第十七章 Three Xanthippic Queens 2/6

「──あの、ギンジさん」

セイジは右手に真っ黒な大鎌を持ち、ギンジの前に立っていた。彼の正面に居るのは車椅子に座った青年──桐生イオリだ。セイジが息を切らしているのに対し、イオリは部屋に入ってきた時と位置がまるで変わっていない。

「はァ……は……あの、すみません……。ちょっと『拳銃』を思い浮かべて貰ってもいいですか……?」

「拳銃……? ああ、良いけど……」

「は……それで、ですね……。銃を思い浮かべたまま『Gun』って言ってくれますか……?」

セイジは大鎌を地面につき、それに寄り掛かるような形で体勢を保った。こうしてギンジと悠長に話をしている間、イオリとかいう青年は何もせず、ほほ笑みながらこちらを見ているだけだった。


「──『ガン』」

ふと、老人のそんな声が聞こえたかと思うと視界の端が光り始める。そしてその直後、ギンジの右手には1丁の拳銃が握られていた。

「こりゃあ……一体……」

「説明している時間はありません……とりあえず1発、アイツに向かって撃ってください」

「馬鹿言うじゃねぇよ。そんな事できっか」

「お言葉ですがギンジさん、先ほど私の言う事には従え、とお願いしたはずです!」

「人なんか撃てっかよ! それもまだ学生の……!」

「撃たなきゃ死にますよ!! 俺も、アナタも、マナブくんもッ!」

「それでも撃てねぇ!」


「──あーあー、喧嘩は良くないですよ」

優しくなだめるような声が、セイジとギンジの会話を遮った。

声の主は当然、桐生イオリである。

「水掛け論は時間の無駄です。戦場でする事ではない」

「お前は黙って──!」

「お爺さん。あなた、警察官ですよね?」

「ん……なんで分かった……」

「ああ、いえ、なんとなくですよ。『銃を思い浮かべて』と言われてニューナンブを思い浮かべたところとか……。あとはその『絶対に撃たない』という強い意志……。まあ、そんなところからの推理です」

「この銃……モデルまで知ってんのか」

「ええ。知識が多くて困る事はありません」

「あんた……何者だ」

「恵まれた被害者、ですよ」


イオリはそう言うとセイジを指さし、「お爺さん。その銃、この人に渡してください」と言った。ギンジはしばしの間悩んだが、意外にもすんなりと、イオリの言う事に従った。

「さて……じゃあ、撃っていいですよ」

イオリはそう言い、両手を横に広げた。

銃を渡されたセイジはゆっくりと構え、車椅子の青年に照準を合わせる。青年は怖気ることなく、むしろセイジを試すように、彼に向かって微笑んだ。


──くそッ……! こいつ……コイツ……!

セイジは心の中で悪態をつきながら、歯を食いしばって引き金を引く。


銃弾は即時に青年の胸元まで飛来して──。

「…………っ」

彼の身体に触れた瞬間、粉末状になってはじけ飛んだ。


桐生イオリ──青年はその場を一切動くことなく、セイジの発砲を正面から無傷で受け止めた。


「──さて、と」

青年はゆっくりと口を開く。

「近接攻撃もダメ。遠距離攻撃もダメ。このままではあまりにもハンデが大きすぎますね」

ゆらり、と彼の右手が持ち上がる。

「穴埋めと言ってはなんですが、お教えしましょうか。私の文字は『I』。使っている単語は『Invincible』。その単語の意味するところは……」


桐生イオリは、ほほ笑みながら言った。

「──『無敵』、です」

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