第十七章 Three Xanthippic Queens 3/6
あれから僕と鴨ちゃんは慎重に階段を上り、3階(暫定)へと進入した。部屋はやはり薄暗い石の壁に覆われていて、寒気すら覚えるほど無機質で、何もなかった。
そう、何もなかったのだ。人もいなければ、隣の部屋に続く扉もなかった。あるのは僕たちが今上ってきた階段と、その正面に続くさらなる上り階段だけだ。
「ここの部屋の人は…………上にでも行ったのかな。そもそも全部の部屋に人がいたとは言い切れないけど……」
「まあでも、こうなったら選択肢は1つしかないね」
僕も鴨ちゃんも迷わず、というかそれしか選べないため、正面の上り階段へと進んだ。階ごとに虱潰しにする方針だったので続けざまに上るのは不本意だったが、他に進む道がないのだからしょうがない。
こうして、僕らは4階(暫定)への道を進み始めた。
「──マナブくん」
「……っ」
階段を上り切った鴨ちゃんが動きを止め、僕を手で制した。彼女の腕と肩の間から3人の人影が見える。
鴨ちゃんが銃を構える。4階の住人──中でもひときわ背が高く威圧感のある者──は、仁王立ちでその様子を見送った。
そして鴨ちゃんがさらにもう1歩踏み出した瞬間──
「ようこそッッ──!」
と。
そんな、元気な声が響いた。
*
「──クゥちゃん、『ようこそ』はチョットおかしいヨ」
「なにっ」
「こういう時は『よく来たな』とか『待っていたぞ』とかいうモンだろ」
「そうか……」
「『よく来たな』も『待っていたぞ』も、ちょっと恥ずかしいけどネ」
──女性が3人。横に並んで立っている。
一番左に、金髪で高身長の美麗な顔立ちをした女性。黒い長袖のシャツを着て、その辺の露店で売ってそうな帽子を目深にかぶっている。
「ようこそ来たな、お前ら」
その妙な日本語と訛り、そしてなにより彼女の見た目から、彼女が外国人である事は容易に分かる。
真ん中に立っているのは、僕と同じくらいの身長の黒髪の女性。肌が薄黒く、髪を何本もまとめて束ねているところから、アフリカ系の外人だと僕は予想した。
迷彩柄のタンクトップを着て、ポケットの多いズボンを履いている。その出で立ちはまるで傭兵のような印象を持たせる。
「──もうこれ以上しゃべるな、クァン。お前の日本語はおかしいんだよ」
日本語も堪能だ。日本人の話す日本語となんら変わりはない。
そして一番右に立っている、身長135cmほどの少女。黒髪で、顔のほとんどがマスクで覆われている。唯一見えるのはそのぱっちりとした目だけだ。
彼女はサンダルを履き、だぼだぼのTシャツを着ている。下半身も大きなそのシャツが覆っているが、そこから下の脚は露出したままだ。
「クゥちゃん、アニメの見過ぎだネ。聞いてるこっちが恥ずかしイ」
彼女はささやくような、それでいてよく通る声で言った。その日本語に特に訛りはなかった。
──3対2……。分が悪いけれど、相性次第ではいけるか?
僕は鴨ちゃんから受け取った銃をぎゅっと握り、3人を順番に見た。
──あの金髪……「クゥちゃん」とか呼ばれてた。アイツはなんだか御しやすそうだ。油断は禁物だけれど、不意打ちで発砲すればいけるかもしれない。
──真ん中の黒人女性はちょっと怖い。腹筋が割れてるのが見えるし、きっとどこかで訓練を積んできた人だ。既に構えているし、不意打ちも効かなそうだ。
──で、一番右の子は……。
僕は右に視線を動かす。そこには脚を露わにした、いわゆる「彼シャツ」の少女が立っていた。
──目のやり場に困る……。
僕がそう思っていると、呼応するように少女は胸元と脚の間を自分の手で隠した。
「あんまり見ないでヨ。えっチ」
「じゃあなんでそんな格好してるんだ」
「仕方ない、仕方なイ」
「仕方ない、って……」
僕がそう言って眉をひそめると、左端に立っていた金髪の女性が「コイツは、な」と言って割り込んできた。
「コイツは全裸の時に『テレポート』されたんだよ」
少女は金髪の女性に顔を向ける。
「……クゥちゃん、誤解を生むヨ」
「間違ってないだろー?」
「間違ってるなんて言ってなイ。最初から『シャワー浴びてる時』って言えば良いだけなのニ」
少女がそう言い、シャツの裾を引っ張って股間を隠した。マスクをしているので表情が分かりづらいが、恥じらいはちゃんとあるのだろう。
そうしてもう一度少女の頭を見てみると、確かに少し髪が湿っているようにも見えた。
「──ていうワケで」
今度はタンクトップの黒人女性が、流暢な日本語で話に入ってきた。
「コイツは今、下を履いてない。シャツもクァンのものを着ているだけだ」
そう言って金髪の女性を親指で示す。
「だから……まあ、気遣ってやってくれ。一応年頃の女の子だからな」
「…………」
「だから、あんまりジロジロ見んなって」
そう言われると、どうしても見てしまう。
僕だって年頃の男子だ。ダボダボのシャツ一枚だけを羽織っている女の子が目の前にいるとなれば、多少なりとも意識してしまう。
僕がちらと視線を向けると、少女は肩を跳ねて胸元を隠した。
「ちょっト──」
「あの」
その時、鴨ちゃんが声を上げた。まるでしびれを切らしたかのように。
「話は終わりですか? 始めますよ」
「……何の話だい?」
黒人女性が答える。
鴨ちゃんは何も言わず、銃を構えて黒人女性に対して照準を向けた。
そしてそのまま、1歩を踏み出した。
その瞬間──
カチ、という音が、どこからともなくした。
「──っ!」
鴨ちゃんと僕がその音に気付いた時には既に、床に、1本の矢が転がっていた。
「…………」
右側の壁から飛んできたようだ。鴨ちゃんの『Defence』が無ければ、僕たちが反応するよりも先に当たっていただろう。
「……なんだ。バリアみたいなモンがあるな」
黒人女性が腰に手を当て、こちらを見ていた。
「──嬢ちゃん。アンタ勘違いしてるな。『始めますよ』じゃないんだよ」
そして、彼女は鴨ちゃんに向かって言った。
「アンタらがこの部屋に入ってきた瞬間から、もう始まってんだ」
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