第5話 『キミとメロンソーダ』

「……きて、……なた」


 ……。


「おーい、起きろー日向ー」


 そんな声と同時に、脇腹を何かに刺された感覚がした。


 思わず飛び起きて、恐らく刺したであろう、張本人の方へと顔を向ける。


「やっと起きた」


 そう言って、得意げに唇の端を持ち上げたのは、梓だった。


「今日はずっと寝てばっかだね」


 昨日、ナニしてたの? そう、イタズラな笑みを浮かべた彼女に、俺はため息を吐く。


「ナニのイントネーションがちょっとおかしいな。つーか、毎度毎度脇腹刺してくんな、それ痛いんだよ」


「えー、だってこれじゃないと起きないじゃん」


 さっきも私が起こさなかったらずーっと寝てたくせに。


 そう言いながら定規を紺色の筆箱へしまう梓。放課後だからなのか、昼と比べると少しだけ声のトーンが高い気がした。


「これから朝も起こしに行ってあげるね。朝起こしにくる幼馴染みなんて、私ってもしかしてメインヒロインかも?」


「毎朝定規で突きに来るヒロインがいてたまるか」


「ふへへ♪」


 梓は心地良さそうに笑みをこぼすと、ん〜っと背伸びをして、椅子から立ち上がる。


 黒くて長い髪の毛が背中でさらりと揺れた。


「それじゃ行こっか、どーせ、今日も暇でしょ?」


「俺をいつも暇人してるみたいに言うな。つーか、どこにも行く約束してないし。疲れたから帰るし」


 そう言って、俺も椅子から立ち上がった瞬間。


「ん〜っ!」


 大人っぽい顔とは裏腹に、頬を幼くプクリと膨らませた梓は、俺の腕にしがみついた。


「行くの〜っ! この後私と一緒にぃ〜っ!」


「だからどこに行くんだよ」


「行く場所言ったら、来てくれる?」


「いや帰るが」


「ん〜〜っ!」


 再び頬を膨らませた梓。しかし次は腕だけではなく、背中からの腕を回されてしまい……。


「梓、やめっ」


「行くって言うまで絶対離さないから〜!」


 そんな風に、ムキになって体を密着されたせいか、いやでも梓が1人の女性であることを認識させられてしまう。


 華奢な腕と、背中に押し当てられる、ブラ越しの圧力。


 シャンプーか柔軟剤か、どちらかの良い匂いに混ざった汗の匂い。


 このままだと非常によろしくない。


 てか、コイツに反応させるなんて、情けなすぎる。


 そんな危機感にも似た感情で、彼女の華奢な腕に触れたその瞬間。


「本当2人は仲良いねー、もう、付き合っちゃえよ」


 教室の前の方から聞こえて来た声に、俺は顔を向ける。


 いわゆる陽キャと言われる部類の奴らが、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。


 すると、背中に感じていた圧力と温もりがするりと抜け落ちていって。


「……別に、そう言うのじゃないし……」


 そう視線を伏せながらボソリと呟いた梓。


 長い髪の毛の間からのぞいた、小ぶりの耳は、熟した桃のように真っ赤になっていた。


 そして不意にも、ドキリとしてしまった俺がいるのだった。






 結局その後、俺は梓について行くことにした。


 まぁなんて言うか。流れでそうなってしまったと言えばそれっきりなのだが、正直なところ完璧に帰るタイミングを逃した。と言うのが本音だ。


 そして今は、


「それじゃ、私はカフェオレで……日向はどーする?」


 大人っぽい顔が、こくりと小首をかしげる。


 俺は小さく頷き、店員さんに顔を向けると、


「じゃあメロンソーダで。あと、アイスも乗っけてください」


 そんな注文をした。


 アイスを乗せると100円プラスされてしまうが、やっぱりメロンソーダを飲む時には、あの爽やかな緑の上に、アイスの乳白色とさくらんぼの赤は欲しい。


 店員さんが笑みを浮かべ背中を向けると、向かい側の席から「へー」という声が聞こえた。


「乗せるねー。けど、いつも思うんだけど、それ美味しいの?」


「あぁ、結構美味いぞ」


 俺がそう返すと、「へー」と生返事を返す梓。


 そんなこんなでしばらくの間、雑談を挟んでいるうちにそれが到着した。


 向かい側の梓は、ストローで爽やかな薄茶色を吸い上げると、「このカフェオレが私にとってのエナジーだわ〜」と、満足気に息を吐く。


 なんだそれ。と鼻を鳴らした俺は、付属のスプーンでアイスを削り、口の中へと運ぶ。


 やんわりとした甘さが口の中に広がったのを感じると、俺はつかさずメロンソーダをストローで吸い上げた。


 シュワっとしたキレのいい甘さと、アイスのトロリとした甘さ。


 同じ甘いなのに全くもって別物の甘さは、口の中で心地よく絡まっていく。


 すると、梓がこちらに人差し指を向ける。


「ん? なんだ?」


「やっぱりそれ、私も食べたいな」


 そう言って、ふふっと鼻を鳴らした梓が小さな唇を開く。


 白い歯のその奥で、とろりと動いた舌に思わずドキリとした。


「……ほら、照れてないで一口ちょうだい?」


「別に照れてないし。ほら口開けろ」


「ん。あ〜んっ……」


 梓の口の中にスプーン入れると、心地の良い力で唇が閉じられる。


 俺がガッツリ使ったスプーンを、こうも抵抗なく口にされてしまうのは、少しだけ考えてしまうものがある。


 だけど、そんな事を梓に悟られてしまっては、


「へー、まだ間接キスとか気にしてんの?」


 なんて、からかわれてしまうだろう。


 だから、その唇からゆっくりとスプーンを抜いた。


「これで良いだろ」


 だけど梓は「ん、んっ!」とメロンソーダを指をさしたあと、「んぇ」と一瞬でも口の中を見せる。


 口の中を満たす白いものに、はしたない、なんて感情の前に、正直エロさを感じてしまったのは、絶対言わないでおこう。


 ほらよ。とグラスごと彼女に差し出すと、梓は満足気にストローを吸い上げた。


「……ふふっ。何これめっちゃ美味しい」


 梓はそう微笑んで、再びアイスを口にしようとしたところで、俺がグラスを引き戻す。


「お試しは終了だ。あとは自分で頼め」


「え〜、日向ひどーい」


 でも……。と、一息ついて、梓は言う。


「ありがと、日向♪」


 そして浮かべた大人っぽい微笑みに、またドキリとしてしまう俺であった。


 


 

 


 

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