第九話 Viper 3/8

2013年、秋。

アキトがユキと付き合い始めて、もう半年ほど経っていた。二人でいると時間はあっという間に過ぎていき、毎日が楽しくて幸せだった。


「ねえ、アキトくん」

二人歩く帰り道。ユキがぽつりとつぶやいた。

「私ね、三人、弟が居るの」

「え、そうなの? ……っていうか、そうだったんだ」

「……うん。でもね、お父さんは居ないんだ」

「あ……そうなんだ」

「うん。それで……今ね、お母さんが再婚を考えてて……」

「…………」

「その……再婚相手が、家に来てるの。でも……知らない人の事を、いきなり『お父さん』なんて呼べないし……」

「えっと……」

「家、帰りづらいんだ。ううん、そうじゃない。帰りたくないの」

ユキはアキトの手をぎゅっと握り、身体を寄せた。ふとアキトが見ると、彼女の頬は桜色の赤みを帯びていた。

「アキトくんの家……行きたい、な」


その夜。

アキトとユキは、人生で初めて口づけを交わした。



2013年、秋。

島津は自分の家の近所を散歩していた。酔いが回って頭が痛くなり、それを少しでも解消するためにふらふらと歩いていた。

このご時世に未成年飲酒、と思うかもしれないが、地方では未だに問題になっていた。もっぱら島津の兄が買ってきて弟に渡すのが原因だったが、それでも都会ほど規制が厳しいワケではない。島津は二週間に一度ほど兄の友人と集まって飲酒をしていた。島津は四歳年上の成人にも遠慮なく話を吹っ掛け、そこが彼らに可愛がられていた。親には『泊まりに行ってくる』という言い訳で充分だった。


その夜、島津は近所をうろうろと徘徊していた。特に決めたルートも無く、『いつもの散歩道』などというものも無く、ただ、ぶらぶらと歩き回って夜風に当たっていた。

だから、ユキがアキトの家から出てくるのを彼が目撃したのは、まったくの偶然だったと言える。


彼女は顔が火照っていて、明らかに何かの事後だった。その『何か』が何だったのか、島津はもう勝手に決めつけていた。

思考よりも身体が先に動いた。彼女に駆け寄り、無理やり抱き着く形で拘束した。手を後ろに回し、口をこじ開けて指を突っ込んだ。叫ぼうとするユキの舌を指で掴み、鬼の形相で

「喋ったら殺すッ……! お前も、アイツもだ……!」

と言った。



2013年、秋。

彼女と熱い夜を過ごしたアキトは、自室でぼーっとしていた。自分の身に起きたことが未だに信じられず、ただただ寝転がって天井を眺めていた。

そして10分か15分か経った後。ふと、彼の携帯電話が振動した。見ると、ユキからのメッセージだった。

『お願い、多和田橋まで来て! 早く!』


あまり要領を得ない文章だったが、彼女が『早く』と言っているのだ。行かない理由はなかった。

アキトは薄手のジャンパーを羽織り、家を出た。

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