第17話 早すぎた埋葬

「えー、マジっすか? 僕ってそんなに可愛い?」

「ええ! 特にこちらのゴシックパンクジャケットなんていかがでしょう。軍規格繊維を用いていますから、実戦にも耐えられますよ!」

「マジかー、これ超いいなあ……あ、先輩!」


 服飾店の店先で、セールスにあっていたヴィクセンがレイヴンたちを手招いた。

 近づいていくと、その店は軍人向けのファッションブランドらしい。アパレル・ザ・キュクロプスという仰々しい名前だが、伝えたいニュアンスはわかる。


「どうしたヴィクセン」

「先輩、このジャケット買ってください!」

「は……? 何って? お前会っていきなり何を、」

「僕デート資金にお金かき集めてて、今の手持ちじゃちょっと足りないんすよ! お願いします! 竿でも穴でも貸すんで!」

「稼ぐために体売りそうだなお前。……ハウンド、どうす、る?」


 レイヴンは隣にいたハウンドを見て、彼女がすっかりいなくなっていたことに気づいた。


「ほー、こういうジャケットもあるんですねえ」

「あ、あいつ……」


 ハウンドはとっくに店に入っていた。レイヴンはぽりぽりと頭を掻いて、


「ちなみにそのジャケット、いくら?」

「五八万八〇〇〇ロガになります」

「たっけえ! 本気で言ってんのか!」

「ええ。重鋼繊維とカーボン繊維の複合繊維素材、表面は人工皮革ですね。加えてナノマテリアルを染み込ませれば自動修復も可能ですから、これでも安いんです」

「先輩お願い! 可愛い子にモテたいんだよぉ!」

「本気かよ……支給品でいいだろ。お前は充分可愛いよ」


 レイヴンは、いくらなんでも高い、と感じた。残高的には充分過ぎるほどの余裕があるのだが。やはり、一般企業勤め時代の金銭感覚が抜けない。


「ほんっと、ほんっとにお願いします! 足の裏も指の間も舐めます!」

「こらひっつくな! 舐めようとするな! わかったわかった! 買ってやる! 放せお前!」

「ほんとっすか!? ありがとうございます! さすが先輩! やっぱ隊長は懐が違うんすね!」

「調子いいやつだな……ったく、今回だけだぞ」


 とはいえ、調子が良くとも素直だからこそ可愛い後輩なのもまた事実だ。だからついつい、可愛がってしまう。甘え上手め。

 レイヴンはため息をついて、店員の差し出したデバイスに左手をかざした。


「はい、確かに五八万八〇〇〇ロガの入金を確認いたしました。こちらでお召しになられますか?」

「うん、着ていきます!」

「では商品をお持ちいたしますね」


 一方のハウンドは、赤いトレンチコートを手に取って「いいかな? いいかも? いや、ありですね……」と言っている。

 嫌な予感がした。離れよう。

 レイヴンがしれっと離れようとした瞬間である。


「店員さん、彼女がこれ買ってくれるって言ってます!」

「言ってねえよ!」


 思わず、突っ込んでしまった。

 ハウンドはにたりと笑って手招く。周りの客が「び、びっくりした」と言ったりしながらレイヴンを避けて通っていた。

 畜生、と思いながらレイヴンは店に入り、ハウンドに近づいた。サイボーグなので耳がいいし、指向性マイクのように特定方向に聴力を傾けられる。なので、店内にいるハウンドのつぶやきにも反応できたと言うわけだ。


