第十五章 Fire Retinue 4/5

弾丸は一瞬でフブキのところまで到達し、一切警戒していなかった彼の右肩を撃ち抜いた。

「いッ……てぇ!」

フブキは右膝を地面につき、左手で肩を抑えた。直後、彼のこらえるような叫び声が部屋に響き渡る。


「命中」

鴨ちゃんは再び引き金を引く。薬莢が飛び出し、地面に当たって音を立てた。

「凄いね」

「練習してきたから」

鴨ちゃんが答えた。「人通りの少ない路地で」

「……練習?」

「今までほとんど弾当たんなくて、責任感じてたから」

「そっか」

僕はそう言い、鴨ちゃんの方を見た。その銃を構える姿勢からも、彼女が今までとはまるで違う事が分かる。僕が自室で腐っていた間、鴨ちゃんはずっと銃の練習をしていたのだろうか。

「あの、鴨ちゃ──」


「──『Fire』!」


ふと、正面からそんな大声が聞こえた。僕はハッとしてそちらに目を向ける。

それはフブキの声だった。彼が右手から発射した火の玉は、気付いた時にはもう既に僕の真正面まで到達していた。


──やば

避けられない、と気付き、身体が硬直した。もうちょっと早く行動していればただの火傷で済んだかもしれないのに、この一瞬の遅れが命取りになった。そう思い、恐怖した。

大怪我を覚悟したその瞬間、火の玉は目の前で弾け、空気中に溶けていくように消えた。


「あ……」

「ねえ、マナブくん」

僕の目の前に、水色のバリアが展開されている。

「マナブくん、鈍った? もう戦い始まってるよ?」

「あ、えっと……ゴメン……」

「マナブくんはさ、あんな子供に負けるような人じゃないでしょ」

「……そうだね」

「じゃ、ちゃちゃっと片付けちゃおう。それでセイジさんと合流、ね」

僕は頷いた。今度は鴨ちゃんの方は向かず、視線は目の前の敵に釘付けにしている。


「はァ……はァ……」

フブキ──『F』は右肩の傷が痛むのか、激しく呼吸をしながらこちらを睨んでいる。

「なんだよソレ! ズルいぞ!」

僕らを見ながら、『F』は水色のバリアを指さす。しかし僕も鴨ちゃんも何も答えず、ただ機を待った。

『F』は歯を食いしばりながら、もう一度『Fire!』と言って火の玉を飛ばした。しかしその攻撃は僕らには届かず、虚しく霧散していった。

「くっそ……ああ、痛ぇ……」

「大丈夫、フブキ……?」

「お前は下がってろよ……俺が戦うから……」

フブキはレオナを手で制し、あくまで彼女の一歩前に立った。その姿はただの友達、とはとても思えなかった。なにか特別な感情でもあるのだろうか。


「『Fi──!」

フブキが再三、右手を構える。しかしその雄叫びにも思える叫びは、3発の銃声にかき消された。

「がッ……!」

鴨ちゃんの撃った弾は1発がフブキの右脚に、もう1発が彼の足元の地面に、そしてもう1発が彼の鎖骨に直撃した。

目の前の男子が、足元に血を撒き散らしながら泣き叫んでいる。そんな光景が目の前にありながら、僕の心はあまり痛みを感じなかった。本来ならば見ているだけで苦しいような、そんな出来事でも、僕はせいぜい『かわいそうだな』と思うだけだった。


「……マナブくん、これ」

「ん?」

ふと左を見ると、鴨ちゃんが2個目の銃を生成していた。僕にそれを手渡すと、「弾切れたら言ってね」と真顔で言う。

僕は銃を受け取り、手に視線を落とす。この銃の重さも、初めて持った時よりもずいぶんと軽く感じた。


「──ぐ……ァ……!」

フブキは膝をつき、もはや土下座のような形で僕らを見上げていた。鎖骨に当たった銃弾が悪さをしているのだろう、彼は言葉にならない声を上げている。

「あ……『フ』……!」

僕らは倒れているその男子に向かって1歩進んだ。フブキはそれに応戦するように右手を伸ばす。

「『Flour』……!」

彼がありったけの声量でそう言うと、直後、バリアの外が真っ白になる。僕はバリアから出ないように気を付けながら、鴨ちゃんにくっつき、ゆっくりと歩を進めた。


──「Flour」……小麦粉、という意味の言葉だ。きっと僕らの周りの空気中に撒き散らしたのだろう。

となると、フブキの次の行動は簡単に予測できた。


「鴨ちゃん、衝撃に備えて」

「分かった」

僕はしゃがみ込むようにして構える。


「──『Fire』!」

直後、フブキの大声が聞こえたかと思うと目の前が真っ赤になった。すぐに爆音が部屋に響き渡り、大量に撒き散らされていた小麦粉が次々と発火して消えた。

粉塵爆発。小さな粒子が空気中に滞留している時、発火や静電気で大爆発が起こる現象。言い換えるなら、小麦粉がバラまかれている時、空気に着火すると爆発する。なぜ中学生がこんな事を知っているのか、と思ったが、おおかたアニメか漫画で知ったのだろう。

