第1-3話 君はきっと呆れているのだろう

「ぬおっ!」

 公園のベンチに座っていた大男は、体を大きくのけぞらせて声を張り上げたのだった。

 突然現れた凸守でこもりを見ると、大男は太い眉毛の間にシワを刻む。

「脅かさないでくださいよ、! もうちょっとで大事な弁当を落とすところだったじゃないですか!」

 膝の上を見ると、赤いチェック柄の風呂敷の上には、確かにワッパの弁当箱がのせられているのだった。

 食べはじめたばかりらしく、ほとんど手がつけられていない状態だ。白飯の上のピンク色の桜でんぶは、まだハート型が保たれたままだった。

 おかずの方には彩りと野菜が中心で、健康を気遣っているのが見てとれた。

 凸守でこもりはかわいらしい弁当と、目の前にいる熊のような大男、というアンバランスな構図を見比べる。

「相変わらずの愛妻弁当か。毎日奥さんも大変だな」

「妻は僕のことを愛してくれてますから──って、あげませんよ!」

「いらないよ。ところで、その量で足りるのか? 張り込みなんかで腹が鳴ったら大変だろう」

「大丈夫です」

 そう言ってかたわらにあるハンバーガーチェーン店の紙袋を見せるのだった。

「それ、奥さんは知ってんのか」

「もちろん内緒です!」

 そう言って白い歯を見せる大男の名前は、法華津猿可ほけつえんか

 身長は190センチ、体重110キロ。

 下膨れの頬にスポーツ刈り。太い眉にどんぐり眼といった、どこかアニメちっくの見た目をしている。

 これでも一応「刑事」だ。

 年齢は27歳。

 現在2人の男の子の父親で、スマートフォンの待ち受けは妻と子供たちにしているという子煩悩な男だ。

 依頼人の小鳥遊小鳥たかなしことりが言っていた「おっきな刑事さん」とは、彼のことなのだろう。

 法華津ほけつは「いただきます」と両手を合わせると、豪快に弁当を食べ始める。

「で、何か用ですか? あっ、もしかして依頼人を紹介したお礼ですか? それなら僕もトツさんの仲ですから、料亭の弁当3つで手を打ちますよ」

「残念だったな。礼を言うどころか、苦情を申し立てに来たんだよ」

「はあ? こっちは仕事を回してあげたんですよ? しかも簡単な人探しじゃないですか」

「簡単だと⁉︎ どの口が言ってんだよ……」

「え? でもトツさんって、人探しと『属性探し』は大得意じゃないですか?」

「いくら得意って言ってもな……。

 こんなに複雑な事情が絡んでそうな依頼だなんて聞いてなかったんだよ。だからこうしてわざわざケツに会いに来たんだ」

 空中に手をかざすと、「佐藤」のステータスが浮かび上がる。

「これが依頼人から見せてもらったものだ」

「ほうほう」

「そしてこっちが──」

 隣にもう1つステータスを出す。

「おそらく『佐藤』が婚約者──つまり依頼人と出会う前に働いてたであろう職場に提出したステータスだ」

「これがどうかしたしたか……って⁉︎」

 大きな手から弁当箱が落ちた。

 幸い米粒一つ残さずきれいに平らげた後だったため、愛妻弁当を地面にぶちまけるとあいった大惨事は免れたのだった。

「これ、同一人物ですか……」

「どうやらそのようだな」

「だったらどうしてメイン属性が変化してるんですか⁉︎」

「それはこっちが聞きたいくらいだ。えらく面倒な依頼をこっちに押し付けやがって」

 |凸守はベンチに座ったまま体を折り曲げると、弁当箱を拾ってやる。

「どうやらこの『佐藤』は、メイン属性を外す方法を知りたがってたらしいんだ」

 法華津ほけつのつぶらな目が目一杯大きく広げられるのだった。

「そんな馬鹿な! メイン属性は生まれ持ったものだから外すなんて無理ですよ!」

「知ってる。だとするなら、これは一体どう説明するんだ」

「た、確かに……」

 何度も2つのステータスを見比べている。

「元々佐藤は水属性を持っていて、何かしらの方法でメイン属性を外して火属性に入れ替えた、と考えるのが自然だよな」

「ですね」

「だが、そんなことが果たしてできるのか? 仮にできたとしたら、なぜ佐藤は改めてメイン属性を外す方法なんかを知りたがってんだ?」

 法華津ほけつはじっと凸守でこもりを見る。

「もしかしてそれ、僕に聞いてます?」

 凸守でこもりはため息をつくと、ベンチの背もたれに体を押し付けるのだった。

「その反応からすると、も知らなかったようだな」

「当たり前じゃないですか! 知ってたらトツさんには言ってませんよ」

 これには苦笑するしかない。

「ずいぶんな言い方だな」

さんに報告しなきゃ──でも、先にトツさんに話したってわかったらどうしよう……」

 ハンバーガーを片手に空を見上げる。

「殺されるかも……」

「まんざら冗談で言ってるわけじゃなさそうだな」

「トツさんだって知ってるでしょうが! ツユさんがどんなに怖い人なのかを!」

「まあな」

「そこでご相談なんですが……」

 法華津ほけつは凸守を見ると、太い眉毛のハの字にしている。

「とりあえずこのまま調査してもらえませんか? で、何かわかったら、内々に僕の方に報告するってことで……」