「普通彼氏が奢るだろ」


 レイヴンとハウンドは、前者が彼女で、トランスである後者が彼氏、という扱いだった。要するに、男性器の有無で決めているのである。


「いいじゃないですか。そんなステロタイプなんて二〇〇年以上前に廃れたでしょうに」

「ったく。いくらだそれ」

「七七万ロガですね」

「めまいしてきた。半分出せばいいだろ?」

「は? 全額ですが。何言ってんですかあなた」


「?」と浮かべているドットフェイスに思い切りビンタしてやりたい。


「えと……お買い上げということでよろしいでしょうか」

「はい」


 店員の前でいちゃついても仕方ない。レイヴンは短く応じた。デバイスに手をかざし、支払いを済ませる。

 口から、魂が抜けていきそうなため息が漏れた。実際に抜けたのは貯金残高であるが。


「お買い上げありがとうございます」

「どうも」

「すみません、ここで着ていきます」

「かしこまりました。商品をお持ちいたします」


 と、外でヴィクセンがゴシックパンクデザインのジャケットを着てクルクル回っていた。絵に描いたような上機嫌である。

 ハウンドも差し出されたコートに着替えた。元々きていたジャケットをレイヴンに押し付け、「どうもでーす」と言って、店から出て行った。

 レイヴンは店員から「頑張りなさい」的な視線を向けられ、曖昧に一礼して店を出る。

 とんだ出費だ。だが、まあ……経済活動には従事している。企業都市においては最高の社会貢献だ。


「畜生、なんで俺がお前らの服なんか……」

「まだ言ってますねえハウンド先輩」

「女々しいやつですねえ」

「お前らのせいなんだよバーカ! ったく、大事にしろよ」

「「はーい!」」


 絶世の美女サイボーグ(うち二名はトランス)が三名、街を歩く。

 三人はやがて、途中のカフェに立ち寄った。レイヴンがたびたび寄るクイーンズカフェだ。実は基地内にも店舗があり、そっちは頻繁に利用している。

 店内で、銘々ドリンクをオーダーした。軽食にと、ワッフルを購入。植物由来の食べ物は、旧時代通りの扱いで普通に買って食べられる。LED栽培で、山のように生産できるからだろう。


 二四〇年前に起こった、致命的な惑星環境汚染——ドローム・ショックにより、野生生物の実に九割が死滅した。以来人類はバイオロイド技術で人工的に甦らせた生物を惑星に放ち、環境回復に努めている。

 愛護団体の声など、実際のところ気にする人間なんぞまずいない。切実な理由として、回復途中の環境で生物を乱獲すると、また何かの弾みに大絶滅が起きる可能性を危惧しているのだ。

 そういうわけで、ナマの肉は超がつく高級品、というわけであった。企業でも役員とか、軍で言えば将軍クラスでもなければ、常食はできない。


 レイヴンはキャラメルマキアートの生クリームチョコチップ、カラメルソースオプションを手に、ハウンドはモカチーノ、ヴィクセンはマッチャラテという極東の伝統の茶をもとにしたドリンクを手にしていた。

 店のテラス席で、彼らは雑談に興じながら休息を味わった。


「ようレイヴン」

「ごきげんよう」


 テラス席に声をかけてきたのは、街路を歩いていたレオと、そしてオウル。レオは厳しいコートを着て、オウルはレイヴンと同じく背中を開いたジャケットを着ている。飛行ユニットの都合上、背中が空いてないといけないのだ。


