第十話 Safe n' Sound 3/8
16時23分。
まだ空は明るい。空を飛んでいる『V』は僕らの進む方向に影を落としている。
僕は再び『V』を見る。宙に浮かぶ板に、二本の脚をしっかりと乗せて立っている。右手はポケットに入れ、左手は肩を押さえている。先ほどセイジが鎌で切った箇所だ。
──右足と左足、かかとに一発ずつ入れれば流石にあの『板』からは落ちるだろう。もう一度『板』を作ろうとしたら、もう一度撃つだけだ。
僕は走りながら、そう考えた。『V』が落下すれば、もうこちらのものだ。近づければこちらに分がある。
しかし、言うは易く行うは難し。『V』は先ほどの鴨ちゃんの連続発砲で警戒を強めたのか、不規則に揺れながら飛行している。おまけに僕に銃を撃った経験は無い。そんなずぶの素人が、『足のかかと』などという小さな的に当てるのは至難の業だろう。
なので──
「──『Manipulate』」
僕は銃に意識を集中させながら、そう呟く。瞬間、両の手がなんだか軽くなったような錯覚を覚えた。
僕は片手で銃を『V』に向けて、セイジの肩を叩いた。
「いきますよ。3……2……1……」
僕は、銃を構えていない方の手で耳を塞いだ。鴨ちゃんも拳銃を捨て、両手を耳に押し当てた。
「ゼロ」
僕がそう言うのと同時、セイジの右手から何かが発射された。
いや、発射されたかに思えた。
その見えない弾の正体は『音』であった。それが爆音の音であることすら一瞬分からないほどの、ありえない音量の音が商店街に響いた。
なにかが発射されたと勘違いしたのは、その音が作り出した衝撃波によるものだろう。
音が響いた瞬間、今まで優雅に空に浮いていた『V』は動きを止めた。残っていた慣性によって前に進んではいるが、不規則な動きはしていない。簡単に進行方向を予測できる動きに変わっていた。
原理は「猫だまし」と同じである。閑静な商店街をずっと飛んでいた『V』の耳に、超爆音の衝撃波が飛び込む。一瞬の出来事だろうが、『V』の思考は止まった。びっくりする、と言うと聞こえは悪いが、要するに隙を作ることができたワケだ。
僕は即座に4発、発砲した。それぞれの弾丸は『V』の両足のふくらはぎとかかとに命中した。
全ては一瞬のうちに起こった。『V』は前に倒れるようにして板に膝をつき、その勢いで板から落下した。一歩遅れて彼の叫び声が商店街に響き、人とコンクリートがぶつかる鈍い音が聞こえた。
「やるな、マナブ! 全弾命中だぞ!」
「『Manipulate』を使いましたからね」
「まにぴゅ……何だって?」
「マニピュレート、『巧みに扱う』とか『上手くコントロールする』とかいう意味です。今の僕は射撃世界チャンピオンよりも射撃が上手い」
僕はそう言いながら銃の引き金を引き、次の弾を装填した。
「マナブくん、まだ生きてる……!」
「うん、分かってる。気を抜かないで」
鴨ちゃんが『V』を指さす。足を押さえてその場でうずくまっているが、小さな震えなどから生きている事は明確だった。
『V』が再び乗り物を出し、逃げようとした時の為に銃は下せなかった。最悪の場合、僕が『V』の心臓を撃ち抜く覚悟も出来ていた。
『V』までの距離、残り7メートル。
『V』までの距離、残り6メートル。
ガチャ、という音がした。僕は思わず足元を見る。僕の脚と脚の間に、ダーディック銃が落ちていた。
──なんだ……?
ふと両手に目線を移すと、指が痙攣していた。思考がなんだか遅れていて、銃を落としたのが僕自身であることすら、すぐに理解できなかった。指の震えも感じられなかった。
『V』までの距離、残り5メートル。
横を走る鴨ちゃんが視界から消えた。その直後、僕は膝から地面に倒れていた。倒れた衝撃で顔をコンクリートにぶつけたが、その痛みもあまり感じなかった。
ずっと正座していた時のように足がしびれ、そのしびれが身体全体に広がっていくような感覚がした。意識があるのに、身体が無いような感じだ。指一本すら動かすことが出来ない。
ばさ、という音が聞こえた。恐らくセイジが倒れた音だろう。続いて金属音が響いた。これは鎌が地面に当たった音か。
──毒……か……? いや……でも……。
さっきの感じとは何かが違う。それに、『V』が僕たちに毒を盛るタイミングなんてどこにもなかったはずだ。
──くそ……やっぱり、か……。
意識が途切れる。瞼が落ちる。感覚が、消えていく。
──セイジ……さん……
ここで彼に祈るのは、無鉄砲な事だろうか。恐らく、そうだろう。
でも、僕は彼に託すことしか出来なかった。たった一本張った予防線に、僕たち三人の命をかけるしかなかった。
「セイ……ジ……」
幸い、まだ舌は動くようだ。
「……思、い……だ……」
僕のその精一杯の言葉は、何かに遮られた。突然、声がうまく出せなくなった。
『V』が僕の顔を踏みつけた、と気付いた時には、もう僕は自分の身体のコントロールを失っていた。
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