近所に住む顔の良すぎるお姉さんとの半同棲生活は、意外と悪くない。

あげもち

第1話 『顔の良すぎるお姉さん』

 そのが、俺の部屋の隣に引っ越してきたのは、今から約5年前。


 具体的には2017年の4月。


「今日から隣に越して来ました。『若草わかくさ』です♪」


 玄関のドアの隙間から差し込んだ夕焼けと共に聞こえた声は、妙に大人っぽく聞こえた。


 いや、彼女の話すスピード的に、そう聞こえただけかもしれない。


 それでも、しっとりとした声で、ゆっくりしたその話し方は、まるで大人のお姉さんのような、そんな色気が出ていて。


 どんな大人の人がきたのだろう。


 そんな気持ちと一緒に、廊下から顔を出した瞬間、思わずドキリとしたのを今でも覚えてる。


 母の背中越しに目に入って来たのは、まるで、小麦畑のようにふわりとした亜麻色の、肩の上で揺れるボブヘアー。


 切り揃えられた前髪からこちらを覗くのは、切長だけど、少しだけ下がった目尻の、おっとりした優しい目。


 それに相反して筋の通った鼻や、薄い唇、細い線の顎は、シャープで大人っぽい造形をしていると思った。


 おっとりした美人な大人のお姉さん。


 そんな感想を抱いた瞬間ふと、とある事に気がついた。


 それは、そんなお姉さんが制服を身に纏っていたことだ。


 白くて健康的な足を装飾する、紺色のチェック柄のプリーツスカート。


 コスプレじゃない。本物の高校生のお姉さん。


 きっと気温が高かったせいどろう。白シャツを押し上げる大きな膨らみの前で抱えた腕には、黒色のブレザーが揺れていた。


 そんなお姉さんに思わず見惚れていると、彼女がこちらに気づき、小さく手を振る。

 

「こんにちわ♪ これからよろしくね」


「……こんにちわ」


 思春期ゆえの……なんて言って仕舞えば何にでもカッコがつきそうだが、実際はなんだか恥ずかしくて仕方がなかった。


 だってこんな美人なお姉さんと話したことなんてなかったから。


 でも、そんな俺の内心を鈍感な母が知るわけもなく。


「ほら、しっかり自己紹介しなさい」


 そう、背中を押され、お姉さんの前に立たされてしまった。


 緊張で心臓が速くなる中、俺はゆっくりと顔を上げる。視界の先でお姉さんがやんわりと微笑んで、俺は再び視線を落とす。


 だめだ……直視できない。


「……本城ほんじょう日向ひなた……です」


「へぇ〜、日向くんって言うんだ」


 すると、視線を下に向けた俺と、目線を合わせるようにしゃがんだお姉さんと、目が合う。


 おっとりとした優しそうな目が、少し細くなって、やがて、綺麗な形の唇が動き出す。


「私の名前はね、若草……」





 

——ピピピッ。 ピピピッ……。


 すぐ耳元で鳴った無機質な音に、背中に感じている温もりから、意識が引っ張り上げられていく。


 真っ暗な世界から、やがてぼんやりとした明るさに気づき、そして瞼を持ち上げる。


 見慣れた白い天井。ずっと昔から住んでる自分の部屋。


 早朝5時30分。


「なんか、懐かしい夢……見たな」


 そう呟いて、ゆっくりとベッドから降りた。


 薄暗い廊下を通って、リビングのドアを開け放つ。瞬間、ムワッと鼻をついてきたのは、酸っぱいアルコールの匂いで。


 またこの人は……。


 はぁ……とため息を吐いて、キッチンに置かれた缶ビールから目をそらす。


 そして視線を向けた先は、白いカーテンが日光をぼやかしているリビングのソファー。


 さらに詳しく言えば、その上で無防備に寝息を立てている女性だ。


 灰色のショートパンツから伸びる、肉付きのいい健康的な太もも。


 細くくびれたお腹周りのすぐ上には、ピンク色のブラジャーで装飾された、大きくて柔らかそうな胸があった。


 ちなみに、彼女が身につけていたであろう半袖のTシャツはソファーの下に落ちている。


 ほんと、この人は思春期というものに対しての配慮が全くなってない。


 そう、心の中では思いながらも、さらっと足の先から胸までを視界に収めて、すぐに顔を背ける。


 そして、俺はその柔らかい肩を叩きながら、亜麻色の頭にそっと声をかけた。


「起きてください、もう朝ですよ」


「……ん」


「仕事、今日も早く行くしかないんでしょ?」


「……ん〜。あと5分だけ……」


「いつもそう言って遅刻寸前じゃないですか、今日は絶対に起きてください」


「……それじゃ日向くんが代わりに仕事行ってきて……お小遣い渡すから……」


「わーいやったー行ってきまーす」


「うん……お姉ちゃん、応援してる……ね……」


「……んなわけあるか、早く起きろ」


 そう言って、彼女の肩をやや乱暴に揺する。その度に大きな胸がブルブルと揺れているのが目に入ってきたが、それはこの人が大きすぎるのが悪い。


 やがて彼女も痺れを切らしたのだろう。「ん〜も〜、分かった、分かったからぁ〜」とまるで駄々をこねるように口を開いて、ゆっくりと上体を起こす。


 眠そうに瞼を擦りながら、こちらに体を向けると。


「最近起こし方乱暴じゃない? 日向くん」


「誰のせいで朝からこんなに体力使ってると思ってんですか。いいから、さっさと顔洗って、それとすごく酒臭いんで、シャワーも浴びてきてください」


「うへぇ〜、そこまで言わなくても〜」


「ダメです、公務員なんですからしっかりしてください」


 俺はそういうと、早速キッチンへと足を進め、彼女が開けた缶をゴミ箱に突っ込む。


 一度水で流してから、半分ほどまで水を張った鍋を火にかけた。


 その間にフラフラと立ち上がった彼女は、ゆっくりとドアを目指して足を進める。


「……あ、そうだ」

 

 ドアのぶを握った彼女が、ボソリと呟く。


「次はなんですか……また吐きそう、とかじゃないですよね?」


「んーっ! いくら私でもそんなんじゃないよ!」


「じゃあなんですか」



 俺がそう聞くと、彼女は少し不機嫌そうに膨らませた頬をしぼませ、うんと頷く。


 そして、大人っぽくて、それでいて切長の優しそうな目を少し細めると。


「おはよ、日向くん♪」


 そう言って、やんわりと微笑んだ。


 瞬間、いつものことなのに、思わずどきりとして視線を逸らす。


 ほんと……顔が良すぎるんだよなぁ……この人は。


「おはようございます……茅柚ちゆさん」


「ふふっ。はーい♪」


 そう、嬉しそうに返事をしながらドアを閉めた茅柚さん。


 1人になった空間で、沸騰したお湯に味噌を溶かしながら、俺は小さく鼻を鳴らした。


 初めて彼女と出会った日。


 俺は小学生で、お姉さんは高校生だった。


 そして、今は。


「俺が高校生で、茅柚さんは社会人……かぁ」


 ふふっと鼻を鳴らして、味噌をかき混ぜる。


 あの日から5年。


 2023年の4月。


 今は訳あって、顔の良すぎるお姉さんと同棲をしている。


 


 

 

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