第八話 Ash 2/6
荷物を取りに教室に戻ると、鴨ちゃんが自分の席に座っていた。ドアを開けると、彼女はこっちを見て「あ、マナブくん」と手を振った。
「一緒に帰ろ」
「……もしかして、待っててくれた?」
「うん──と、言いたいとこだけど、私も委員会。すぐ終わったから」
「あ、そっか」
途端に自意識過剰が恥ずかしくなり、僕は顔をそらす。
目をそらした先には、空っぽなダイキとヨシアキの席があった。
「……ダイキは?」
「用事があるとかで先に行っちゃったよ。ヨシアキくんは知らない」
「そっか」
じゃあ、と僕は呟き、鞄を持った。「行こっか」
鴨ちゃんと一緒に下校するのも、もうすっかり日常になってしまった。最近はダイキとヨシアキも一緒なのだが、どうやら今日は二人きりらしい。
僕は靴を履き替え、校門を出た。鴨ちゃんも後ろをついてくる。
学校を出て、東へ。国道沿いに真っ直ぐ10分ほど進めば、横浜駅が見えてくる。僕はポケットに手を入れながら、鴨ちゃんはカバンの紐に手をかけながら歩いた。
「──ね、マナブくん」
3分ほど、二人で黙って歩いていた時の事だった。ふと、鴨ちゃんが僕に声をかけた。
「マナブくんは、いわゆる帰国子女、ってやつなんだよね?」
「ん? ああ、うん。そうだね」
「どこだっけ」
「カナダ」
あ、そっかそっかと言って鴨ちゃんは笑う。いつの間にか彼女は僕の隣を歩いていた。
「カナダと神奈川って、ちょっと似てるよね…………なんて。あはは……」
「……まあ……うん」
「はは……」
──大丈夫か、この子。こんなに会話下手だったっけ。
なんだか変な空気になりつつ、僕らは駅へと歩を進めた。鴨ちゃんはその間、終始もじもじしていた。
西口から横浜駅へ。階段を上り、湘南新宿ラインの乗り場へと進む。僕は大船駅まで、鴨ちゃんは鎌倉駅まで。方向は同じだ。
「──マナブくん」
鴨ちゃんが再び口を開いたのは、僕らがホームで電車の到着を待っている時だった。さりげなく、彼女は僕の手を握っていた。
「マナブくんの……お母さんって、どんな人?」
「……母さん? なんで?」
「いや……なんとなく」
鴨ちゃんは顔を伏せている。僕としては『なんとなく』で聞いてほしい質問ではなかったが、鴨ちゃんなら言ってもいいか、と思い、
「母さん、今は一緒にいないんだ」
と言った。
「いわゆる、行方不明。10年くらい前から」
「え……っと……」
「気にしなくていいよ。母さんの記憶は、僕には無いし。それに……」
「…………?」
「それに、鴨ちゃんもお母さん、居ないんだよね? 僕もこの前、そうとは知らず訊いちゃったから」
「あ……うん」
鴨ちゃんは頷く。頷き、僕の手をぎゅっと握る。
その時、『電車がまいります』というアナウンスが、ホームに響いた。
「それじゃあ……マナブくんの、お父さんは?」
電車が、僕らの目の前を通過していく。ブレーキによる金属音が響き渡り、風で前髪がなびいた。
僕はまるでその音にかき消されたかのように、鴨ちゃんのその質問を無視した。
本当は、ちゃんと耳に届いていたのに。
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