第九話 Viper 7/8

「──えっと、それで……」

「その後の事は、俺も伝聞だ。ハッキリとした事は言えない」


2023年、横浜。

僕らは結局横浜駅の近くまで戻ってきて、手頃な場所にあった『TRカフェ』という場所に入り、こうして三人で座っていた。

セイジは手を組み、うつむき加減に独白を続ける。


「……とりあえず、島津は無事だった。背骨をひどく打ち付けていて後遺症は残ったが、命に別状はなかった。で、灰原の……いや、アキトの方だが」

「はい」

「最近……捕まったと聞いた」

え、という言葉が鴨ちゃんの口から漏れた。セイジは僕らと顔を合わせることなく話を続ける。

「聞きかじった話だ。簡潔に言うと、アイツは少年院を出た後東京で暮らし始めた。でも、そこで田舎には無かったモノをたくさん見て……何というか、溜まっていたものが爆発したんだろうな。アイツは働き口を探す代わりに、遊びの方に時間を使うようになった」

「…………」

「それで……まあ、そうだな。いわゆるヤンキーとかチンピラとか言われる奴らとも、関わりを持つようになった。タバコ吸ったり酒飲んで騒いだり……。まあ、この時はもう飲める年齢だったから、これ自体は犯罪じゃないんだが……」


セイジはそこで初めて頭を上げ、僕らに質問をした。

「お前ら、カンパって知ってるか?」

「え……っと、あの、あれですよね。パーティーとか飲み会とかでお金を集める……」

「そうだ。ただ、それはヤンキーとかチンピラにとってのカンパとは違う。アイツらにとってのカンパってのは、要するに献上だ。リーダーとかボスみたいなヤツに毎月お金を集めてきて、それを渡すんだと。それが出来ないヤツは仲間はずれってワケだ」

セイジは再び手を組み合わせ、テーブルの上に置いた。

「予想通り、アキトにもカンパが要求された。ただ、当時働いていなかったアイツにとって、金を集める事はそう簡単じゃない。そこでアイツが取った行動は──」

「……窃盗、ですか」

「そう。初めは万引きとか、そういう軽犯罪を繰り返して何とか金を工面していたらしい。ただ、それがだんだんとエスカレートしていった。万引きするよりも人の家から盗んだ方が楽なのでは、と思うようになった」

「……それで」

「いや、初めのうちは上手くいっていたらしい。ただ、何度も繰り返しているうちに尻尾を掴まれて、な。おまけに少年院に居た過去があるから、弁護の余地も無し」

「それは、いつですか?」

「去年だ」

「……なるほど」


もう、全貌は見えていた。僕は姿勢を正し、

「要するに、復讐、ですね」

と言った。


「……そう言う事だ」

セイジはぽつりと言う。「アキトは……きっと牢屋の中で『文字』を手に入れたんだろうな。そしてそれを使って刑務所から出てきて、8年前の事件の復讐をしている……。──マナブ、どうだ?」

この『どうだ?』は、きっと『俺の仮説は当たっているのか』という意味だろう。

「あー……。あ、はい。あってると思いますよ」

僕はうなずく。「きっと灰原さんは『Acquittal』を使ったんだと思います。意味は『無罪放免、釈放』……」

「決まり、だな」

セイジはそう言い、片手で額を押さえた。

「小田原市の連続殺人……被害者の事をもっと調べるべきだった。最初に殺されたのは会社員の島津さん……24歳……」

「他の4人の被害者は島津さんのお兄さんとその友人でしょうか……」

「それが片付いたから、今度はセイジさんのところに来た、と……」


「俺が──」

セイジは嗚咽を漏らす。見ると、彼のまなじりには涙が溜まっていた。

「──俺が悪い。俺が悪いんだ。もっと調べてれば……こんな事にはならなかった。俺が、俺が……」

セイジはテーブルに突っ伏すような形で頭を押さえる。

「こんな……情けない話をしなくても……! こんな……情けない姿を見せなくても……!」

「セイジさん」

「俺は……俺なりに……! アキトを助けたくて……でも、どうしたらいいか分かんなくて……!」

「セイジさんっ」


僕と鴨ちゃんの手が、セイジの手に触れた。セイジははっと顔を上げる。

その目は涙で濡れていて、今もなおボロボロと流れ続けていた。

「俺は……お前らに死んでほしくない……。お前らに……人を殺してほしくない……。もう、もう二度と……!」

「大丈夫。大丈夫です。約束します」

「もう、俺の目の前で青春が壊れるのを見たくない…………!」

ぎゅっと、僕はセイジの手を握った。鴨ちゃんも、両手でセイジの手を包んでいた。


「殺しません。殺されもしません。でも、セイジさんのそばから離れもしません。約束です」


ううっ、とセイジが息を呑んだ。涙を拭きたそうにしてるが、僕らが手を握っているので、彼はただ涙を流し続けた。やがて恥ずかしそうに目をそらし、セイジは「ごめん」と「ありがとう」を何度も繰り返した。



「…………」

「そんなに恥ずかしがらなくても。むしろ好感度が上がりましたよ」

「いや……でも……」


カフェを出て、僕らは西への道を歩く。『A』に再び会う為、セイジの家の方角へと向かっていた。

セイジは僕らの間に挟まれ、真っ赤な目を何度も擦っている。

「この話は……するつもりなかったんだよ。でも、まさかアキトが文字を持ってるなんて思わないだろ」

「しょうがないですよ。それより、今は彼を説得する方法を考えましょう」

「うむ……」

セイジはそう言い、あごに手を当てた。そして何秒か考えたのち、「あ」と言って顔を上げた。

「そういえば、アイツ、気になる事を言っていた。俺がアキトの腕を掴んだ時の事だが……」


──30分ほど前の事か。『A』と『S』、灰原アキトと朝霧セイジが初めて顔を合わせた時だ。


「アイツ、あの時『文字』を使ったんだ。右手が光っていた」

セイジは自分の右手を指さした。「……でも、アイツの右手にはなにも出現しなかった」

「ナイフを持っていませんでしたっけ?」

「いや、あれは元々ポケットに入っていたものだった」

「って事は、『具現化』しなかった……? いや、そんな事はないはず。……じゃあ形の無いもの、ですかね」


──形の無いもの……。例えば『K』が自分自身に使った、『カルマ』のような単語……?


「だと思う。なんか、えっと、何だったかな。ア、ア、アオ……ニィーみたいな単語」

「……そうですか」

僕は少し考えてから返事をした。

「何かわかったのか?」

「いや……あまり。とりあえず行きましょう。『A』が離れる前に」

「いやぁ、離れないと思うぞ……? 俺を殺しに来た訳だし」


そういう事を言えるくらいには、精神は回復したらしい。僕はセイジの顔を横目で見て、ふふ、とほほ笑んだ。

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