第十三章 Perilous 5/9

吐瀉物と涙、吉田先生の血と脳髄。教室の床も机も、そして僕たち生徒も不快な液体に包まれてベチャベチャになっていた。


「邪魔するとこうなる。今すぐ静かにしないと、お前らもこうだ」

侵入者はこの教室でただ一人、落ち着いた様子で僕らに話しかける。ただ、そんな言葉だけで生徒たちは静かにならず、侵入者が何度も「黙れ」を繰り返してようやく、彼の話が聞こえる程度には静かになった。

時間は12時51分。彼が教室に侵入してから、たったの3分しか経っていなかった。

「──で、えっと……あァ、そうだ。さっき中断されたけど……」

侵入者は右手をポケットから出し、その手に握られたパチンコ玉を僕らに見せつけた。その白い手袋の下に、何らかの『文字』が書かれているのは明白だった。

「俺が用があるのは、俺の正体を知ってる人。俺がなんでここに居るのか……それが分かる人だ」

侵入者はそう言って、右手の甲を見せつけるように指さした。大半の生徒はそれが何を意味するのか分からず、涙で顔を濡らしながらぽかんとしていた。


──こいつの目的は僕……もしくは鴨ちゃんか。

未だに速さを増す鼓動を何とか押さえながら、僕は思考を巡らす。


──どこかで知られたんだ。この学校に『文字』を持ってる人間が居る事を……!

僕は周囲を見回し、鴨ちゃんを探した。彼女は僕から少し離れた位置──教室の真ん中に居た。


「よォしお前ら、順番に右手の甲を俺に見せろ」

ふと、侵入者が言った。

「一番前のお前から。意味わかんねェだろうけど、従わなかったら殺すから」

侵入者はそう言い、教室の前の方にいた生徒を右手で指さした。その生徒は何が何だか分からないといった表情で、とりあえず右手を上げて手の甲を見せた。

「……無いな。次」

次の生徒も泣きながら、とりあえず侵入者の言う事に従った。侵入者は「無い。次」と言って、隣の生徒を指さした。


──ヤバい。

──ヤバいヤバいヤバいヤバい。

──どうする? どうすれば良い? 名乗り出るか? 分からない。どうすれば良いんだ?

僕はどんどん近づいてくる侵入者を見ながら、胃袋を掴まれているような腹痛を感じた。鼓動は早く、汗が顔を伝う。こんな状況で正しい判断なんて出来るわけがなく、僕の思考は完全に停止していた。


「次、お前」

「あっ……」

その時、聞き覚えのある声が聞こえた。ヨシアキが息を呑んだ声だった。もう既に、侵入者は生徒の3分の1程度を調べ終えていた。

「あ、じゃねェよ。早くしろ」

恐る恐るヨシアキが右手を見せた。侵入者は一目それを見ると、「無い。次」と言った。そうして指さしたのはダイキだった。

ダイキも右手を見せる。侵入者が「無い。次」と言うと、ホッとしたように彼は右手を下ろした。


──そりゃそうだよな……。『文字』の事を知らなきゃ、こいつの行動は意味分かんないし。そういう意味じゃ、メチャクチャ不気味だよな……。


「はい、次」

侵入者は言った。


「次。お前だよ」

僕はロッカーと他の生徒の陰から顔を出し、様子を見た。侵入者は

「髪の短ェ女、お前だ。難聴か?」

と言って壁をドンドンと叩いた。


彼が指さしていたのは、鴨ちゃんだった。

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