文化圏が同じ人

 惑星地球は本日も不思議だらけだ。


「顔の見分けがつくようになってきた気がする」


 みんな似たような顔をしていても、全く違うそれぞれの人生を送っている。


「……二十八年間この星に居てようやく?」


「え!? 嘘!? このアイドルの男の子ってこの前のドラマのあの子とはまた別の子!?」


「ついてないし」


 歌番組を見て混乱する私、動じない夫。我が家は今日も平和。


***


「いやあ、アイドルは見分けるの難しいんだって」


 全ての人の顔を合成して平均値のような顔を作ると一番美形になるという説がある。


 とすると、異星人である夫から見て、彼らの顔面は地球人の顔面のデータとして良いサンプルとなるのだろうか。


「女性に人気だと聞くけど、ひかりさんはアイドルに興味ないの?」


「そうねえ。私は堅実な人が好みだからねえ。アイドルっていう職業を選択する時点で、ちょっと冒険心がねえ、ありすぎるというか」


「異星にまで冒険に来てる人間を捕まえておいてそんなこと言う?」


かいさん職業選択は堅実じゃん」


 日曜の昼下がり。煎餅をかじりのんべんだらり。


「……いや光さん好みの異性のタイプとかあるのか!?」


「ありますよそりゃ!?」


 ほんの一瞬の沈黙の後、失礼なことを言われる。


「恐ろしくもあるが、詳しく尋ねても?」


「私と星の文化圏が同じ人」


「全地球人ストライクゾーンじゃないか」


「違う違う、比喩表現、比喩表現」


 暗喩と言えばいいのかどうか。


 ──同じ星のもとに生まれた人と結婚したい。


 それは宇宙人とあだ名を付けられた私がよく使っていた表現だ。


「結婚相手にどうかって、貴方を紹介されるよりも前、何人か宇宙人みたいな地球人男性を紹介されたんだけどね」


「初耳だが?」


「ちょ、顔怖」


「続けて」


「宇宙人は宇宙人でも、みんな私とは違う文化圏の星に生きる宇宙人なんだなと思ったんだよ」


「というと?」


 当時を思い出してみる。


「私の話を遮ってばかりで、自分の話したいことしか話さない宇宙人みたいな人とか」


「それは話していて悲しくなるかもね」


 第一の刺客、芸術家の地球人。


「お礼をわざわざ口にするのは非効率的な行為だと言って、口にすれば死ぬと思ってた宇宙人みたいな人とか」


「そうか。言葉にして伝えた方が幸せな気持ちになれる気がするけどね」


 第二の刺客、研究者の地球人。


「全裸で公園に潜むのが趣味の宇宙人みたいな人とか」


「通報した方が良い」


「したした」


 第三の刺客、無職の地球人。


 ろくなのがいなかった。


 まあ私も人のことを言えた立場ではないけど。


 当時はもう、結婚なんて来世までいいかなと思っていた。


「で、第四の刺客が貴方。この人だ、と思ったよ」


「相対評価? どのへんが?」


「一目惚れ」


「まさかの視覚」


「いや第六感かしらね」


「それもどうなの」


 少しだけ呆れた様子の夫に、わざとらしくちっちっちと指を振る。


「おっと海さんやい、一目惚れをなめちゃいけないですぜ」


「なんだなんだ」


 当時、一目見ただけで、好きだなこの人、と思った。


 今でもその時の記憶は鮮やかに残っている。


 さて明日使えない地球無駄知識お披露目タイムだ。


「まず前提として、アメリカの離婚率は平均五十パーセントと言われているんだけどね──」


「二組に一組別れているのか。恐ろしいな」


「ほんとだ改めて考えると凄まじ……!」


「戻って。続けて」


「女性からの一目惚れで結婚した夫婦の離婚率は僅か十パーセント以下だと言われてるのさ」


「おお、断然低くなるね」


「遺伝子レベルで相性が良い相手を嗅ぎ分けてるって説もあるんだよ」


「にわかには信じがたい話だけど、本当ならすごいね」


 感心する夫を前に、タブレットを弄る。


「あ、検索したらうさんくさいサイトが上位に来る。嘘かも」


「ダメなんじゃないか」


 なんらかの選択バイアスがかかっていそう。


 まあでもねえ。


「でも私の選択は間違えでなかったよ。それは確か」


「そう思ってくれているなら嬉しいよ」


「地球に来てくれてどうもありがとうね」


「どういたしまして。人事異動に従っただけだけど」


「堅実ぅ。え、待って、また異動とかあるの?」


「地球に来て転職したから心配ないよ。今はリモートワークだし、地球内での異動もしばらくないようお願いしてある」


「そう? 行ってみるのも楽しそうだけどね」


「冒険心に溢れているな君は」


 惑星地球、日本国、某所。


 本日も平和。

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