第二十六章 Mate 3/5

鎌倉駅時計台。

鎌倉駅から西に出るとすぐに見える、大きな時計台のある広場だ。時計がある以外は何もないその場所に、僕はダイキを呼び出した。


「鴨ちゃん……。キミは、どっちの味方なの?」

「今?」

「ああ、今だよ」

「今はマナブくんの味方だよ」

「なんか含みのある言い方だね」


そんなこんなで10分ほど時間が経ち、やがて暗闇の中から2つのシルエットが現れた。1つは高身長で、もう1つは僕と同じくらいの背の高さ──恐らくダイキだ。

2つの人影はこちらに歩いて近づくと、やがて街灯の下に入った。その時、僕は初めて2人の姿を見る事ができた。


「カオル……!」

まず真っ先に声を上げたのは、僕の隣に立っていた爺ちゃんだった。それにつられ、僕も目の前に立っている長身の女性を睨みつける。

岩橋カオル──記憶よりも痩せ細っているが、間違いない。僕の母さんが、ダイキの隣に立っていた。彼女は真顔でこちらを見つめ、唇をぎゅっと噛んでいる。


「なんでだよ……」

僕は街灯の下に立ち、真顔でこちらを見ているダイキに向かって言う。「なんで……なんでだよ……!?」

「なんで? 理由を話す必要があるのか?」

ダイキが口を開いた。


「あるだろ! 話せよ、全部話せ!」

「そうか。分かった」

ダイキはそう言い、ポケットに手を突っ込んで立った。「でもさ、お前はもう分かってるだろ、マナブ?」

ダイキは僕、爺ちゃん、鴨ちゃんを順番に見てから言った。

「復讐だよ。親父と母ちゃんのための、復讐だ」

「復、讐」

「前に話したよな? 俺の親父と母親、通り魔に殺された、って。まだ小学生だった俺の目の前で、親父が血ィ流して死んだ、って」

僕はうなずいた。

「あン時の犯人、お前知ってるか?」

今度は、僕は首を横に振る。


ダイキは、不満そうな顔をして言った。

「お前の親父──岩橋リュウジだよ」


あの時と同じように。


『──……通り魔事件。そう。マナブ、知ってた?』

『いや、なんで知ってると思ったんだよ』

『……そうか』

ダイキはやけに不満そうな顔をした──。



「…………」

爺ちゃんの言葉がフラッシュバックする。

『お前の父親は、合計4人の男女を殺害した』


その中に、ダイキの両親が含まれていた……。


「知らなかったか? ま、無理もないよな。お前は当時カナダに居たからな」

「あ……」

「俺はな、マナブ。岩橋リュウジを許せなかったんだ。どうしても、どうしても許せなかった。俺の両親を殺したアイツを、俺はこの手で殺してやりたかった。だから、俺は『文字戦争』を始めた」

「始め……何を、言って──」


──待ってくれ。頭の整理が追いつかない。


「マナブ。何かおかしいと思わなかったのか? 神奈川県でしか行われていないのに、なぜ文字『戦争』と呼ばれているのか。そもそもなぜ、『文字』というモノを俺が持っているのか」


そう言ってダイキは、自分の左手を見せた。

そこには僕たちと同じようにして、『D』の文字が刻まれていた。


「教えてやるよ、マナブ。俺はな、前回の『文字戦争』の優勝者なんだ」

「…………」


──何、言ってるんだ。

僕は生唾を呑みこみ、ダイキの次の言葉を待つ。


「そして岩橋リュウジ──お前の親父も、前回の『文字戦争』の参加者だった」

「ちょ、ちょっと待てよ! 前回ってなんだ!? 僕たちがやった殺し合いは2回目だったって事か!?」

「そうかもしれないな。でも、たぶん違う」

ダイキは街灯に手をつく。そして自分の左手に刻まれた文字に目を落とした。「前回が第5回なのか、第10回なのか、第100回なのか、それは分からない。ただ、仮説は立てられる」

「仮説……?」

「文字戦争という名前からだ。もともとは神奈川県だけにとどまらず、世界中に『文字』を持った人間が居た。それが、時間と共に……」

「いや、待てよ! じゃあ『文字』ってのはそもそもどこから来たんだ!?」

「そんなの、俺も知らねぇよ」

ダイキは肩をすくめた。

「俺はただ、いきなり『M』の文字を与えられ、殺し合えと言われただけだ。それが10年前、2013年の事」

「『M』……」


ダイキが、前回の『文字戦争』優勝者で、『M』を与えられた……?

ちょっと待て。じゃあなぜ僕が『M』を持っているんだ? なぜダイキは『D』の文字を持っている?

