第十六章 Indisputable 4/5

「──ギンジさん」

「ん?」

いつもならもう寝ている時間なのだろうか、ギンジの目は半開きだ。セイジはそんな彼の顔を覗き込みながら、些細な質問を訊いた。

「さっき、苗字は『武田』とおっしゃっていましたよね」

「ああ……そうだな」

「岩橋ではない、という事は、マナブくんの母方の祖父、という認識でよろしいですか」

「おう」

「マナブくんのお母さん……つまり、ギンジさんの娘さんですが、今、行方不明だと聞きました」

これは、この間鴨川に聞いた話だ。

「だからマナブくんが一人暮らしをしていると……」

「……そうだな。もういなくなって10年だ」

ギンジはそう言ってうつむいた。セイジはそこで気になって、もう一つの問いを投げた。

「え、ではマナブくんのお父さんは……」

ギンジの眉がぴくりと上がる。かと思うと、彼は大きなため息をついた。

「あの婿か……。アイツはもう、この世にはおらんよ」

「え……」

「こっちは聞かされてなかったか。まあ、マナブにも教えておらんしな……」

「え、すみません。それは何年前の……?」

「10年だ」

「10年前……」

──それは、つまり。

「ああ。娘が行方不明になったのは、アイツの死が原因だと俺は思っとる。なにせ……」

「なにせ?」

「…………いや、ここから先は……すまん」

ギンジはそう言って、乗り出していた身を再び壁に預けた。セイジは「あ、いえいえ」と手を振る。

「部外者ですからね。むしろここまで言わせてしまって申し訳ないというか……」

「いや、それはいいんだが」

「……まあでも、彼は……マナブくんは、一人暮らしでも頑張っていますから。心配ないです」

「そう……だな」

ギンジは顔を上げると、部屋の隅に目を向けた。

その横顔は、セイジの目にはとても苦々しいものに映った。それはまるで、責任を感じている者の表情だった。



「──鴨ちゃん…………」

「まずはあの子が先」


訊きたいことがあったが、鴨ちゃんは答えることなくレオナの方へと歩いた。僕もきょろきょろと後ろ──フブキの身体があった辺りを振り返りながら歩いた。

少女は、もはや無抵抗だった。目を見開き、涙を流し、口を半開きにしたまま床に座り込んで僕らの事を見ている。

「いや……いやッ……!」

鴨ちゃんが銃を向けると、少女は首を横に振り始めた。

「やだ……やだよ…………」

「…………」

「ねえ……ダメ…………いや……!」

「…………っ」


鴨ちゃんは、黙って引き金を引いた。

爆音が響き渡り、レオナの身体は何度か痙攣した。そして次の瞬間には、恐怖を張り付けた表情と共に、少女の身体は血だまりに倒れていた。


「…………」

「…………」

「…………マナブくん」

「…………はい」

「行こうか。隣の部屋でセイジさんが待ってるかも」

「そう……だね」

鴨ちゃんは身体を90度回転させ、目の前にある扉へと向かった。この部屋に来た時と同様、扉は隣の部屋に続いているのだろう。

反対側の壁には上に続く階段があったが、鴨ちゃんは階ごとに虱潰しにしていく方針なのだろう。上に行くのはこの階の部屋を全て調べてからのようだ。

僕は速足で歩く鴨ちゃんについて行く形で、小走りになりながら部屋の隅まで歩いた。その間、僕たちの間に会話は一切なかった。


「──え、ねぇ、鴨ちゃん」

僕が初めて言葉を発せられたのは、鴨ちゃんが扉に手をかけた時だった。

「えっと……さっき、何が起きたの……?」

「何……あ、男の子が消えたやつ?」

「そ、そうだよ。あんなあっさりと……」

目の前で、男児が光になって消えた。僕でさえショックを受けたのだから、レオナという少女にとっては衝撃的だっただろう。

「ああ、あれ、マナブくん聞こえなかったの?」

鴨ちゃんは右手を僕に見せながら、フブキが居た場所に向かって言った。「私、『Delete』って言ったの」


──『Delete』……。デリート……『消す』、『消滅させる』……?


