第4話 『顔の良すぎる幼馴染』

「ん。おはよ、日向」


 茅柚さんと別れた後、駅のホームでコツンと肩をぶつけられる。


 柔らかい感触と共にふわりと香ったレモングラスのような、さっぱりとした匂いに顔を向けると、そいつはふふっと鼻を鳴らした。


 華奢な背中で揺れた長い黒髪に俺は言葉を返す。


「おう、おはよう。あずさ


「ん。今日は早いんだね。いつもは私よりも遅いのに」


「まぁ人間生きてれば、ちょっと時間感覚が狂う日だってあるよ」


「えー、何それ」


 と、そんなたわいのない話をしているうちに、到着した電車に乗り込む。


 やや混み合った車内。たった4駅の通学路。


 顔も知らない、赤の他人と方が触れ合いそうなほどの圧力の中、俺のすぐ目の前から涼しい声が聞こえてきた。


「ね、いつも私がこっち側でいいの?」


「まぁ、その方が安心だろ。誰も俺のケツなんて触りたくねえよ」


「あはは。ウケる」


 そう言って俺の幼馴染、『早瀬はやせ あずさ』は、可愛らしい笑みを見せるのであった。





 幼馴染、『早瀬 梓』との出会いは、茅柚さんとの出会いよりも、ずっと昔だった。


 もう、覚えているだけでも、小学一年生の時、すでにこいつは視界の中にいた。


 ずっと物静かで、髪の毛が長くて。


 それでいて、小学生なのに顔が同級生と頭ひとつ飛び抜けて、綺麗な顔をしていた。


 切長という点では同じだけど、目尻の下がっていない目は、なんだか落ち着いた女性を彷彿とさせて。


 それに対して、先の丸い鼻や、丸い輪郭の顔は、どこか幼くて。


 なんていうか、美人と可愛いのちょうど間、みたいな感じの顔だと思った。


 そして、そんな美人な幼馴染は今……。





「……きて……なた……」


 ……。


「おーい日向、起きてー」


 そんな聞き慣れた声と同時に、脇腹に走った鈍い痛みに、思わず俺は上体を起こす。


 ずっと机に突っ伏していたせいか、首に凝りを感じて、良くないと分かりつつも首をポキポキ鳴らす。


 そして、俺の脇腹を刺したであろう張本人の方へと顔を向けると。


「ふふっ。やっと起きた、もう昼休み終わっちゃうよ?」


 唇の端を心地良さそうに持ち上げた梓がしっとりとした声で、そう言った。


 一方俺は、彼女の手に握られた黒色のアルミ製の定規にため息を吐くと。


「起こしてくれてありがとう。ちなみに何回も言うが、昼休みだから寝てるんだからな? わかってるよな?」


「うん。知ってる。だから起こすの」


 そう言って梓は机に手をつき、その手で右頬を支える。


「私も昼休みなのに暇ー」と、頬杖をついた事により持ち上がった頬で、モゴモゴと言った。


「その暇に毎度毎度俺を巻き込むな」


「えーいいじゃん。私と日向の仲なんだし。ほら、暇しすぎた幼馴染が構って欲しそうにそちらを見てる。構いますか?」


「寝ます」

 

「梓の攻撃。日向に1のダメージ。日向は死んだ」


「どんだけ雑魚なんだよ俺」


「ふへへ♪」


 再び俺の脇腹を突いた定規を引っ込めると、ニヤリとした笑みを浮かべた彼女。


 そんな、クソほどしょうもないやり取りをしているうちに、昼休み終了のチャイムが鳴ってしまった。

 

 はぁ。とため息を吐きながらも、授業の準備を始める。


 すると隣からは再び「日向」と呼ばれ、「次はなんだ」と彼女の方へと顔を向ける。


 梓は、ふふっと鼻を鳴らすと、


「構ってくれてありがと」


 そう、嬉しそうに目を細めるのであった。


 俺は小さく息を呑んで、「ふざけんな」と返す。


 いつも通りのやり取りに、また梓は「ふへへ」と笑って、前を向いた。


 ……俺はいつも思う。


 梓は物凄く顔が良い。


 それこそ、ジャンルは違えど、茅柚さんと並ぶぐらいには。


 だからこそ、本当に思う。


 そんなにも顔が良いのに、なんで俺ばかりに構うのかと。


 顔の良すぎる幼馴染は今日も、俺の隣にばかりいた。






 


 


 


 


 

 






 

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