「つまりそれは、『貸し』ってことでいいんだよな?」

「え? 依頼人を紹介したのは僕ですよ──って、わかりましたよ!」

 不貞腐れたようにハンバーガーにかじりつく。

「『貸し』ってことにしときますよ。てか、これ脅迫じゃないですかね! 刑事を脅すって聞いたことない──」

「じゃ、これを頼むよ」

 駐車禁止の切符を渡す。

「また勝手に外したんですか⁉︎」

 法華津ほけつ凸守でこもりの口元に鼻を近づける。

「てか、車に乗ってんのもおかしいでしょ! 酒飲んでますよね⁉︎」

「まあ、そういうわけだから頼んでおくよ」

「そういうわけって、どういうことなんですか!」

 無視してさっさと歩き出すと、法華津ほけつ凸守でこもりに背中に言葉を投げかけた。

 その声はどこか寂しげだった。

「そろそろ、奥さんのこと忘れたらどうですか。

 亡くなってから、もう6年も経つんですよね?」


 凸守でこもりは振り返らず、歩も止めず、背中を向けたまま手を上げた。

 そしてポツリとつぶやく。きっと法華津ほけつには聞こえなかっただろう。

「忘れるのは得意だよ……」


          *

(ケツが言った通り、メイン属性は生まれた時に備わって、自動的にステータスに明記される。だが、実際に操れるようになるのは10歳から15歳の間だ。

 生まれ持ったメイン属性は、外すことはもちろん、他の属性と入れ替えることもできない。

 ただし、属性の所有者が何かしらの理由で死んだ場合は例外だ。

 死亡するとその者が持っていた属性は外れる。

 そして半径6メートル以内にいるのサブ属性に移動するのだ。

 大抵の場合、両親や祖父母が亡くなった際に受け継ぐことになる。が、稀に交通事故などで不意に目の前で誰かが死亡した場合、近くにいる人間は望まない属性をサブ属性として受け継いでしまうことになる。

 そのようなトラブルに見舞われた時のために、サブ属性に関してだけは、政府に申請すれば外すことは可能になっているわけだ)


          *

 信号が赤になったので、ブレーキを踏んで停車する。ずいぶん古い車なので、すり減ったブレーキパッドから「キキキッ!」と甲高い音が鳴った。

 目の前の横断歩道には、体より大きなランドセルを背負った小学生たちが列を作って歩いて行く姿があった。

 凸守でこもりは何気なく子供たちに視線を向けた。

 スキップしたり、友達を話をしたりとても楽しそうだ。

 そんな微笑ましい光景を目にしても、やはり「佐藤」のことが頭の中から離れないでいた。

(メイン属性は外せない──この世界の『ことわり』は絶対だ。

 それは学校で習うから、小学生でも知ってることだ。

 おまけに俺のような『闇属性』の人間は、嫌でも思い知らされることになるんだからな)


『オレたちの近くで死ぬなよ』

『死ぬなら、山奥で1人で死ねよな』

 小学生のころ、よく同級生たちからからかわれたものだ。

 凸守でこもりが何かしらの原因で死亡すると、近くにいた者のサブ属性に「闇属性」が入ってしまうからだ。

『闇属性なんて持って生まれたら、オレだったら自殺するけどな』


「わあっ!」

 不意に悲鳴に近い声が上がった。

 そのことで凸守でこもりは我に返る。

 どうやら横断していた小学生が、道路の真ん中あたりて転んだらしい。

 歩道用の信号が点滅しているのを見て、凸守でこもりは車から降りる。

「大丈夫か?」

 助け起こしてやると、小学生の男の子はコクリとうなずく。

「うん……ありがとう……」

 唇の端を持ち上げた。

「偉いな。泣かないんだな」

「こんなことで泣かないもん! じゃあね! オジサン!」

(オジサン……か。まあ、40だからあの子たちからすればオジサンなんとろうな)

 お爺さんと言われなくて良かったな、などと苦笑していたら、不意にけたたましいクラクションが鳴らされた。

 そのため一気に現実の世界に引き戻される。

 後続車の高級スポーツカーからは、なおもクラクションが鳴らし続けられ、運転手は眉を吊り上げて怒り狂っているのだった。

 いかにも生意気そうな若い男がハンドルを握っていて、助手席の方には派手な女が乗っている。

 運転席の男が窓を開けると、そこから上半身を出した。

「オッサン! モタモタしてんじゃねえよ!」

(面倒くさい奴だな……)

「おい! 聞いてんのか! こっち向けよ!」

(しょうがない。こんなことで妻が残したスキルを使うのは気が引けるが──)

「何をブツブツ言ってんだよ! ナメてっとヤッちまうぞ、コラ!」

 凸守でこもりと、怒り狂う運転手に向けて中指を立ててやった。

 男の顔は見る見る真っ赤に染まる。

「いい度胸じゃねえか! ここでやってやるからな──あれ⁉︎」

 勢い良く車から出ようとするが、ドアが開かない。助手席の女も「こっちも開かないんだけど」と慌てている。

 悠々と車に乗り込むと、ルームミラーに映るカップルに向けて「バーカ!」と呟いた|凸守「でこもり》は、颯爽と走り去るのだった。

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