ある探偵の懺悔 〜君の遺書に返事を書いた〜

らるむ

第1-1話 君はきっと呆れているのだろう

 全部、アナタのせいだからね──


 女は自らの頭に突きつけた拳銃の引き金を、微塵のためらいも見せずに引いたのだった。

 火薬が爆ぜる音と共に銃口から飛び出しただゆかんは、女の頭を貫いた。

 血と脳の一部であろうと思われる肉片があたりに飛び散る。


 そして女はゆっくりとその場に倒れると、ピクリとも動かなくなったのだった。


 当然だ。


 拳銃で頭を撃ち抜いたのだから。


 ただし、女はすでに事切れているはずなのに、その目は恨めしそうにまるでそこにある「何か」を睨みつけたままだったのだ。

 今すぐにでも起き上がり、

「アナタのせいだからね」

 と、また恨みつらみの言葉を吐いて捨てるのではないか──そう思わせるほど、女の死顔には、ある種の迫力と、不可解さが見て取れたのだった。


          *

 ソファでうたた寝をしていた凸守龍太郎でこもりりゅうたろうは、ハッと目を覚ます。

 慌てて辺りを見回すが、すぐにゴミ溜め同然の事務所の中にいるのだとわかり、落胆のため息をついた。

(またあの夢か……)

 体を起こし、頭を抱える。

(クソッ! いつまでこんなことを続けてりゃあいいんだ……!)

 するとどこからか、人の声がすることに気がついた。


『本日は、このお店のお料理をご紹介したいと思いま〜す!』


 どうやらテレビを切り忘れていたようだ。

 昼の情報番組が放送されていて、どこかで見たような女性タレント数人が、分厚い肉の塊にかじり付いているところだった。

『柔らか〜い』

『歯がいらないですね』

『もう溶けちゃいましたよ』

 手垢のついたコメントが垂れ流されているのを聞きながら、凸守でこもりは顔をしかめた。

(勘弁してくれ……)

 甲高い声が二日酔いの頭に響く。

 頭頂部に針を刺されたような感じだ。それに吐き気も込み上げてくる。

(リモコンは……どこだ……)

 散らかったテーブルの上を乱暴にかき乱していく。


『ここで緊急ニュースです!』


 いきなり画面が切り替わる。

 紺色のスーツに白のインナーを着た女性アナウンサーが出て来てきた。

 険しい表情を浮かべ、原稿を読み上げるのだった。

 女性アナウンサーの頭の斜め上には、四角くくり抜かれた画面があり、そこでは逃げ惑う人の姿が映し出されていた。


『また人体発火が起こりました! これでついに10例目となります。

 未だ犯人の目星はついておらず、テロではないかという警戒感から、市民たちは戦々恐々としています。

 一連の騒動について警視庁は、まだ自身のスキルを扱い切れていない火属性の若者による事故ではないかという見解を示していて、必要以上に恐れたりパニックを起こしたりしないよう注意喚起を行っています。

 ただ、目撃者の話では、人体発火の際に出た炎はとのことで、単なる火属性の人間によるスキルなのか、それとも自然現象によるものなか、はたまたま何者かによる作為的なものなか、原因究明が急がれています』


(真っ黒な炎……)

 テレビ画面を横目で見ながら、ようやくリモコンを探り当て、電源を切ることができた。

 それなのにまだ頭痛は治らない。

(クソッ! 頭が割れそうだ。こんな時はアレしかないな……)

 かたわらにあったチタン製のスキットルをあおる。

 迎え酒をしても、問題が先延ばしになるだけなのは知っていたが、今はとにかくこの頭痛をなんとかしたい一念だったのだ。

 ところが、一滴も出てこない。

 残念ながらウイスキーは昨晩で飲み干してしまっていたようだ。

「チッ!」

 舌打ちをして、ポケットを探ってみる。小銭にいくつか──これでは到底酒など買えるわけがなかった。

 手の震える。それに頭痛がさらに酷くなっていく一方だ。

 この両方を止めるには、やはりアルコールを入れるしかない。

(仕方がない。どっかでかっぱらって来るか……)

 ふらつく足取りで立ち上がる。

(道路で寝てる誰かなら、ゴミ溜めから拾って来た酒くらい持ってるだろう……)


 ドアノブに手をかけたその時、ノックされた。


 とっさに身構える。

(誰だ⁉︎)

 そっとドアを開けてみると、女が立っていた。

「あ、あの……ここは凸守でこもり探偵事務所でしょうか」

 ドアの隙間から見える女は、20代の半ばくらいだろうか。

 手に持ったメモらしき紙切れと、目の前にいる無精髭にボサボサ頭、ヨレヨレのジャケットを羽織った中年男を何度も見比べている。

「アンタは?」

「ひ、人を探していただきたくて……」

 凸守でこもりはドアから顔を出すと、慎重に左右を見回した。どうやらこの女しかいないようだ。

「どこでここのことを聞いたんだ」

「け、警察に行ったら、さんにここを紹介してもらったんです」

 警察、おっきな刑事──2つのキーワードで、凸守でこもりの脳裏にはある男の顔が浮かんだ。

 知ってる人間の中で、この特徴に該当するのは1人しかいないからだ。

(アイツめ……)

 面倒ごとを押し付けられてはたまらないため、追い返そうかと思った。だが、今は先立つものが必要なのだ。

(クソッ!)

