第十話 Safe n' Sound 1/8

「君たち、『D』と『S』と『M』だろ?」

『V』はそう言って笑う。


僕はよろよろと立ち上がり、目の前の男の姿を目視した。黒いズボンに黄緑色のシャツ。脇腹にポーチのようなものを下げている。頭には黒い帽子を目深に被り、顔の半分以上はマスクで覆われている。

若者が好きそうなファッションだ。


「なんで……?」

「なんで? ああ、『文字』の事?」

「……どこかで……あ、会ったか……?」

「なぁに、忘れちゃった? 悲しいなぁ」

そう言って『V』は帽子のつばを上げ、顔を見せた。僕はその顔、そして先ほどからずっと『聞き覚えがある』と思っていた声を整合した。


出てきた答えは、一つだった。

「……なるほど。『TRカフェ』の店員か……」

「そっ」

「毒を盛ったな……?」

「そう」


僕は肩で息をしながら、目の前の男の右手を見た。『V』、と書かれている。

「『V』か……。さしずめ、『ヴェノム』とかだろ?」


『Venom』とは『毒』だ。僕がそう言うと、男は驚いた様子で僕を指さした。

「良く分かったねェ。もしかして帰国子女?」

『V』の質問を無視し、僕は先ほどの自転車が消えた辺りを指さした。

「さっきの自転車は……『Vehicle』か……?」

「おー、すげー。キミ、英語の成績良いでしょ」


──時間をなるべく稼ぐ。

そのために、この会話は必須だった。


「俺さー、英語はからっきしなんだよね。中学の頃から? まあ国語も数学も社会も理科もダメダメだったけどさ」

「そうか。どうせ道徳もダメだったんだろ?」

「キミたちが無防備すぎるのがいけないんだよ。あんな風に右手堂々とさらしてさぁ、注文する時に隠さないから、俺みたいなヤツに見られたって──」


その時、『V』の背後からセイジが現れた。

一瞬。地面を蹴って、飛ぶようにセイジは一気に距離を詰めた。そして、右手に持った鎌を『V』に振り下ろした。

「ぐッ……!」

鎌は『V』の肩に当たり、3センチほどの深い傷を負わせた。『V』は背中側に反撃をしようとしたが、セイジが手を引いたので当たらない。


「がぁ、いッ……て! お、ま、血ィ出てんだけど!」


僕は騒ぐ『V』から離れつつ、セイジの方へ目くばせをする。

「セイジさん、また鎌ですか」

「おう」

「剣の方が使いやすいですよ」

「鎌の方がカッコイイんだ」

「…………」

「…………」

「……体調は、大丈夫ですか」

「頭がボウリング玉みてえに重い。でも大丈夫だ」

「了解です」


僕はそう言い、呻きながら肩を押さえている『V』の方へ目をやると、今度は座り込んでいる鴨ちゃんに声をかけた。

「……鴨ちゃん」

「……ん」

「どう? いける?」

「いける、よ。マナブくん」

そう言って立ち上がろうとする鴨ちゃんに肩を貸し、僕は『Machete』と言って鉈を手に持った。


「鴨ちゃん。覚えてる?」

「……うん。『Dardick』、だよね」

そう呟いた鴨ちゃんの右手に、一丁の拳銃が現れた。


ダーディック銃──以前、鴨ちゃんが具現化しようとして失敗した銃だ。しかし、今回は違う。前回の戦いの直後、僕は鴨ちゃんにダーディック銃の事をしっかり教えておいた。その成果として、今回は銃の具現化に成功している。


「撃たなくても良い。ただ、常にアイツの視界に銃を入れておいて欲しい。威嚇するだけでいいから」

「分かった」


僕は再びセイジに向き直り、「セイジさん、文字、残り1個ですよね」と言った。

セイジは『A』を探すために『Search』を使い、そして今、大鎌である『Scythe』を具現化している。彼が使えるのは残り1個の単語だけだ。

「あ、ああ。そうだが……」

「その残り一個、僕が指示するまで温存しておいて貰えますか?」

「…………了解だ。信じるよ」


横目で見ると、『V』が立ち上がって、こちらを睨んでいるのが見えた。マスクで隠れていても、その下で歯を食いしばっているのが分かる。

僕は彼に身体を向け、鉈を構えた。

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