第1-2話 君はきっと呆れているのだろう

 依頼人、小鳥遊小鳥たかなしことりの婚約者である佐藤一郎は、行方が分からなくなる前は街の外れの小さな鐵工所に勤務していたらしい。

 火属性の人間らしい勤め先だと言える。

 プレハブのような簡素な建物を覗くと、事務員らしい中年の女性が、「社長ならあちらです」と指を差して教えてくれた。

 事前に行くと伝えておいたこともあり、話が早くて助かる。

 事務員の女性に教えてもらった方向へ進むと、今度はコンクリートの壁の工場があり、大きな間口のところで小太りの男がタバコを吸って立っていた。

 凸守でこもりを見つけると、「おっ⁉︎」と口が動いたのが見えた。

 小走り近寄って会釈すると、小太りの男は「連絡くれた探偵さんかな」と白髪の混じった眉を持ち上げたのだった。

 どうやらこの鐵工所の社長らしい。

「ワシも心配してたんよ」

 人の良さそうな社長はそう言うと、禿げ上がった自らの頭をパシッと叩いた。大きな間口から室内で溶接している社員たちに視線を向ける。

「佐藤くん、真面目な子だからさ、今まで無断欠勤なんてしたことなかったんだよね。それが3日前くらいから急に連絡が取れなくなってさ」

 真面目な男──これは依頼人の小鳥の証言と合致する。

「一本どう?」

「いただきます」

 凸守でこもりは社長からもらったタバコを吹かす。

「佐藤さんがいなくなる前に何か言ってなかったですか? 例えばどこかに行くとか、誰かに会うとか」

 またタバコを吸うと、素早く辺りを見回し声を落とした。

「あるいは借金を抱えていて、クビが回らないといったことはどうです? そのことで誰かに追われてるなんて話はなかったですか?」

「ないない」

 社長は顔の前で手を振った。うっとおしいハエを払っている時のようだ。

「真面目な子だもん。ほんとスレてないっていうか。仲間内でやる麻雀に誘ったんだけどさ、佐藤くんはやったことないって」

「念のため、佐藤さんのステータスのコピーを見せてもらえますか。こちらで働く時にもらってますよね」

「ああ、構わんよ」

 確認したステータスは、やはり探偵事務所で小鳥から見せてもらったものとなんら変わりはなかった。

「他の社員の方にも話を聞かせてもらっていいですか? 仕事の邪魔にならないようにするんで」

「いいよ。ちょうど一服しようと思ってだところだから」

 小さな工場のため、社員は全員で6人しかいなかった。

 社長が「休憩にしようや!」と声をかけると、みんなゾロゾロと出てくるのだった。

「佐藤、やっぱ連絡とれてねぇのか」

 社員の中で1番の年長者と思われる男が指先に火を灯す。

「なんだよ、婚約したばっかなのにな。あんなかわいい母ちゃん、心配させてどうすんだよ」

 そう言ってタバコに火をつけると、紫炎をくゆらせるのだった。

 さすがはベテラン火属性の溶接工だ。器用なものだ。

 火属性を扱いはじめたばかりの若者なら、うまく火力を調節できずに一瞬にしてタバコを焼き尽くしていただろう。

「婚約者のこと以外に、何か聞いてないかな。子供のころのこととか。世話になってる人とか」

「聞いてねぇな。佐藤はあんま自分のことを話したがらない奴だったからな」

「それはつまり、訳アリってことかな」

「いんや。どっちかつうと、昔のことを覚えてないっていうか、知らないっていうか」

「覚えてない?」

 他の社員にも目を向けると、同意見だとばかりにうなずいているのだった。

「とにかく世間知らずなんスよ」

 まだあどけなさの残る男だ。おそらく10代だろう。

「パチンコのこと知らなかったし、スマホで競馬の映像見せたら、『この生き物なんですか⁉︎』って言ってたっスから」

「それはお前がからかわれたんだって」

「いや、アレはマジっスよ」

「あっ!」

 別の社員だ。こちらは30代の半ばくらいか。

「そう言えば、『メイン属性ってどうやったら外せますか』って聞かれたことがあったな」

 社員は腕を組んで首を傾げた。

「冗談で言ってのかと思ってたら、えらくマジでね」

「で、なんと答えたんだい?」

「そりゃあ、アンタ。『死ぬしかねえよ』って言ったさ」

「ヤベッ!」

 先ほどの10代の社員だ。

「オレ、余計なこと言っちゃったかもしんねぇっス」

「というと?」

