第十話 Safe n' Sound 2/8
始めに動いたのは『V』だった。
彼は「『Vehicle』っ……!」と叫び、足元にスケートボードのような物を出現させた。ただ一つ、よくあるスケートボードと違うのは、その板が『V』を乗せて宙に浮かんでいる点だった。
「なんだありゃ……!?」
「Vehicle……つまり『乗り物』です。……どうやら、この世に存在しない乗り物でも生み出せるみたいですね」
「想像次第、って事か……」
その奇妙な『乗り物』を最も正確に表現するとしたら、『一人乗りUFO』と言ったところか。『V』は器用にその乗り物を乗りこなし、あっという間に5メートルほど高く飛び上がった。旋回して商店街の奥へと逃げる『V』を、僕らは慌てて追いかける。
「なるほどッ……!」
僕はそれを見て、思わずつぶやいた。
──セイジさんは鎌、僕は鉈。二人とも近接で戦う武器を持っている。ならばできるだけ遠くに離れて、『Venom』の毒で僕らが倒れるのを待つ、という作戦だろう。要は時間稼ぎだ。
「時間を稼がれるのはマズいです、セイジさん……!」
「ンな事は分かってるが!」
僕らは何も出来ず、ただただ商店街を飛び回る『V』を追いかけるだけだった。
──唯一遠距離武器を持っているのは鴨ちゃんだけど……まあ、流石に彼女に人は撃てないだろうし……。
というか、『V』もそう考えて悠々と空を飛んでいるのだろう。一か月前まで普通の高校生だった娘に人は殺せないだろう、と。
僕は歯を食いしばる。ただでさえ毒が今も身体を回り、走っているだけでも辛いというのに、『V』はまるで僕らを嘲笑うように商店街を飛び回っている。僕らは追いかけるだけで精一杯だった。
その時、ドっ、という轟音が商店街に響き渡った。
「えッ……!?」
一歩遅れて僕は振り返る。後ろには、銃を構えている鴨ちゃんがいた。彼女は拳銃を傾け、器用に薬莢をその場に捨てる。
「あ。これ、弾切れしたらどうすれば……」
手に持った銃を眺めながら、彼女はそう呟く。
「えっと、鴨ちゃん……?」
「作り直せばいっか」
「鴨ちゃん? キミ、今、撃った?」
「ん? うん」
「へぇー」
──マジか、この子。
「あ、マナブくん……!」
ふと、鴨ちゃんが前方を指さした。思わず見ると、『V』がふらふらと、商店街の建物にぶつかりそうになりながら飛んでいるのが見えた。
「……何やってるんだ……?」
「あ、私の弾が当たったからだと思う」
「当たったんだ。そっか。やるじゃん」
「えへへ」
──たくましいなぁ、この子。
どうやら、鴨ちゃんを侮っていたようだ。彼女、下手したら男の僕よりも勇気がある。
そもそもこんな殺し合いに巻き込まれて、すぐに行動できるのが凄い。いくつも死線をくぐり抜けて、それでも僕らと行動を共にしているのも、ちょっと異常だ。僕ですらたまに「もういやだ」って思う時があるのに。
「血、出てるようには見えないが」
ふと、セイジが走りながら言った。
「あ、当たったのはたぶん、乗り物です」
「そうか。なら……」
セイジがそう言ったのと同時、『V』は空中で再び乗り物を具現化し、そちらに飛び乗った。
「……本体を狙わねぇと意味ねえな。よし鴨川、下半身を狙え。上半身に当たると死ぬ可能性がある」
「え、でも……」
「でもじゃない。いいな、脚を狙え。股間でもいいが」
そう言うと、セイジはまた前を向き『V』を追い続けた。鴨ちゃんは銃を両手で持ち直し、銃身の部分をガチャガチャと動かす。
「……あれ」
「鴨ちゃん、ダーディック銃はダブルアクションだよ。引き金を引けば装填される」
「ん? えっと……あ、ほんとだ」
「よし」
装填が終わったかと思うと、鴨ちゃんは即座に銃を構えて発砲した。1発撃つごとに引き金を更に引き、3発続けざまに撃ち込む。
しかし、『V』には1発も当たらなかった。
「──あッぶねぇなァ! ってか何、その子!? ためらいとかないワケ!?」
『V』がぎゃあぎゃあと叫ぶ。その疑問はごもっともだが僕は無視し、優雅に飛び回っている謎の乗り物を追って走り続けた。
鴨ちゃんがさらに1発、発砲した。流石に速すぎるので弾頭は目で追えないが、どうやら『V』にも乗り物にも当たらなかったようだ。
ふと前を見ると、商店街の終わりが見えてきた。『V』からは残り10メートルほど、僕たちからは残り15メートルほどだろうか。薄暗い店の並ぶ道の奥に、明るい住宅街が見えた。
鴨ちゃんがもう1発発砲した。
銃弾はまたしても外れ、『V』は止まる様子を見せない。
「くッ……!」
──商店街の外に出られたらマズい……!
