第十二章 Men 3/3

その日の20時ごろ。

僕は二人と一緒に夕飯を食べ、湘南新宿ラインに乗って大船駅まで帰ってきた。

駅から出た僕を迎えたのは荘厳にそびえ立つ大船観音であり、比較的静かな夜景であり、普段通りの生活をしている人々の姿であった。


『A』が死んで、残りの人数は18になった。この殺し合いが始まってからおよそ3週間──20日で8人の人間が死んだ。死んで、光の粒となって消えていった。

僕は自分が『A』と同じように光に飲まれ、飛散していく姿を想像した。あまり気持ちの良い想像ではなかった。


家に帰り、僕はとりあえずシャワーを浴びる。右手に刻まれた『M』の文字は、言ってしまえば手の甲に現れた手相のようなものだ。いくら擦っても洗っても消えない。

僕はため息をつき、シャワーを頭に浴びたままぼーっとした。水が頭に当たる音だけを聞きながら、思考を停止した。最近はこういう時間が増えた気がする。

風呂から上がると、リビングから何か音がしていた。僕は一瞬びくりとしたが、すぐに携帯電話が振動している音だと気付き、ほぼ全裸で携帯を取りに行った。画面には『鴨川』と表示されていた。

「──もしもし」

「あ、マナブくん? ごめんね急に、忙しかった?」

「ううん。全裸でお取込み中」

「え?」

「…………」

「…………」

「あ、え」

「ちょ」

「いや、違うよ? 風呂上り、風呂上り」

「あ、あ。そっか。そうだよね」

「はい、うん、はい。……えっと、それで? 何の用?」

僕は電話をスピーカーモードにし、服を着た。そのまま寝室に行ってベッドのふちに座る。

「あ……えっと……」

鴨ちゃんはどこか逡巡しながら、やがて「声……聴きたくて」と言った。電話越しでも、なんとなく彼女が髪をかき上げる仕草が想像できた。

「いい、かな?」

「ん、ああ、うん」

僕は手をわちゃわちゃさせながら答えた。ベッドから立ったり座ったりを意味も無く繰り返す。


「マナブくん……私、役に立ててる……?」

電話が、哭くような音を立てた。

「マナブくんを……守れてる?」

「えっと……」

質問の意味が、よく分からなかった。僕はおどおどしながら電話に向かって言う。

「鴨ちゃんがいなかったら、僕、何回も死んでるよ。いや、ほんと頼りになるし……むしろ僕の方が役に立ててないんじゃないか、って思っちゃうくらいで……」

「マナブくんは役に立ててるじゃない。私もセイジさんもロクに英語しゃべれなくて、それでもここまでやってこれたのはマナブくんのおかげだよ。私、『D』から始まる英単語なんて全然知らないし……」

「……そっか。それは……嬉しい言葉だね」

「それに引き換え私は……」

「ね、鴨ちゃん。なにも敵を倒す事だけが重要じゃないと思うんだ」

「え?」

「仲間を守る人も、仲間の士気を挙げる人も、冷静に物事を考えられる人も、同じくらい重要なんだよ」


──我ながら、キャラにないセリフを言っているな。

そんな自覚はあったが、これは鴨ちゃんを勇気づけるためだ。恥ずかしがってはいけない。


「鴨ちゃんはたまに、すごく冷静になる時があるよね。そんな鴨ちゃんはちょっと怖いけど……でも、すごく頼りになるんだ。だから、自分の事を役立たずなんて言わないでよ」

「……役立たず、とは言ってないけど」

「あ」

「でも、ありがとう。いつも……私だけ置いてけぼりになってる感じがしたんだ。3人で1つのチームのはずなのに、セイジさんとマナブくんだけが凄く強くて、私は……あんまり……」

「鴨ちゃん」

僕は携帯電話を耳に当て、この向こう側にいる彼女の事を考えながら言った。

「僕には、鴨ちゃんが必要だ。だから、これからも一緒に戦ってほしい」

「…………」

「鴨ちゃん?」

「え、あっ、うん……! 分かった、これからも一緒!」

想像の中で、彼女の眩しい笑顔が咲いた。それにマッチするように、受話器の向こうから彼女の笑い声が聞こえた。



「マナブくんはMなんだよね?」

「……『文字』の話だよね?」

「うん」

「まあ、そうだけど」


深刻な話も終わり、しばしの雑談。


「この前英和辞典で『M』のところ開いてみたんだけどさ、すごく単語少ないね」

「まあ……」

「『D』はその2倍くらいあって……で、『S』は3倍くらい」

「うん……いやでも、単語の数で強さが決まるワケじゃないし。結局はその使い方だよ」

「そうだよね」

鴨ちゃんはそう言って上品に笑う。

「でもそう考えると、マナブくんが一緒で本当に良かった。私もセイジさんも英語ダメダメだし」

「はは……」

「『D』と『S』を持ってても、マナブくん無しじゃとっくに死んでたよ」

「それは僕も同じ。鴨ちゃんがいなかったら何度も死んでる」

「えへへ。それはドーモ……」

鴨ちゃんはそう言って笑う。

僕もつられて、吹き出す様に笑った。



「──じゃ、私お風呂入ってこようかな。バイバイ」

鴨ちゃんはそう言って電話を切った。


僕は先ほどの電話の内容をなんとなく思い返しながら、「変な事言ってないよな」とか「キモかったかな」とか「キザすぎたか?」とか思いながら、ベッドに横になった。


それから僕は、沈むように眠りについた。

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