第4話 Re:審議

 TIYOKOに宛てられた母親からの手紙は丸っきり嘘だ。勿論話も全て、彼女に研究者の母親なんてものはいない。

 だが本人の記憶が機械化による影響で飛んでしまっている以上、これの真偽を裏付ける為の証拠や証言はない。元々彼女は戸籍登録をされておらず、DNA鑑定の結果も不明としか出てこなかった。

 恐らく彼女を孕んだ女は戸籍上は死亡しているか、削除されているか、そもそも認められていないかのどれかであり、鑑定したところでその元の情報がない以上不明となってしまう。もうどうやってもTIYOKOの母親も、そして父親も探し出す事は出来ない。

「……モシあの機械を動かす事が出来たら、リゼの情報を丸々全部記録出来るって事?」

 少し顔をあげて質問した。それにHARAは眼を細めて肯いた。まるで本性を隠すようにして。

「リゼの姿を立体写真として記憶する事も出来る。そうすれば君の一生のタカラモノになるだろうネ。君達はただの空想生物と飼育員のようには見えないから」

 交互に見ながら答えた。TIYOKOが眼を丸くしながら顔をあげる。

「それって、仲良く見えるってコト?」

「うん。まあリゼがヒューマンゼロだからなのもあるだろうけどネ。いいパートナーになるよ」

 ぱあっと笑顔が咲き、リゼの腕に抱きついた。すっと視線をやる。TIYOKOが嬉しそうに笑いながらこちらを見ていた。

「だってリゼ! アンタの事、アタシ最後まで見てあげるワ!」

 自身の腕に触れる彼女の肉体。暖かく、見た目に似合わず意外と柔らかい。リゼは視線を外し、軽く応えた。

「人間は寿命が短い」

 その後HARAは母親に関して話をしたり、リゼに関して軽く質問したりと至って普通の振る舞いをした。勿論TIYOKOは嘘とは気が付かないし、空想生物が好きな彼女にとって、空想生物学の博士と喋るのは興奮する材料だった。