「ヤベェ医者なら、メイン属性を外せるかも、って言っちゃったッス」

「それはつまり、闇医者って意味?」

「はい……」

「ちなみにその医者はどこにいるって聞かれなかったかい?」

「Z地区ならもしかしたらって……」

「馬鹿! 適当なことを言いやがって!」

 年長者に頭を叩かれる。

「で、でも、そんな嘘、小学生でも信じるわけないッスから──」


          *

 丁寧にお礼を言って、凸守でこもりは鐵工所を後にした。

 道路の脇に停めていた車のところまで行くと、サイドミラーに駐車禁止の切符が取り付けられていた。

 手慣れた手つきでそれを外すと、助手席に投げ入れて車内に乗り込む。

 スキットルをくわえると、一気に流し込む。手付金で早速買ってきたウイスキーが喉にヒリヒリとした痛みを与え、思わず顔をしかめるのだった。

(メイン属性を外したがってたとは、一体どういうことだ)

 もう一度酒を口に含み、蓋をしっかりと閉めてスキットルを助手席に放り投げる。

(佐藤のメイン属性は火だったはずだ。何か問題でもあるのか? 火は比較的使い勝手のいい属性のはずだし、何より鐵工所で働くならこの上なく好都合だろう)

 車の中から仕事に戻った社員たちを見る。全員が右手から火を放ち、鉄を繋げたり焼き切ったりしているのだ。

(それともメイン属性があると、何か困ることでもあるのか……)


          *

 次に向かったのは、最初に行った鐵工所から車で2時間ほど走った海沿いにる水産工場だった。

 車から降りる磯の香りが鼻をついた。

 鐵工所に勤める前の佐藤は、意外にも水産工場で働いていたらしい。社長からそのことを聞かされた時には驚いたものだったが、鐵工所の社員たちも同様だった。

(火属性の人間が水系の仕事に就くとはな)

 火と水では相性が悪る過ぎるのだ。

 働くには不便多かったんじゃないだろうか。

(そもそも火属性の人間をよく雇ってもらえたものだ。もしかすると、焼いたり煮たりといった加工を行なってるのかもな。それなら火属性でも──)

 そんなことを考えながら目的地に向かうが、どうやら目論見は外れてしまったようだ。

 水を張った大きな桶の前では、胴長のゴム製のツナギを着た社員たちが網ですくった魚を水槽に移動させている。

 かたわらでは手から水を出している社員と、おそらく塩の塊だろう、水槽の中に投げ入れている者がいるのだ。

 すぐ向こうには海があり、今いる場所も水浸しで、凸守でこもりは靴を濡らさないようにするのに必死だった。

(こんなところで火属性の佐藤は働いていたのか……)

 にわかに信じがたいことだ。

 それは責任者の男に話を聞くと、ますます疑念は広がっていくのだった。

「ああ、あの気味の悪いヤツね」

 佐藤一郎の名前を聞くなり、男は口をへの字にした。

 ありきたりと言えばありきたりの名前だし、今どき珍しい古風な名前なので、印象に残っていたということもあるのだろう。が、それにしてもすぐに思い当たるのはよほど印象に残っていたようだ。

 ただし、それは好印象だからというものではないのは明らかだ。語るのも嫌だといった雰囲気が伝わって来るような気がした。

「暗くてほとんどしゃべらねえし、気味悪くてよ。やめてくれて助かったよ」

 鐵工所で聞いた佐藤の人となりとはずいぶん印象が違う。

 凸守でこもりの中で「まさか」という思いがかすめた。

「佐藤一郎のステータスって、見られるかな」

(これで人違いだったら大笑いだな……)

「ステータス?」

 露骨に顔をしかめている。

「このクソ忙しいのによ」

「申し訳ない」

「んなモンここにあったかな……」

 その後も「面倒臭えな」とつぶやきながら「ステータス」をめくっていく。

「あったあった、これだよ」

 凸守でこもりは目を見開いた。声を上げそうになってなんとか飲み込む。

 顔写真はまさしく行方を探している佐藤だ。左目の下に黒子があるので間違いないだろう。

 年齢なども合致する。

 ただ──

 凸守でこもりには、どうしても解せないことがあった。

 佐藤一郎のメイン属性が、なぜだか「水」になっているのだ。

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