第九話 Viper 2/8
2012年、春。
灰原アキトは地元の高校に入学した。新しい制服、新しい鞄、新しい風景。心が躍った。胸が高鳴った。これからの青春時代になにが待ち受けているのか、空想を膨らませた。
2012年、夏。
灰原アキトは順調な学園生活を送っていた。数名ながら友人もできたし、その友人の家に行って遊んだ事もあった。楽しい日々だった。
あまり身体を動かして遊ぶのが好きではなかったため、体育祭ではあまり活躍できなかった。クラス対抗リレーでは、中盤でうっかり転んでしまい、最下位の結果を残した。それでも、友人たちは笑って許してくれた。
2012年、秋。
学園祭の準備をしていた灰原アキトに、大きな変化が訪れた。
「──へえ、上手だね」
「ん? あ、ありがとう……?」
「アキトくん、だっけ」
「う、うん。そうだけど」
始まりはこの、なんでもないような会話だった。アキトという少年と、ユキという少女の出会い。
女性と話した経験の無いアキトは、初めは少女との会話に戸惑った。しかし、ユキはそんなアキトに幻滅する事なく何度も話しかけた。
二人はだんだんと、ゆっくりと時間をかけて距離を縮めていった。そのまま冬を越し、春を迎え、彼らは二年生になった。
告白はユキの方からだった。アキトは自分でも情けないほど狼狽したが、すぐにそれを承諾した。
*
2012年、春。
アキトとユキと同時に高校に入学した、島津という生徒がいた。彼は親から強く言われて高校に進学し、新しい学園生活に期待など微塵もしていなかった。授業は無断でサボるし、制服もいつも第二ボタンまで開けていた。注意しても聞く耳を持たない、いわゆる不良だった。
2012年、夏。
頭のあまり冴えない島津は、しかしその卓越した身体能力を買われて運動委員長に推薦された。その役割は体育祭で、主に応援や仲間の支援などに充てられた。
彼は喉を潰してまで大声で応援をし、仲間もそれにつられるように順調な戦績を残した。しかし、気を抜けばすぐに追いつかれそうな程、敵も優秀な成績を収めていた。
そして大一番、最後の種目であるクラス対抗リレーは、これまでの競技とは比べ物にならないほどに白熱した。どっちが勝ってもおかしくない、まさにそんな説明が似合う試合だった。
そして事件は、灰原アキトという少年にバトンが渡った時に起こった。ただでさえ走りの速い生徒ではなかったが、あろうことか彼は中盤で足をもつれさせて転んだ。おまけにバトンを手放してしまったため、それを拾う時間も余計に費やされた。
この時ばかりは、島津も応援の声を止めた。そしてリレーはそのままダラダラと続き、島津のチームは結局敗北を喫することとなった。
『灰原アキトのせいで負けた』
こんな事、本当は思ってはいけない。それを頭では理解しながら、島津はアキトの事を恨むような目つきで睨んでいた。
しかし、当のアキトは友人と一緒に歩きながら、ただ笑っているだけだった。
2012年、秋。
島津には、秘かに思いを寄せている女子がいた。同じクラスのユキという子だった。
入学当初から一目惚れだった。サボりがちな島津にとって、唯一学校に行く理由が彼女であった、と言っても過言ではない。
この時、島津はまだ、アキトとユキが親しい間柄であることを知らなかった。
2013年、春。
島津は、思い切ってユキに告白をした。
入学した時からずっと思いを寄せていた事。同じクラスに居れるだけで幸せだという事。あまり学校は好きではないが、ユキがいるから毎日登校しているという事。ハッキリと、全て伝えた。
ユキからの返事は二言、「無理です、ごめんなさい」だった。
そうしてゆっくりと歩き去っていくユキの背中を、島津は茫然と見ている事しか出来なかった。
その日から三日後。
ユキとアキトが付き合っている、という情報が島津の耳に入った。さらに追い打ちをかけるように、ユキがアキトに告白したのが昨日だという事も判明した。
島津は再び茫然とし、そしてふつふつと怒りを募らせた。
ユキの告白。その行動の背中を押したのが自分自身であると、彼はそう思い込んだ。ユキは、俺に二度と付きまとわれないようにするために、アキトと付き合い始めたのだ。そんな飛躍した妄想も、時間を重ねるごとに島津にとっての真実へと変わっていった。
なにより、自分よりも灰原アキトの方が魅力的である、というユキの下した判断は、島津のプライドを大きく傷つける結果となった。
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