 最初の頃とは打って変わって上機嫌で、HARAに対して好意的な態度をとった。

「ハア、なんだかんだでいい時間だったわ」

 彼と別れたあと、TIYOKOはスッキリとした顔で息を吐いた。

「……TIYOKO」

 名前を呼ばれ、斜め上を見る。眼が合った。その全てを見透かされているような眼に笑顔が消える。

「用心しておいた方がいいよ」

 影になった顔。然し黄色い瞳だけは光って見えた。

 後日、KIRARAからの要望でTIYOKO自身の検査を施設でやる事になった。リゼと共に向かう。相変わらず音の酷い昇降機でくだっていった。

 リゼは指示された場所で待機し、彼女は施設の職員について行った。

『:)』

 頭が分厚い液晶画面になっている空想生物がリゼに話しかけた。乱れた画面がにっこりと笑っている。

「私はリゼ。人間が検査をするからと待機を言われたよ」

『:'(』

「そう、君も待機しているんだね」

『:‐(』

「いいや、私は寂しいとは思わないよ。彼女自身はどうか知らないけれど」

 液晶画面の空想生物はリゼの隣に座った。頭以外は人型で、女性の身体に番組の司会者のような格好をしていた。

『:)』

「なんだい」

『:‐((』

『X(』

「……それは本当の話?」

 液晶画面が肯く。じじっと画面の顔文字が変わった。だがその直後にばちんっと軽く音をたてて電源が落ちた。

 ややあって眼が覚めたように点滅し、首を振ってから『=)』と顔文字を表示した。

「君の発話方法は施設側に知られているからね。さっき向こうにある監視用の機械がこちらを見ていた」

 すっと指をさす。視線の先には幾らか遮蔽物があり、ぱっと見た限りでは見えなかった。

『:‐o』

「このぐらいは見えて当然だよ。それより、私の力による影響は特にないかな」

 リゼがやっと液晶画面の空想生物を見た。うんうんと肯く様子に「なら良かったよ」と無表情に返した。

 ややあって職員が一人来て、リゼの隣で脚をばたばたとさせていた彼女を呼んだ。画面ににっこりと笑顔の顔文字が表示される。

 リゼを振り返ると小さく手を振り、軽い足取りで去っていった。

「……」

 足を組んだ太ももの上で人差し指を動かす。とんとんと叩くような仕草のまま、先程言われた事を反芻した。

「TIYOKO、チョット糖分摂りすぎ」

 機械に取り付けられた画面を触りながら、台に座っている彼女へ注意した。

「そうは言われても、最近アタシへの気遣いなのかリゼがよくスパドリ買ってきてくれるカラ……」

 もじもじとKIRARAの白衣を見る。ある程度の知能がある空想生物は単独での買い物や食事を許可されている、勿論制限時間はあるが。

「まだあんな人工甘味料の塊みたいなの、飲んでるノ?」

 振り返るとTIYOKOは「それがイイんじゃない!」と反抗した。KIRARAは軽く溜息を吐き、彼女が座る台の近くに寄った。ごそごそと機械の準備をしながら話を続ける。

「ま、たまにはお茶でも飲んで。それ以外は健康そのものダカラ」

 寝っ転がってという指示に従い、仰向けに身を預ける。天井の眩しい光が眼に入り、ぎゅっと細めた。

「それにしても不思議な子だネ。散々不合格だったのに、ヒューマンゼロに急に認められるなんて。何がそんなにリゼの心を掴んだのか」

「サア? アタシだってびっくりよ。リゼは適当な事しか答えてくれないし、未だに訳が分からない」

「ヒューマンゼロ、ただでさえ何考えてンのか分からない生物だから余計分からない。まあもしかしたらこの検査で理由が分かるかもしれないから、暫く我慢して」

 KIRARAに身を委ね、腕や身体にぺたぺたと貼られていくのを感じた。

「……ネエ、アタシの母親ってさ、本当に研究者だったと思う」

 不意に問いかける。画面を見ながら調節する彼女は「ナニを急に」と一旦返した。

「マア、空想生物に異様な執着があるところを見ると、それらしいけどね」

 TIYOKOの頭上に移動し、前髪を押さえて額にぺたぺたとくっつける。

「そんなにHARA先生の言ったコト、気になるの」

「ンー、まあ。アタシに嘘を言うメリットなんてないけど、信じきれないっていうか……」

「そりゃ、記憶が丸っきりないからネ」

 画面を操作し、TIYOKOの身体情報と照らし合わせる。

「それに、その話をしたのがHARA先生だけってノモ……」

 軽く息を吐きながら呟く。意味深な言葉に眉毛をあげ、枕の先を見るように視線をやった。

「どういうコト?」

 それにKIRARAは「ちょっとした噂ヨ」と答え、きちんと天井を見るように軽く頭を動かした。相変わらず無駄に眩しい光を睨みつつ、「ウワサ?」と問いかけた。

「ソ。根も葉もない噂だけどね、あまりにも良くない噂が多くて。私もそうだけど、あんまり彼を信用してる研究者はいない」

「調べたケド、そんな話一切……」

 瞬きをする。ふっと耳に息がかかった。

「言っても消されるだけだから、ダレも言わなくなったの」

 耳元で囁かれた言葉に、くっと眉根が寄る。

「ネエKIRARA、HARAさんって……」

「検査、始めるヨ。意識飛ぶから気をつけて。何かあったら意識の先で叫んで」

 然しもう一度彼女の名前を呼ぶ前に、検査開始を合図する音が鳴った。機械達が動き始め、一瞬にして眼の焦点が合わなくなる。

「KI、RARA……」

 朦朧とする意識のなか手をあげる。黒髪の彼女は微笑み、口を動かした。

「ダイジョウブ。私が側にいるから」

 勿論その声は届く事なく、TIYOKOの手はだらりと台の上に落ちた。完全に意識が移動したのを見て、KIRARAは息を吐きながら背筋を伸ばした。

「……あのクソジジイ」

 ぼそりと呟き、苛立った様子で舌打ちをした。

 米国に買収された西関電力会社に続き、南電力会社、中部電力会社も他国に買収された。残ったのは東関電力会社と北電力会社の二社のみだが、これも時間の問題だった。

 そして案の定電気代が大幅に値上げされ、報道番組や通信網(ネット)では怒りの声がこれでもかと飛び交った。勿論JAPANだけでなく世界各地から非難の声があり、世界を巻き込む大騒動と化していた。