僕がそう思った、直後の事だった。
ふと、『V』がその場で方向を転換し、僕らが今走ってきた道を引き返し始めた。まるでこちらに立ち向かって来るかのように空を飛び、ちょうど僕らの頭上を通り過ぎようとした。
鴨ちゃんが頭上に向けて3発、発砲した。
「あッ、ぶねェ! なんだよ、弾残ってたのかよ!」
『V』がジグザグを描くように空を飛びながらわめいた。その大声は、閉鎖的な空間である商店街全体に響き渡る。
それを受けて僕らも身体を反転させ、さっきまでの道を再び走った。前を見ると、『V』がこちらに顔を向けながら後ろ向きで飛行していた。
「──確かに6発撃ったよなあ! 俺ちゃんと数えてたぞ! 1+3+2で、6だったはずだ!」
「……何を言ってやがる」
セイジが走りながら眉をひそめた。僕もいまいち要領を得られなかったが、その直後の「なんだまだ撃てんだよ!」という発言でピンときた。
どうやら、『V』は鴨ちゃんの拳銃が弾切れである、と勘違いをして引き返してきたのだ。弾切れになっている間に、僕らから遠ざかって安全圏まで逃げよう、という目論見だったのだろう。
幸いなことに、ダーディック銃は15発装填である。弾切れには程遠い。ハンドガンは6発撃ったら弾切れ、というイメージが強いので『V』が勘違いをしたのも無理はないが。
「…………」
ただ、問題はそこではなかった。僕の思考に、一つの疑問が張り付いていた。
──なんで、『V』は引き返したんだ?
商店街の出口はすぐそこだった。商店街を出れば、あとはもうどこにでも逃げられる。住宅街で空飛ぶ相手を追いかけるなんて、到底無理な話だ。商店街を出てメリットが生まれるのは、どう考えても『V』の方のはずだ。
なのに、彼は引き返した。振り返って、再び商店街の中で逃げる事を選んだ。閉鎖的で、空を飛ぶことによるメリットがあまり生まれないこの場所を。
──何故だ?
今まで逃げているだけだと思っていたが、さては何かを企んでいるのだろうか。
──閉鎖的空間……逃げに特化した乗り物……。そして『V』から始まる単語……。
僕は、思考を巡らせた。
「──あの、セイジさん」
僕は『V』を視界に入れたまま、とりあえず走り続けた。その途中で、セイジに囁くようにして作戦を伝える。
「セイジさん、三つ目の単語は『Sound』でお願いします」
「サウンド……『音』か?」
「……そうです。タイミングはこちらで。セイジさんは合わせて下さい」
セイジはこくりと頷いた。
「鴨ちゃん。その銃、貸してくれる?」
僕は今度は鴨ちゃんの方を見て、右手を伸ばした。既にさっきまで持っていた「鉈」を解除し、手は空の状態だ。
「一発だけで良いから」
「う、ううん。良いよ、全部撃っちゃって。あ、っていうか、こっちの方が良いよね」
鴨ちゃんはそう言い、「Dardick」と呟いてもう一丁拳銃を作った。そしてその新品のダーディック銃を僕に手渡した。
「ありがとう」
僕はそう言い、片手で銃を受け取る。
──お、っと……。
思った以上にずっしりと重い。僕はそれを両手に持ち替え、その重みで、この銃がオモチャではない事を実感する。引き金を引けば、人を殺せる代物だ。
「鴨ちゃん、もう一つお願い。バリア出しといて」
「バリア?」
「うん。この前の……『E』と戦った時に使ったヤツ。一応、ね」
「分かった」
鴨ちゃんはすぐに「Defence」と言い、僕らの周りに水色の膜を作った。これが果たして役に立つのかどうか分からないが、無いよりはマシだろう。
僕はセイジに作戦を伝え、拳銃を今一度構える。正面を見上げ、5メートルほど上空を飛んでいる『V』を見据えた。
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