第九話 Viper 8/8

「──さびれてるだろ。横浜とは言え、駅からちょっと離れればこんなもんさ」

セイジは歩きながらそう言う。確かに、周りにはシャッターの下りた店が並んでいた。

「昔は八百屋とか惣菜屋がいっぱいあったんだ。今は近くのデパートのせいで商売あがったり」

「人もいませんね」

「そうだな……。家の近くで安く野菜が買えたから、けっこう重宝してたんだが……」


セイジがそう言って静かな商店街を歩いていると、ふと、隣から咳が聞こえてきた。

「えほっ……」

「ん、鴨ちゃん? 大丈夫?」

「おう、大丈夫か? まあ、ここら辺は埃とか砂ぼこりとか多いしな……」

セイジがそう言う間にも、鴨ちゃんの咳はどんどんと大きくなっていった。


「げほっ、げほっ……」

「だいじょう──」

ぶ、と訊こうとして鴨ちゃんの方を見て、僕は初めて気付く。手で口を押えている彼女が、尋常ではないほど大量に血を吐いている事に。

「え──」

「げほっ……」

また、鴨ちゃんが血を吐いた。冷や汗が彼女の額を伝い、鴨ちゃんは遂に立ち止まった。


「セイジさんッ──」

僕は前方に視線を戻す。

しかし、目に入ったのは膝をついて頭を押さえているセイジの姿だった。息を荒くし、肩を上下させてやっと呼吸をしている感じだ。


「いや、ちょっとちょっと……!」

僕はそう呟き、鴨ちゃんとセイジに繰り返し声をかけた。しかし、二人はうめき声を上げるばかりで、まるで言葉になっていなかった。

そして、僕が鴨ちゃんに肩を貸そうとしゃがんだ時、激痛とも言えるほどの激しい頭痛が僕を襲った。

思わず、僕は膝をつく。


──なんだこれ。

──吐きそうだ。気持ち悪い。頭が痛い。脳内に釘でも打たれてるみたいだ。


──やばい。意識が遠のく


ぐらぐらと揺れる視界、気を緩めると切れてしまいそうな意識。

ずっと逆立ちしていた後に、立って歩こうとするみたいな、そんな嫌な気持ち悪さ。


そんな不快感に襲われながら、僕は何かが高速で擦れるような音を聞いた。

音は段々と近づいて来て、そして、僕と鴨ちゃんの目の前で止まる。

「すげえー。めっちゃ効いてるじゃん」

声が聞こえた。顔を上げると、そこには自転車に乗った若者が居た。帽子を被り、顔には大きな白いマスクを着けている。


──20代……前半か。

「どう? チョー気持ち悪いでしょ。……ってか、君たち学生? へぇー、こんな若い子も戦ってるんだ」

男は自転車から降りた。真っ黒な自転車は即座に光の粒になって消えた。


男は、右手で帽子の位置を直す。


その時、彼の右手の甲に、『V』と書かれているのが目に入った。

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