 一部の政治家や企業だけが得をし、それ以外は何も得をしない。それどころか折角JAPANが保有し研究し続けていた、原子力発電に関するあれこれを無駄にしてしまった。これらの技術や知識を他国と取引していれば、諸外国の慢性的な電力不足は解決出来た。

 だが米国側もJAPAN側の政治家も、みな一様にこの件に関して黙秘を続けた。勿論買収した他の国も同じだ。

 彼らは裏で繋がっている。そこにきっと、空想生物が絡んでいる。そう通信網で色んな憶測が飛び交い、証拠がないまま著名人や他企業、団体を巻き込んでいった。

 ただ表に証拠が出ていないだけで、その立場に立っているもしくは近くにいる者達には裏の出来事がよく見えた。

『:D』

 外の眺めから視線を移す。前に出会った頭が液晶画面になっている女がおり、リゼの対面にあるソファに座った。

 頭のてっぺんにある空中線(アンテナ)が、それぞれの席の天井からぶら下がっている照明にひっかかった。驚きつつも手で空中線を触り、照明から離れる。その様子をリゼは見つめた。

「君のような者がよくあれだけの情報を手に入れたね」

 少し蔑むように言った。彼女は純粋に喜び、画面には変わらず笑顔の絵文字が浮かんだ。

「私も少し調べてみたけれど、確かに空想生物の密輸をしている企業を見つけたよ」

 予め頼んでおいた珈琲を飲む。砂糖の類は一切加えていない。

『:‐(』

 かたりと置く。

「君に私のやり方を咎められる筋合いはないよ。それとも君は、私をただの同類だと思っているのかな」

 すっと視線をあげる。耳飾りが揺れ、外からの太陽光を反射してきらきらと輝いた。その反射が画面に映る。

 彼女は重たい頭を左右に振り、否定した。

「なら、私の事に口を挟まない方がいい」

 一つ息を吐いてからリゼは続けた。

「国がその企業を見逃している事も、その企業が米国なんかと繋がっている事も、大方君が言った通りだったよ。けれど一つ見逃している箇所があったね」

 とんっと黒い人差し指を机に置いた。それを一瞥し、首を傾げる彼女に声を潜めた。

「ヴァザリィア ラィア」

 その言葉はどの言語にも当てはまらない。然し彼女はびくっと反応した。画面にはどの顔文字も浮かばない。

『……リィ?』

「ジィア マアィグァ」

 ややあってちりちりと揺らいだあと、笑顔でも悲しみでも怒りでもない顔文字が浮かんだ。リゼは指を離し、珈琲を一口飲んでから席を立った。

「そういう事だよ。TVガール」

 彼女の名前を呼んだあと、リゼは静かにその場を立ち去った。

 TIYOKOの検査結果は正常。特異点は見つからなかった。

「ウーン……これだけ調べてもなんにもないって事は、やっぱりリゼの気まぐれか」

 結果を見ながらKIRARAが唸る。それにTIYOKOはもぞもぞと動き、意を決したように「あのサ」と声を出した。

「ン?」

 腰をあげ、振り返る。

「前の検査の時、ウワサがどうだって言ってたじゃない? あれって……」

 彼女の窺うような訊き方に、KIRARAは視線を巡らせて記憶を辿った。

「アア、あれね」

 手を打って思い出す。

「まあホント、ただの噂なんだけどね」

 立ち上がり、TIYOKOの傍まで近づく。そして耳元で答えた。

「それ、マジ……?」

「ウン」

 眼を丸くし、視線を泳がせる。

「じゃあアタシに近づいたのって……母親の話っテ……」

 どんどんと俯いていく姿を見下し、KIRARAは肩を落とした。

「信用しない方がイイ。もし母親の話が本当だとしてもね。貴方の飼育担当の空想生物はヒューマンゼロ、激レアだよ」

「でも、リゼが目的で近づいてきたとしてもどうやって捕獲するのヨ」

 顔を上げる。それに鼻で笑った。

「知らないヨ。でも空想生物学の博士なのは確か。専門家だよ。幾らリゼみたいな強い力を持つヒューマンゼロでも捕まえられるだろうし、あれだけ強い雷の力は今までにいない」

 ふっと声のトーンが下がる。

「まさかダケド……」

 TIYOKOが立ち上がりながら呟く。KIRARAは肯いた。

「HARAが関わってる企業の取引先相手は米国ダヨ」

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