僕は頭が破裂しそうなほど思考を回した。いきなり新しい情報が増えすぎだ。


「順を追って話そうか」

ダイキはそう言って苦笑した。

「『文字をもらった』と言っても、俺は『文字』を使うどころか、殺し合いの事すら知らなかった。だって当時、俺は小学生だったからな」

「じゃあ……じゃあお前は、どうやって優勝したんだよ?」

「落ち着けよ。今俺が話してんだろが」

ダイキに言われ、僕は口をつぐむ。


「俺が優勝したのはマジの偶然だよ。一度も『文字』を使わず、普通の生活を送っていた俺は、他の参加者からの発見が遅れた。まあ、今回の『文字戦争』でいう『W』と同じ状況だな。俺も気付かないうち、26人いた参加者は数を減らし、残り2人ってトコまできた」

「2人……。もしかしてお前と、父さんか?」

僕がそう訊くと、ダイキがうなずいた。

「そう。『M』の文字を持った俺と、『C』の文字を持った岩橋リュウジ。この2人が残った。それから何があったのかは、もう話したよな?」

「ああ……。最後の1人──つまりお前を殺そうとして、僕の父さんがお前の家族を襲った……。でもお前の両親がお前を守り、その目的は達成されなかった……」

「その通りだ。岩橋リュウジが本命の俺を殺す前に、近隣住民が呼んだパトカーが到着したんだ。俺はギリギリで助かったってワケだな」


電化製品店で会った時のダイキの言葉が蘇ってくる。

『──もう10年前の話だ! でも、俺まだ覚えてんだよ……! 母親が泣いてて、親父が何か大声で叫んでた……でも、通り魔は目を見開いて俺の事を見てくんだよ! まるで2人の事なんて見えないみたいに……!』

これは、父さんの目的があくまで小学生だったダイキを殺す事にあった事を表している。ダイキはあの時、僕にヒントを出していたのだろうか。


「後はもう、お前の知っている範囲だろ? 岩橋リュウジは絞首刑にかけられ、当時何も知らなかった俺は、何も知らないまま優勝した。その事件は世間一般には『通り魔事件』として報道された……」

ダイキはそう言って頭をかいた。「他の参加者が勝手に殺し合ってくれたんだよ。俺が全てを知ったのは、全てが終わった後の事だった」

「それで……?」

僕は恐る恐る訊いた。そこにいるのが『友人のダイキ』ではなく、何かとても遠い存在に感じたからだ。

ダイキは「それで……」と言って自分の左手を僕に見せた。

「俺は優勝賞品として、AからZ、全ての文字を手に入れた。数が多すぎて手の甲には収まりきらなかったから、腕の方まで字が刻まれてたよ」

ダイキは右手の指先で左腕をなぞる。そこにはかつて、26個もの文字が刻まれていたらしい。


「すべての『文字』を手に入れた俺は、言ってしまえば神のような存在になった。地球を好きなように変える事も、人々を思いのままに動かすことも、想像上のモノを生み出す事だって出来た」

「でも、お前はそれをしなかった……」

ごく、と僕は生唾を呑む。

「そうだ」

ダイキはうなずいた。「俺にはそんな下らない事より、やるべき事があったからな」

「それが、復讐……か」

僕は右手をぎゅっと握りしめ、絞り出すような声で言う。こんなにつらいダイキとの会話は初めてだった。

「そう。俺の両親を殺したヤツらへの復讐だ」

「ヤツ『ら』?」

「岩橋リュウジだけじゃない。他の全ての参加者も同罪だ。だって他の24人のうち1人でも岩橋リュウジを殺す事が出来ていたら、俺の両親は死なずにすんだからな」

ダイキは左手を握り、そしてゆっくりと呼吸をしながら開いた。「ただ、ここで問題があった。復讐相手は既に全員死んでいたんだ」

「そりゃ……そうだろうな。お前が文字戦争の優勝者なんだから」

「まぁな。途方に暮れた俺は、それで、至極シンプルな行動に出た。つまり、もともと文字戦争に参加していたヤツらの息子、もしくは娘を、次の文字戦争の参加者にしたんだ」


ダイキの言葉を聞いて、僕ははっとする。


「気付いたか。お前はさっき『参加者の共通点』がなんだかんだと言っていた。コレが答えだよ。今回の文字戦争の参加者は、皆両親を亡くしていたんだ」


──そう言えば、セイジには親が居ないと言っていた。だから一人暮らしをしているのだ、と。

──それに、桐生イオリについて調べていた時、彼の母親が早死にしたという情報を目にした。

きっと、他の参加者も『前回の文字戦争』で親を亡くしていたのだろう。

僕と同じように。


「それで、ソイツらを殺し合わせることがお前にとっての『復讐』……?」

「そういう事だな」

ダイキは街灯に寄り掛かる。

風が吹き、僕は心の底から冷え冷えとした気分になった。


夜は、どうやら始まったばかりらしい。

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