第二十六章 Mate 2/5

ジュースを飲み終わり、僕は座り込んで一息ついた。駅の方へ顔を向けると、空が赤く染まっていた。きっと警察か救急の警光灯だろう。

すっかり皆黙ってしまったので(もちろん、戦いの疲れもあるだろうが)、僕は一人で考え事をし始めた。


じっとしていると、さっきの戦いでの鴨ちゃんの事をどうしても思い出してしまう。

24時に、光に包まれて消えた鴨ちゃん。そして、その直後に僕の背後に現れ、何事もなかったかのように話し始めた鴨ちゃん。

あの時、駅の物陰で僕は確かに聞いた。桐生イオリが『Dの文字の所有者は、鴨川ダイヤなんて名前じゃなかった』、と言うのを。


その桐生の言葉と、さっきの爺ちゃんの話。あれが、今までの疑問の最後のピースだった。


7月8日に聞こえてきたあの『声』。

『K』──先生に襲われていた僕を助けた、謎の人影。

『ルール』と言えば出現する、謎の青い画面。

『ルール』に書かれた、不自然な内容。

鴨ちゃんが転校してきた時のこと。

ヨシアキが死んだ時のこと。

その時のダイキの言葉。

『石の部屋』に転送された時の、鴨ちゃんの発言。

そして、『通り魔事件』。


ヒントはずっと、そこにあったのだ。いや、むしろ答えがずっと近くにあった。僕はそれを心の底で分かっていながら、ずっと無視し続けてきたのかもしれない。どうにもそんな現実を受け入れる事が出来なくて、ずっと『そんなワケない、そんなワケない』と目をつぶってきたのかもしれない。

時に、現実は恐ろしいまでに非情だったりする。

それは僕の両親であったり、友人であったり、仲間であったり。つらい現実というのは常に、すぐ近くに居る人間が引き起こしているモノなのだ。


「…………」

僕はやっと、1つの答えを出した。この2か月、ずっと取り組んできた1つの問題に、やっと納得のいく答えが出たような感じだった。

その『答え』は僕にとって受け入れがたい、絶望にも似た答えだったけれど、もうここまで来たら受け入れるしかない、と僕は意思を固めた。


「爺ちゃん、鴨ちゃん。もう1人、戦わなきゃいけない相手がいる」

僕は2人に言う。2人は壁から身体を離し、僕の方を見た。「ソイツを殺……倒せば、この殺し合いも終わる。それでやっと、僕たちは自由になれるんだ」

「何を言っとるんじゃい。もう残ってるのは俺ら3人だろう?」

爺ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。僕は「そうだね」と肯定し、「『参加者』は、ね」と付け加えた。


「ねぇ鴨ちゃん。『参加者』の対義語は?」

「『主催者』だね」

鴨ちゃんは、まるで僕に訊かれるのを分かっていたみたいに答えた。すると爺ちゃんがまた口を開いた。

「ちょっと待て。主催者が居るのか?」

「居る。爺ちゃんが7月8日に聞いた『声』の主。それが主催者だ」


26人の罪なき人々を、殺し合わせた張本人。

──いや……『罪なき』かどうかは分からない。少なくとも主催者はそう思っていないらしい。


「薄々気が付いてはいたんだ。この壮大なステージの裏には、全ての糸を操っている人間がいるかも、って。で、その疑問が確信に変わったのが、僕が『P』の話を聞いた時だった」

「『P』?」

「うん。ヨシアキを殺した、白衣の男だ。あの石の部屋に『転送』され、帰って来た1か月後くらいに、彼と話をしたんだ。アイツは面白い事を言っていた」

「なんて?」

鴨ちゃんが前のめりになり、僕に訊く。

「あの石の部屋への転送は、全て1人の人間によって行われていたらしい。『H』の文字を持つ女性が『Host』という単語を使って、参加者全員をワープさせた。だから『H』が死んだ瞬間文字が解除され、僕たちは帰って来た」

つまり、と僕は右手を上げた。爺ちゃんも鴨ちゃんも、僕の言いたい事が分かったらしい。唇の端をきゅっと結んでいる。

「この殺し合い自体も、同じ事なんじゃないか? もともと26個の『文字』を持っていた人間が、それを僕たちに分配した。そしてソイツは殺し合いを『主催』した……。この殺し合い──鴨ちゃんの言葉を借りると『文字戦争』は、そもそも『文字』の力によって作り上げられていた、っていう仮説だ。まぁ、考えてみたら当たり前だよね。こんな超常現象、『文字』の力じゃなきゃ説明がつかない」

僕はそこまで言うと、楽しそうにゆらゆらと身体を揺らしている鴨ちゃんの方を見た。

そして訊いた。


「当たってるかな、鴨ちゃん?」


彼女は答えた。

「うん、正解だよ」

「そっか。じゃあ、今から主催者をここに呼び出そう」


僕は携帯を出し、連絡先を開いた。

もう、迷わない。僕はそう心に誓い、その番号に電話をかける。


「──よっマナブ。『Q』との戦い、お疲れ様だったな」


電話に答えたのは、高田ダイキだった。

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