「お前ら、デートか?」

「そんなところよ。あなたたちは?」

「買い物です。レイヴンがすごく太っ腹で」

「ハウンド先輩のコートと僕のジャケットを買ってくれたんすよ!」


 レオが「懐が広いじゃねえか」と笑った。


「無理やり買わされたんだ」

「ご愁傷様。私もレオに何かねだろうかしら。……じゃあね」

「じゃあな」


 レオとオウルは腕を絡め合わせながら手を繋ぎ、去っていった。

 レイヴンはLLのカップに刺した太いストローから、キャラメルマキアートを吸い出すのだった。


×


 旧州都ディネレス。

 クレーターのど真ん中に突き立つサテライトの周りには大型の作業ローダーが取り付いて、解体作業を行なっていた。

 ディオネア軍の連中であることは、その毒々しい蛍光グリーンの制服を見ればわかる。作業機械も緑を基調としたカラーリングであった。

 彼らがここで作業をしているのには理由がある。サテライトに眠る、ビースト・ネペンテスとの戦闘データだ。

 破壊されたエアストライダーとミノタウロスが保有するデータ。可能ならば、死んだ歩兵のデータもサルベージする。それから——。


 サテライトの一角が、バゴンと音を立てて吹き飛んだ。

 作業ローダーが仕事を中断し、固定機銃をそちらに向けた。


「何者だ!」


 肉声と、誰何の通信は同時。すぐに、その音の主が地面に降り立った。いや、落ちた。

 落ちたそいつは地面に激突し、不明瞭な予備の合成音声による呻き声を漏らす。発声器官がまともに機能していないらしい。

 そいつは両腕と左足を失い、背中の反重力翼ユニットも半壊。頭部のバイザーは半分が砕け散り、顔のバイオスキンも剥がれ落ちてカーボン骨格の頭蓋骨が剥き出しになっている。

 だが、それは作業に来ていた兵士たちの最重要回収ターゲットだった。


「カイト中尉!」

「……よぉ……くそ、ったれ……最高に、イケてた面に傷つけやがって……クソ、あの害鳥が……」

「こちらへ、手当します」

「状況は、どうなってる……再起動までにえらく時間がかかってたろ、俺……。畜生が、手足が、クソ痛え。体が、燃えてるみてぇだ」


 サテライトとともに落ちたのだ。そのとき彼は気絶状態であり、痛覚をシャットアウトできなかった。

 全身を焼かれるあの感覚も、手足が砕け散る激痛も、全身に破片が突き刺さる気が狂うような痛みさえも——。

 

 カイトはそう思ったのを最後に、意識を失っていた。


 兵士たちは、アンドロイド兵が抱えたカイトに状況を説明した。

 フィオヴィレ総合運送がディオネア・インダストリーズを裏切り、独立を宣言したこと。イェルン・ドゥッケを味方につけたこと。ディオネアは敵対していたキングスレイ・バイオニクスと業務提携を結び、徹底抗戦していること——。


「まだ負けたわけじゃねえのか。……ならやりようはある。おい、レイヴンが戦線に出る前に俺を治せ。あのカマホモ害鳥が、羽と手足もいで俺のオナホにしてやるよ」


 カイトは、やつの言動からして手術前は男だったことを見抜いていた。おおかた、一緒にいたトランスのサイボーグとヤっているであろうということも。

 手足が痛む。失くした手足が、ズキズキ痛む。兵士たちが労しくしているのだが、それさえも腹立たしい。

 ——俺は、強くなったんじゃないのか。

 ——くそったれ!


 と、そこへ一機のヘリが近づいてきた。カイトを回収しにきたのだろう。ホバリングするヘリからアンカーが垂らされ、カイトはそれに機材のように巻きつけられて回収された。

 ヘリの機内には整備道具が揃っており、そこには一人の女が薄ら笑いを浮かべて待っていた。カイトの設計者である、ジル・フリード博士だ。


「手ひどくやられたね」

「うるせえ……さっさと体をよこせや」

「時間稼ぎもままならなかった役立たずにかい? 君の予備パーツをもとに後継機を作った方がいいんじゃないかと、ディヴィア総裁からのお達しでね。残念ながら君の修理は後回しだ」

「な——ざけんな! じゃあ俺はっ……」

「大丈夫、廃棄はしない。しばらく戦闘シミュレーターに接続する。脳に直接情報を送るものだから君にとっては現実そのものだよ。言ってる意味はわかるかい?」


 カイトは獣のように唸り、結局は頷いた。


「腐れ後輩どもに伝えろ。レイヴンは俺の獲物だ」

「ああ。それにしてもリリア・アーチボルト博士は天才だね。彼女の獣たちはまさしく芸術品……憧れるよ」


 うっとりと陶酔するような顔で、息を震わせながらそう言った。まるで、恋焦がれ憧れる人を思う少年のように。

 カイトは気味悪さを感じ、「くそったれ」と吐き捨てた。

 眼下には、モニュメントのサテライトが突き刺さっている。


 ——レイヴン。今に見ていろ。

 ——鴉の死骸は、幸運の兆しらしいな。

 ——俺は、お前を蹂躙してやる。その骸を、その幸福を骨の髄まで貪って、肉人形にしてやるよ。

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