第十一話 Apotheosis 2/6

「灰原さんッ!」


──今だ。

僕はアキトに確実に聞こえるように、腹の底から大声を出した。アキトは、というかその場にいた全員が動きを止めた。

一瞬、静寂が商店街に広がり、アキトが「……なんだ」と言う声が聞こえた。

「キミ……学生? 誰? っていうか、何……?」

「灰原さん……えっと、すみません、岩橋マナブと言います。その……あ、朝霧先生の生徒です」

僕はセイジを指さし、適当な事を口走った。さっきはとりあえず大声を出したので、何も言う事を決めていなかったのだ。

アキトは右手を構えたまま、真顔のまま「嘘だね」と言った。

「え」

「知らなかったかい? その人はもう教員を辞めてるんだ」

アキトは構えた右手の人差し指を立て、セイジに向けた。そして、それを僕の方へと動かした。

「それに、僕はさっきキミが刀を具現化するところを目撃した。大方、朝霧先生の仲間ってとこだろ?」


──げ。バレてたか。


「──で? 結局何の用なの? 時間稼ぎ?」

「え、あ、いえ。そういうワケでは……」

「じゃあ何」

「その、右手……」

僕は、アキトが前に突き出している右手を指さした。

「灰原さん、今から単語を使おうとしてますよね?」

「…………答える必要はない」

「大丈夫です、灰原さんは答えなくって。答えるのは僕ですから」

「…………?」

アキトの眉が寄った。僕はそんな彼に向かって「『Agony』、ですよね?」と言った。


寄っていたアキトの眉が、見開かれた目によって上がるのが見えた。

どうやら、図星のようだ。



『──アイツ、あの時『文字』を使ったんだ。右手が光っていた』

さっき、セイジが言っていた。


『──えっと、何だったかな。ア、ア、アオ……ニィーみたいな単語』

セイジが、教えてくれた。


なんとなく察しはついていた。でも、その考察が確信に変わったのは今さっきだ。灰原アキトという男を直接この目で見て、初めてこの仮説に自信を持てた。

それはつまり──

「──灰原さん。あなた、本当にこんな事したいんですか?」

「っ……!」

アキトの表情が、一瞬曇った。僕は続けて彼に訴える。

「『Agony』は『感情の爆発』という意味です……! それは灰原さん、あなたが一番よく知っているでしょう……!? だって……だってあなたは、いつもその単語を使っていたから!」

「おまッ……! だ、黙れよ……!」

アキトは見るからに言葉に詰まっていた。

「あなたは復讐者だ! でも、復讐を実行に移す勇気がなかった! だから『Agony』を自分に使って、『恨み』という感情を爆発させた! 違いますか!?」


──『感情』という大きな力が、時に合理性すら無視することは歴史が証明している。アキトは自分に『Agony』を使うことで一時的に『感情に酔った』ような状態になり、恨みや復讐心に身を任せて殺しをしていたのだろう。


『灰原アキトは、弱者だった』。

セイジの語りが、今脳裏によぎる。10年以上の歳月が経とうと、彼にどんな事が起ころうと、灰原アキトは弱者のままだった。

だから、彼は合理を捨てた。


「──灰原さん! あなた、本当に殺人をしたいんですか!?」

僕は叫ぶ。灰原アキトと話すのはこれが初めてだったが、僕はどうしようもないくらい感情的になっていた。きっと、朝霧セイジという男を通じて、彼にシンパシーのようなものを抱いていたのだろう。


僕は思わず前傾になっていた身体を起こし、前を見た。

灰原アキトは、既にその右手を下ろしていた。

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