第十七章 Three Xanthippic Queens 1/6

「──鴨ちゃん」

「しっ……人が居る」


『F』と『R』の殺害後、僕たちは右隣りの部屋へと続く扉を開けた。鴨ちゃんが先頭に立ち、僕がその後ろをついて行く形だ。


──なんとも情けないな。最初の部屋を出る時は僕が前に立ってたのに。


そんな事を思いながら扉をくぐり、僕は鴨ちゃんの手に遮られて立ち止まる。

「……2人いる」

「分かった」

「1人は中年男性、もう1人は女性。マナブくんはとりあえず隠れてて」

僕は言われた通り、鴨ちゃんのバリアの中で身をひそめた。そして数秒後、中年男性の方がこちらに気付いて声を上げた。

「あ……あぅ……!」

その一言だけで、何かがおかしいという事は簡単に分かる。

まず、反応が遅すぎる。僕たちは扉を開けこちらの部屋に入ってきたが、その時決して小さくない物音が鳴った。こんな静かな部屋ならばまず聞こえたはずだ。それなのに、男性は2、3秒の間を置いてからやっとこちらに顔を向けた。

そしてなにより、彼の話す言葉は要領をまるで得ない。例えるならば赤子のような、うめき声や悶えるような声ばかりを発した。

「う……ア……」

「あ……」

やがて女性の方もこちらを向き、同様にうめき始めた。しかしうめくだけで、彼らは何もしてこない。

「鴨ちゃん……」

僕は流石に気になって、鴨ちゃんの陰から顔を出す。眼前にはだらりと身体を曲げた男性と、壁に身体を預けている女性の姿があった。

「なんだアレ……」

「撃っていいかな」

「え……どうだろ……」

僕が悩んでいる間に鴨ちゃんは発砲した。弾丸は中年男性の額に命中し、その勢いのまま男性の身体は後ろに倒れる。

どん、という鈍い音が部屋に響きわたり、男性はそのまま動かなくなった。

「あぁ……ア……」

そしてうめき声が聞こえたかと思うと、女性が中年男性の身体を踏みつけてこちらに歩いてきていた。壁に手をつき、下り階段の隣で泣き叫ぶように

「が……かい……かい、ダン……!」

と言った。


その直後、銃声が響く。

女性は弾丸で胸を貫かれ、男性の身体の上に覆いかぶさるようにして倒れた。

「…………」

「……マナブくん」

「はい」

「ちょっと……近づいてみよっか」

鴨ちゃんがそう言って、僕の返事も待たずに歩き出す。僕は一抹の不安を心に抱えながら、重なるようにして倒れている男女に向かって足を進めた。

「大丈夫……かな……」

僕は呟く。するとその発言に呼応するようにして、男性の身体が光に包まれ始めた。

「…………っ!」

それはつまり、その男性の死を意味していた。あまりにもあっけない幕引き。あまりにも一方的な決着だった。

僕はしゃがみ込み、2人の身体を間近で見た。男性の身体は既に『溶け』始めていたが、女性の方はまだ形を保っていた。それでも同様に光に包まれていたので、女性の死も確定していた。

「…………」

僕はなんだか拍子抜けしてしまい、2人の身体を触ってみたり持ち上げてみたりした。罰当たりなのは分かっているが、それでも『本当にこれで終わり?』という疑念がぬぐい切れなかったのだ。

そうして女性の腕を持ち上げてみた時、僕はやっと気が付いた。

「あ……」

「ん? どうしたの?」

鴨ちゃんが顔を近づけ、僕に訊いた。僕は女性の腕をさらに持ち上げ、「鴨ちゃん、見て……」と言って彼女に見せつける。

「この人……『文字』が無い……」


そうして確認し合った直後──。

2人の身体は全て、光に飲み込まれて消えていった。


「なんで……」

「…………」

「なんで一般人がいるんだ……? 『文字』を持ってる人しか居ないんじゃなかったの? え、じゃあ今殺したのは……」

「マナブくん」

鴨ちゃんが僕の肩に手を置く。「落ち着いて。一般人だと決まったワケじゃない」

「じゃあなんだって言うんだよ……!?」

「それは……それは分からないよ。で、でも大丈夫。撃ったのは私だし……」

「だから僕は気にしなくて良いって……? そういう問題じゃないでしょ……!?」

僕は思わず大きな声を出してしまう。この静かな部屋の中では、よけいに大きく聞こえただろう。

「あ……えっと……」

僕は自分の声の大きさに驚かされ、そのおかげで瞬時に冷静さを取り戻した。

「ゴメン……鴨ちゃんに言ったってしょうがないよね……」

「…………」

「ごめん、本当にごめん……鴨ちゃんの心配が先決だった。キミだってショックだっただろうに……」

「ん……それは、気にしなくていいけど……」

鴨ちゃんはこちらを向き、まなじりを下げたままほほ笑んだ。そんな彼女の優しさにかこつけてしまった自分の事を、僕は心の底で大いになじった。

「で、えっと……」

「まぁ、考えたって分からないし。次に進もっか」

「……そうだね」

僕は鴨ちゃんの言葉に賛同する。心のどこかにしこりは残っているものの、確かに考えたって答えは出ないだろうし、ホトケには申し訳ないけれど忘れるのが一番だろう。


「──どっち行く? 上? 下?」

見ると、鴨ちゃんが右と左を同時に指さしていた。右には下り階段、左には上り階段がある。

「……上に行こっか」

僕は直感的にそう思い、答えた。先ほどの2人の死体が下り階段のすぐ近くにあったので、無意識のうちに下り階段を避けたのかもしれない。


「セイジさん、いると良いね」

鴨ちゃんはそう呟き、上り階段へと向かった。

僕は何度も下り階段を振り返りながら、彼女に続いて階段に足をかけた。

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