それにしても物凄い爆発だ。バリアが無かったら間違いなく火傷では済まなかっただろう。しかし鴨ちゃんの周りに居るだけで、そのダメージはゼロに等しくなる。


「──ふぅ」

爆発は一瞬だった。小麦粉が連鎖的に燃え、瞬間的に空気に還った。この石の部屋が特殊なのか、それともそもそもそう言うモノなのかは分からないが、砂煙一つ立っていなかった。

あとに残されたモノと言えば、無傷でフブキの前に立っている僕たちと、右手が焼け焦げて地面に伏している『F』の姿、そして7メートルほど離れた位置で失禁している少女の姿だった。


「かわいそ……」

ふと思わず、そんな声が漏れた。『F』との距離はもう2メートル。もしかしたら彼にも聞こえてしまったかもしれない。

「ほんとに、そう思う?」

顔を上げると、鴨ちゃんが僕の顔を覗き込んでいた。「ね、マナブくん」

「え……」

僕は思わず立ち止まる。鴨ちゃんは銃を両手で握り、フブキに向けて構えた。

「今まで戦ってきた人たちの中に、情けをかけてくれた人なんて居た?」

「え……と」

「いなかったよね。皆マナブくんよりも年上だったのに、全力でマナブくんを殺しに来たよね」

「まあ……そうだけど……」

「この子も、一緒でしょ? さっきからマナブくんを焼き殺そうとしてる。なんの躊躇いもなく」

「それは……分かんないだろ」

僕は顔を上げ、フブキから離れた位置にいる少女を見た。「『死にたくない』とか、『守りたい』とか……そうやって仕方なく戦ってるのかもしれないだろ。だって実際、僕がそうなんだから」

僕がこの殺し合いを戦っている理由は、ただ単に死にたくないからだ。優勝賞品である『25個の文字』が欲しいワケでも、譲れない意地があって戦っているワケでもない。

「だから……その……」

「だから? 見逃す?」

「見逃……さ、ないけど……」

「ほら、マナブくんも分かってるじゃん」

「いやでも、そういう問題じゃなくて」

「ねえ、マナブくん」

鴨ちゃんは銃を『F』の頭にぴったりと合わせ、僕とは顔も合わせずに言う。

「仕方なく戦う、なんて、よくある事じゃない。……マナブくん、今一人暮らしでしょ?」

「え、ああ、うん」

「それ、お母さんが居ないから、だったよね。行方不明になっちゃったから、『仕方なく』1人で暮らしてるんだよね」

「まあ……そうだけど……」

「『仕方なく』何かをする、なんて、ありふれてる。部下がミスしたから仕方なく残業する、とか、近くのスーパーが閉まってたから仕方なくコンビニ弁当で済ませる、とか、雨が降ってるから仕方なく傘をさして歩く、とか」

「…………」

「そういう些細な『妥協』とか『我慢』……つまり『仕方なさ』なんて、皆経験してる。皆、自分の人生の主人公にはなれても、世界の主人公にはなれない」

「えっと……?」

「自分の思い通りに世界は動いてはくれないって事。雨が降れば傘をささなきゃいけないのはこっちだし、店が閉まっててしわ寄せが来るのもこっち。マナブくんを守りたい人も居るし、マナブくんを殺したい人も居る。それは『文字』があっても無くても同じ」

「それとこれとは──!」

「同じだよ。殺し合いも人間社会も、同じ。私たちは今、野生に放り投げられて必死に生きようとしてる動物なの。皆、『仕方なく』『命の為に』戦ってる。だからこの殺し合いでたとえ私が死んでも、私は誰も恨まない。誰も、恨んじゃいけないの」

「…………」

「マナブくんは正義じゃないし、マナブくんの敵は悪じゃない。皆、状況は同じだから」


──おかしいのは、僕なのか……? 皆『仕方なく』戦ってる。それを理解していながら、自分だけが被害者みたいな意識を持っていた。本当は、これは被害者同士の戦いだというのに。


「──マナブくん、ちゃんと見てて。目は閉じちゃダメ」

鴨ちゃんは、銃の引き金に指をかけた。

「『生きる』って、こういう事だから」


銃声、そして繰り返される金属音。

4発の弾丸はフブキの頭と肩に2発ずつ直撃し、血の飛沫を小さく飛び散らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る