「え、でも」

「そう。本当なら使えない。だってルールに『「文字」は、自分以外の参加者に使用することは出来ない』って書いてあるもんね」


──そうだ。『Kill』や『Death』を使って楽勝できないように、他の参加者に「直接」文字を使う事は出来ないようになっている。


「……よね?」

「そう。私もそこまで分かっていたのに、なんでもっと早く気付かなかったんだろうね」

「何に?」

「『R』の女の子が、『F』に対して直接『文字』を使っていた事に」

「…………」

「…………」

「…………あっ、ほんとだ」

僕は少し考えてから、声を上げる。レオナはフブキに対して、蘇生という意味の『Revival』を使用していた。それは立派なルール違反行為じゃないのか。

「仲間だからって、文字を使えるとは書かれてないもんね。……じゃあ、ここから導き出される答えは一つだけ」

鴨ちゃんは人差し指を立てた。僕は右手に視線を落としながら、呟くように

「『死体には、文字は使える』……か」

と言った。


「そう」

鴨ちゃんはそう言い、立てた人差し指を下ろす。「死体は、もう参加者として扱われないの。言ってしまえば『物』みたいな扱い。だから『蘇生』も使えるし…………」

「…………」

「『Delete』……削除も、使える」

「キミは……鴨ちゃん、レオナに蘇生される前に、死体そのものを消したんだね……」

「そゆこと。死体が無ければ、蘇生も出来ないしね」

鴨ちゃんはおしとやかに髪を触りながら言う。

「あの子たちはルールの穴を突いた作戦で戦って……私は彼らの作戦を盗んで使った。……そういう事」

「そ、っか……」

僕は言葉に詰まりながら返事した。どうしようもなく、この空気感が居心地悪かった。


今回の戦い、僕はまた何も出来なかった。『文字』を一度たりとも使っていないのがその証拠だ。戦闘も作戦も、すべて鴨ちゃんがこなしてくれた。僕がやったことと言えば、右腕に火傷を負ったくらいだ。彼女の為に、僕は何もしてやれなかった。

銃の精度も含め、鴨ちゃんの成長には驚いた。でもそれ以上に、自分の未成熟さを思い知らされた。今回の戦い、鴨ちゃんがいなかったら確実に負けて──いや、死んでいた。覚悟とか実力とか言う前に、そもそも『生きたい』という気迫が、僕には薄かったのだろう。右腕に重傷を負って初めて、それに気が付くくらいの馬鹿だったのだ、僕は。


「……マナブくん、行くよ」

鴨ちゃんは銃を構えると、再び扉に手をかけた。力を込め、扉がゆっくりと押されていく。


その様子を後ろから見ていた僕は、半ば唐突にとある事を思い出した。

灰原アキト……商店街で『A』と戦った時の事だ。セイジの教え子だった彼は、セイジと話をした後、最終的に自殺をした。彼の身体は地面に倒れ、そして赤い光に包まれてから消えた。僕はてっきり、それはこの殺し合いからの『脱落』だと思っていた。


だが。

今回鴨ちゃんが『F』を『Delete』で消した時、何が起きた……?


──まったく同じ事が、起きた。


『A』も『F』も、真っ赤な光に包まれてからゆっくりと溶けていくようにこの世を去った。2人とも、同じように『退場』していった。


──いや、退場『させられた』のか……?


僕は脇腹が痛くなるような感覚を覚えながら、扉を通った。まだ何も分からず、僕はただただ生きるために戦っているだけなのかもしれない。

いつか、これを生き延びる事が出来たら、知りたいことを知れるだろうか……?


僕はそんな事を考えながら、隣の部屋へと移動した。

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