第2話 『近くて遠い』
「ん〜っ! 朝シャンサイコー!」
そんな声と同時に開け放たれたリビングのドア。
そして、何が出てくるのかと思えば、フェードインしてきたのは色々とたわわな、グレーの下着姿の茅柚さんで。
「ごふっ!」
色々と刺激の強い八頭身に、俺は思わず飲みけての水を吹き出した。
明らかに入ってはいけない所に水が入り込んだ事によって、本能的に咳き込む。
「え、大丈夫?」
そう慌てながら俺の方へと近寄ってきた茅柚さん。すると、優しいボディーソープの匂いと、なん度も俺の背中を行き来する優しい手つきに、思わずどきりとした。
「……はい……なんとか」
しばらくして息苦しさが収まってきた俺は、口元を拭い顔をあげる。
まだ、心配そうに眉を寄せる、綺麗な顔に俺は言った。
「なんで服着てないんですか」
「ん? なんでって、洗濯しちゃったから?」
「じゃあなんで下着の替えはあるんですか」
「ふっふーん! それはだね……。いつもカバンの中に下着の着替えは入れてるのだよ!」
準備周到な女だからね! そう、ドヤ顔で胸を張った茅柚さん。
一方、なんでだよ……とため息を吐いた俺は一度自室へ戻り、適当なスウェットの上下を持ってリビングへと戻る。
すでにソファーに座り、足をぷらぷらさせながらテレビを眺めていた茅柚さん。
俺は彼女の視界を遮るように、前に立つと、
「とりあえず着てください」
そう言って、黒色のスウェットを押し付けた。
「えー、私は全然気にならないけどなぁ〜」
なんて、腑抜けたことを言いやがったので、「俺が気にするんですよ!」と、思わず本音を漏らしてしまった。
すると茅柚さんが珍しく、ハッと息を呑んだ。
あぁ、やっと気づいてくれた……そうだよ普通、男子高校生の前で下着姿なんて……。
「へぇ〜そっか〜、日向くんももう高校生だもんね〜♪ お姉さんの体見て、興奮しちゃうのかぁ〜♪」
……なんて一瞬でも考えた俺がバカだった。
体の前でスウェットを抱きしめ、「やぁ〜ん! 日向くんのえっちぃ〜!」と体をモジモジさせている茅柚さんに、俺はため息を吐く。
そして、彼女の腕の中にあるスウェットの上着を抜き取ると、
「……いい加減にしろ!」
亜麻色の頭から無理やり黒色のスウェットを被せた。
服の中でモゴモゴと暴れる彼女の顔だけを襟から出し俺は言う。
「着ないなら追い出す。明日からもう全部1人でやってください」
「……すごい迫力だね日向くん」
あはは〜、冗談だよ〜。と苦笑いを浮かべ、袖から華奢な手を出した彼女。さっきまでの時間がまるで嘘だったみたいに、素直に下も履いた。
「……はぁ。それと、もう朝ごはん……って言っても冷めちゃってると思うので、温めたら食べましょう。今日は卵焼きです」
「うんっ! 私、日向くんの卵焼き好きっ!」
そう、黒色のスウェットの上で咲かせた、パッと明るい無邪気な表情に、心臓が少し早くなる。
ほんと、この人は顔が良すぎるんだよ……。
「すぐ温めるので、茅柚さんはご飯盛ってください」
「うんっ!」
そう嬉しそうに頷くと、ソファーから立ち上がった彼女。
まるでここが自分の家かのように食器棚から茶碗を取り出す姿を見て、俺は小さく息を吐く。
よく出張で家に帰らない母の代わりに、俺の面倒を見てくれた茅柚さんが、好きだった。
当時高校生だった彼女だって、受験勉強や生活があるのに、その合間を縫って、「今日はお姉ちゃんが、ホットケーキ作ってあげよっか♪」なんて、ウチのキッチンでホットケーキを焦がしまくって。
でも、どれだけ表面が真っ黒でも、牛乳の量間違えてパサパサでも。茅柚さんが一生懸命作ったホットケーキは、コンビニの300円のホットケーキよりも美味しかった。
俺が中学生の頃は、彼女にかっこいい姿を見せたくて、「今度の試合も、見に来てください」なんて、よく野球の試合に誘っていた。
その度に絶対に見に来てくれて、試合が終わるとすぐに、「日向くん、かっこよかったよ♪」そう、やんわりとした笑顔でスポーツドリンクをくれる茅柚さんを、もっと好きになった。
そして、高校2年生になりたての今。
「あ、日向くん」
向かい側に座る茅柚さんが、テーブルに手をつき前のめりになる。
そして、華奢な手が俺の顔へと伸びると、人差し指と親指で何かを摘んだ。
「ご飯粒、着いちゃってるよ」
そう微笑んだ彼女が、そっと俺の口元へ手を近づける。
だが、俺はそんな彼女の行動に、恥ずかしさと悔しさが滲んできて。
「いいですよ……俺だって子供じゃないんですから」
そう言い放って、彼女の指から米粒を剥がす。
「そっか。日向くんもう高校2年生だもんね」
そう息を吐いて、元の姿勢へ戻る茅柚さん。
俺はずっとこの人のことが好きなのに、彼女はまだ俺を子供として見ている。
詰まるところ、
「……
「ん?」
「なんでもないです」
そう、誤魔化すように味噌汁のお椀を口元で傾けた俺。
彼女にとって俺は、恋愛の対象でも、下着姿で平然と同じ環境に入れるほど、男として見られてないわけだ。
「ね、見て〜。ペンギンの特集だってぇ〜。朝からいいニュースだねぇ」
テレビのペンギンに、満面の笑みの横顔を見て、俺は鼻を鳴らす。
「そうですね」
ほんと、こんなに近いのに、遠いな。
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