 凸守でこもりは深いため息をつく。そしてドアを開け放つと、体を斜めにして通り道を作る。

「汚いところだが、とりあえず中に入りな」


          *

「まずはアンタのステータスを見せてもらえるかな」

「はい」

 女は「ステータスオープン」と言って空中に手をかざす。

 その部分に文字が浮き上がるのだった。


・氏名 小鳥遊小鳥たかなしことり

・年齢 24

・メイン属性 水

・サブ属性 ナシ


 添えられた写真は、間違いなく目の前にいる女だ。

 相違点を探すのなら、写真の中の彼女は長い髪を後ろで束ねているが、実物の小鳥遊小鳥たかなしことりの髪の毛は背中で揺れていることくらいだ。

(サブ属性はナシ──だが24だから、この年齢なら持ってなくても不自然じゃないか……)

 改めて目の前の女を見る。

 卵形の輪郭の中に、大きな目に小ぶりの鼻、形の良い唇が然るべき場所に収まっている。

 化粧っけはないが、素朴な彼女にはそれが似合っていると凸守でこもりは思った。

 間違いなく美人の部類に入るのだろう。

 背中が隠れるくらいの髪の毛には艶があり、頭頂部には天井のライトが当たって「天使の輪」ができている。心許ない光なのにこれだけ髪の毛に艶があるということは、若さに加えて、普段からよく手入れされている証拠なのだろう。

 白いワイシャツの上に薄い緑のカーディガン、花柄模様のスカートにはアイロンがかけられている。

 見たところどれも高価なものではないようだ。新品というわけでもなさそうなので、大切に使っている物なのだろう。

(差し当たって怪しいところはない──か)

 こんな家業をやっていると、望まないトラブルに巻き込まれることは少なくない。

 そのため嫌でも慎重にならざるを得ないのだった。

 そこまで考えて、「フッ」と笑ってしまった。

(こんな小娘に騙されるくらいなら、俺もついに落ちるところまで落ちたってことだろうな)

「あの……何か?」

「いや、なんでも。じゃ、次はこっちの自己紹介をしておこうか」


・氏名 凸守龍太郎

・年齢 44

・メイン属性 闇

・サブ属性 ***アスタリスク


「ト、トツモリ……さん?」

「デコモリ、だ。だが『トツ』でいいよ。知り合いからはそう呼ばれてる」

「そうですか。よろしくお願いします。トツさん」

 軽く会釈した小鳥は、やはり引っかかったらしい。

「失礼ですが、サブ属性の『***アスタリスク』っていうのは……」

「ああ、単なるだよ。気にしないでくれ」

「エ、エラー……サブ属性なのにですか?」

「ところで依頼は確か、人を探してほしいってことだったけど」

「え? ああ、そ、そうなんです」

 小鳥は再び空中に手をかざす。


・氏名 佐藤一郎さとういちろう

・年齢 24

・メイン属性 火

・サブ属性 ナシ


 男の顔写真が載っている。

 髪の毛を短く刈り込んでいて、左目の下に黒子があった。

「彼とはどういう関係?」

「婚約者です。『出かけてくる』って言って3日も帰って来なくて……連絡も取れないですし……何かあったんじゃないかって心配で」

 小鳥はテーブルに手をついて体を乗り出す。

「真面目な人なんです! 今まで連絡もなしに外泊なんてする人じゃなくて……」

「で、警察に行ったわけだよね」

「一応、行方不明届け出したんですが……」

「相手にされなかったわけだ」

「なんか、すごくぞんざいな感じで……帰ろうとしたら、おっきな刑事さんが追いかけて来て、こちらのことを教えてくれたんです。『腕のいい探偵さんだから』って」

 凸守でこもりは「おっきな刑事」に思いを馳せながら(腕がいい……ねえ)と鼻白んだ。

(警察は今、例の人体発火の件で手が回らないんだろうな)

 今日のニュースでは、確か10件目だと言っていたはずだ。

(明らかに事件性があるなら話は別なんだろうが──)

「あの……お金なら用意してきました」

 カバンから茶封筒を取り出し、両手で差し出すのだった。

(封筒の厚みからすると、せいぜい30万程度か)

 本来ならもっとふっけたいところではあったが、何せ今は頭痛と手の震えを止めるための酒代が必要だ。

 |凸守(でこもり)は封筒を受け取ると、中身をチラリと見て懐にしまい込んだ。

「わかった。この依頼、引き受けよう」

「本当ですか⁉︎ ありがとう!」

(後で追加費用だと言って払わせればいいんだからな。とにかく当座はこれでしのいで──)

「ありがとうございます……」

 小鳥が涙を拭っているのだ。

「ただ、調査の前に言っておくが」

 凸守でこもりはそこまで言って、言葉を切った。

「何か?」

「いや、なんでもない」

 いつもなら依頼を引き受ける時には、

「どんな結果になっても、こちらは一切関知しない」

 ということを了承させる。

 遺体で見つかった責任を凸守でこもりに求める依頼人がいるからだ。満足な結果ではなかったからと、その都度訴えられていては、探偵なんてやってられない。

 ただ、どういうわけか今回だけは言えなかった。

 もしかしたら依頼人の小鳥遊小鳥たかなしことりは、どことなく自殺した凸守でこもりの妻に似ていたからなのかもしれない。

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