第十話 Safe n' Sound 7/8
「ん……」
目が、自動ドアみたいにゆっくりと開く。光がじんわりと入ってきて、目の前には固いコンクリートがのさばっていた。
「あ、えと……」
「無事か、マナブ? 気分はどうだ?」
「あ、セイジさん。……大丈夫ですよ。ちょっと頭が痛みますけど……」
「あー……それはたぶん『V』が踏んでたからだろうな。っていうか、俺が訊いてんのは毒の方だ」
「毒? あ、そういえば……」
僕はきょろきょろと周りを見る。目の前にセイジさん、隣に体操座りをしている鴨ちゃん。『V』の姿は見当たらなかった。
「『V』は?」
「消えた」
「消えた? 倒したんですか?」
「ああ。だから、身体の中の毒は消えたはずだ」
「なによりですね」
僕はそう言いながら、セイジの口ぶりから僕の思い描いていた作戦が現実になった事を確信した。たとえ僕が意識を失っていても、セイジは僕の希望を繋いでくれたようだ。
「セイジさんは一足先に、ですね」
「ああ。あ……ん? あれ、ちょっと待てマナブ。お前何か知ってるのか?」
「え?」
ふとセイジの顔を見ると、彼はなんとも間抜けな顔をしていた。まるで、自分のした行動を理解していないように。
「え、『何か知ってるのか』、って……? セイジさん、あれ?」
「ん? ちょっと待って分かんない。え、俺が毒から復活したのと関係ある?」
「ええ、おおアリです。…………でも?」
僕はそう言って、セイジを指さす。
「セイジさんは……?」
「うん、何も知らない」
「え、マジ?」
僕は心底驚く。まさか「まぐれ」で、こんな奇跡が起きたのか? 僕はてっきり僕のメッセージにセイジが気付いて、実行に移したとばかり思っていた。
「えーっと、すみません。整理させてください」
「おう」
「セイジさん、毒で倒れてる時、何か呟きました?」
「んー、あ、そうだな。たしか……今まで使った単語を思い出す時に」
「どういう順番で?」
「使った順だったはず。Search、Scythe、で、Sound」
僕は、自分の鼓動が速くなるのを感じた。
「で、呟いた後は何をしました?」
「なんにも出来なくて泣いてたよ。お前が目の前に居るのに、手すら伸ばせねぇ、ってな」
「あ、いや。行動じゃないです。思考の話です」
「思考ぅ?」
セイジはそこであごに手を当て、思い出すしぐさをした。
「『11年前と何も変わってねぇ』って嘆いて……アキトとユキの事を、お前らに重ね合わせて考えた。で、その後に『救世主になりたい』だのなんだのって……」
「で、その後は?」
「あとは妄想だ。俺が今すぐ立ち上がって、お前ら二人を救うっていう妄想」
「…………」
僕は頭を押さえた。まさか、本当にまぐれだったとは。いや、まぐれなんてモノではない。奇跡すら超えている。
「──んで、結局何だったのよアレは。お前が何かしたのか?」
「……まあ、そう……ですね。えっと、じゃあ大事な事からお伝えしましょうか」
僕はそう言い、両手を組んで手のひらを合わせた。
「『Sound』という単語には、2つの意味があるんです」
「2つ……」
「はい。一つはご存じの通り『音』という意味ですが……あまり知られていないもう一つの意味に、『健康』というものもあるんです」
「健康、か。初めて知った」
セイジは感嘆の息をついた。
僕はそこで天を指さし、「じゃあ、ここで基礎を振り返りましょう」と言った。
「『文字』を使って何かを具現化する際、踏むべき2つのステップがありますよね?」
「えっと、具現化したい単語を口に出す事……そして──」
「『具現化』するモノを、想像する事」
「え、っと?」
「分かりませんか、セイジさん? アナタはさっき『今すぐ立ち上がって、僕たちを救う妄想』をした、と言ったんです」
「…………あ」
「そうなんです。セイジさんは『単語を口に出す』、そして『それを思い浮かべる』という2つの段階を、知らず知らずのうちにやっていたんです」
「えと、つまりアレか。俺が『Sound』って呟いて、その後『健康になった自分』を想像した……。だから、実際に健康になった、と……」
「そういう事です」
セイジは、さすがに驚きの表情を隠せないようだった。もちろん、説明している僕も同じ気持ちだった。
「俺、無意識のうちに……?」
「だから凄いんですよ。僕はてっきりメッセージに気付いたものかと……」
「メッセージ? あ、あの『思い出して』って言ってたヤツ?」
僕はこくりと頷く。
「いや、あれ全然分かんなかったぞ。3秒くらいで考えんの諦めたし」
「えぇー……」
──僕があそこで『思い出して』と言ったのは、僕がセイジの単語が残り1個であることを指摘し、『それ、僕が指示するまで温存しておいて貰えますか?』と言った時の事を指してだった。
『V』という文字を見た瞬間から、頭の片隅で『ウイルス』の可能性を危惧していた。そしてそれをカウンターするために、『Sound』という単語も思いついていた。
鴨ちゃんの『D』を使って『Detox(解毒)』という単語を使うのもアリかな、と考えたが、以下の三つの理由から却下した。
・そもそも「解毒」という概念でウイルスを消せるかが怪しかった。ならば「健康」という単語を使った方が確実だった。
・鴨ちゃんがもしもの時に解毒し、敵を不意打ちしたとして、彼女にとどめを刺せるかが怪しかった。その点、近距離戦闘なら負けなしのセイジに任せれば安心できた。
・そしてなにより、『Sound』という単語に2つの意味があるのが大きかった。敵が、もう「S」から始まる単語は使えないだろう、と勘違いをした時にもう1つの意味を使って不意打ちをする。いわば1つの単語で2つの効力を発揮できるのが魅力的だった。
そこで『Sound』を採用した、というワケだ。
そして15分ほど前、『V』が商店街の出口で引き返した瞬間、僕は『ウイルス』の存在を確信した。なのであそこでセイジに『三つ目の単語は「Sound」でお願いします』と言った。
ちなみに、鴨ちゃんに『バリアを展開して』と言ったのもウイルス対策だった。ただ、こちらはあまり上手くいかなかったらしい。理由としては、既に多量のウイルスを吸い込んでいたからだろう。どうやらバリアの展開が遅かったようだ。
ただ、新しく作られたウイルスを防ぐ事は出来ていたらしい。『V』が『思ってたよりも効き目が遅かった』と言ったのは、これが理由だろう。
『思い出して』で伝えたかったのは、要は『Sound』という単語が重要である、『Sound』を使えば窮地を脱することができる、というメッセージだった。
……という話をセイジにしたところ、
「分かるかそんなモン」
と怒鳴られた。
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