが勝手に自殺したわけで……」

「『高橋』と言ったか? 唯一の生き残りは完全に再起不能だ」

 栗花落つゆりはソファの背もたれに体を預け、お腹の上で両手の指を組み合わせる。

「うちの闇属性を持ってる捜査官が2人係でなんとか記憶を復元した。

 だがな、殴られ過ぎたせいでしゃべることもままならない状態なんだ。

 おかげで聴取できるようになるまで回復を待たなくちゃならない」

 また鋭い視線を向けられ、凸守でこもりは恐縮してしまうのだった。

「トツ。完全なる過剰防衛だ」

「すみません……」

「申し開きをしてみろ。特別にこの私が直々に聞いてやろう。お前のとしてな」

「言い訳は……ありません……」

「そうか。それなら時間が省けるな。だったら今すぐに死ね!」

「そう言われても……」

 栗花落つゆりは体を前のめりにすると、凸守でこもりに鼻先を近づけて来るのだった。

 その距離はわずかに数センチといったところだ。

「だったら聞くが、お前のサブ属性に入ってる『大蛇オロチ』っていうスキルは一体どうするつもりなんだ」

 栗花落つゆりは「ステータスオープン」と空中に触れる。


・氏名 凸守龍太郎でこもりりゅうたろう

・年齢 40

・メイン属性 闇

・サブ属性 光


 浮かび上がったステータスを見て、栗花落つゆりは表情を曇らせた。

 察した凸守でこもりは慌てて説明するのだった。

「このスキルは『神威カムイ属性』とは表示されないんです。ご覧の通り、基本属性の5つか、もしくは光と闇のどちらかが表記されるようでして」

「確か報告書では、『高橋』の『ステータス』のメイン属性は『***アスタリスク』になっていたと言ってたな。

 ということはこの『大蛇オロチ』が特殊なのか?」

「おそらくそうだと思います」

 栗花落つゆりはギロリと凸守でこもりをにらみつける。

「なぜそう言い切れる?」

「え?」

「お前は、他にも『神威カムイ属性』を所有してる奴を知ってるのか?」

「いえ、そういうわけでは……」

「ちなみに『光属性』から変化させられるのか?」

「え? ええ。使ってるうちになんとかコントロールできるようになりました」

 そう言って凸守でこもりは目を閉じる。奥歯を噛み締め、こめかみのあたりに力を入れると──


 サブ属性が「光」から「火」に変化するのだった。


「コントロールするのには苦労しましたが、慣れると簡単です。例えば『火属性』に換えたいなら、頭の中で炎を浮かべれば──」

「黙れ!」

「すみません……」

 飼い主に叱られた犬のように凸守でこもりはシュンとしてしまう。

 栗花落つゆりといると、どうも調子が狂ってしまうのだった。

「どう考えてもお前の『大蛇オロチ』というスキルはまともじゃない。現に『八咫烏ヤタガラス』とかいう訳のわからない賊が狙ってるわけだしな」

「ですね」

「しかもこちらで調べたところ、SSSスリーエスランクだそうじゃないか」

 実は事件が終わった後、聴取を取るついでに「大蛇オロチ」のことを警視庁内にある施設で調べてもらったのだった。

 するとある程度予想はしていたのだが最高ランクのSSSスリーエスランクだったのだ。

「ということは、トツのサブ属性を入れ替えるには、現在所有してるものより上のランクのスキル、もしくは同等のSSSスリーエスランクのスキルを入れるしか、もしくはSSSスリーエスランクの闇属性のスキルで消すしかない。そうだな?」

「はい……」

「トツ。お前の闇属性のランクは?」

AAダブルエーです……」

「話にならんな」

「すみません……ですが SSSスリーエスランクの闇属性を持ってる人なんて警察や自衛隊にも──」

「黙れ!」

 またシュンとなる凸守でこもり栗花落つゆりの表情はさらに厳しくなる。

「となるとその物騒な『大蛇オロチ』を消すには、お前がどこか人気ひとけのないところで死ぬしかないわけだ。違うか?」

 また栗花落つゆりが「だったら黙って死──」と言いかけたが、そこで言葉を切る。

 突然、栗花落つゆりの顔にお茶が浴びせられたからだ。

「あなたねえ、さっきから失礼じゃないですか!」

 小鳥遊たかなし小鳥ことりだ。

 手には空になったコップを持っている。

「人に死ね死ねって、一体あなたは何様なのよ!」

 栗花落つゆりは眼鏡を外すと、ハンカチでレンズを拭く。意味を求めるように、凸守でこもりを見た。当然その間には怒りの色が見て取れた。

「彼女は?」

「ウ、ウチの助手でして……」

「ずいぶんと気の強い娘を雇ったんだな」

 小鳥はファイティングポーズを取っている。

「文句があるならかかって来なさいよ!」

「こ、小鳥! 何やってんだよ! 早く謝れ!」

「どうしてこんな人に謝らなきゃならないの⁉︎ てか、トツさんはなんだってこんな失礼な奴にヘーコラしてるわけ?

 あっ、わかった。この人に借金してるんでしょ?

 まったく怪しげなところからお金なんか借りるから──」

「この人は刑事さんだ」

「へ?」

「警視庁捜査一課の警部だ」

「ソウサ イッカ? ケイブ?」

「そして俺の妻の兄でもある。つまり俺の義兄にいさんだ」

 小鳥は口に手を当てて「あわわわわ」と全身を震わせる。栗花落つゆりは前髪から水を滴らせながら、射抜くような視線を向けていた。

 凸守でこもりは、頭を抱えるばかりだった。

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