第16話 切り札たちの休息日
「君ら、給料は使っているのか?」
定期メンテナンスを受けていたレイヴンとハウンドは、リリアからそう言われた。すっかり成長した(らしい)ソフィアは彼女の助手を務め、レイヴンの義手の調整を行なっている。
レイヴンは両足はメンテナンスが終わり接続済み。反重力翼ユニットも然りだ。現在、最後の右腕をソフィアがいじっている。
リリアはハウンドの頭部にコードを繋げ、ホロブレインの戦闘ログを移している。
「私はちょくちょく使ってますよ」
「ハウンドはよくわからんドリンクやら食い物を買ってくるんだ。合成食品の」
「美食は淑女の嗜みですから」
「現行の第四世代以降のサイボーグには人工臓器による消化、排泄の機能もありますもんね」
つい最近までたどたどしい喋りだったソフィアは、すっかり白衣に身を包んでしっかりした喋りで相槌を打った。ドットフェイスには竜の爪で引っ掻いたような字が特徴のエルゴン語で「作業中」の文字をスクロールさせている。
レイヴンはリリアから渡されていた記憶結晶をコードでうなじに繋ぎ、映像作品を等速で見ていた。動画と言っていいかもしれない。ゲームの世界に飛び込むフルダイブゲームの実況動画だ。荒廃した世界で、若い女が銃を手にサバイバルするゲームである。
「レイヴンは?」
「俺はたまに散歩行った時にドリンク買うくらいだ。なんか、すげー溜まってる気がすんだよな」
「君たちはフィオヴィレがディオネアから脱却した際に人間という扱いになっている。ミロ・ヴィルヘルミナ、ミレイユ・セヴィ。架空の戸籍だった二人は、しっかり実在の人間になったのさ」
「実感わかねえな。どっちでもいいんだよな、やること変わんねえし。やべ、幻肢痛」
「神経回路を切っておけと言ったろう馬鹿者」
切り離した腕を動画を見つつ目に入れていたが、幻肢痛は起こった。本来あるべき部位に神経がつながっていない、フィードバックが得られないことによる脳のエラーだ。それは、脳味噌をスキャンしてホロブレインに変えても、断ち切れないものらしい。
「私は神経回路切ってますよ。じゃないと全身痛いですし」
「生首がしゃべってるよ。ガキが見たら悲鳴あげる絵面だ」
「その前にレイヴンとハウンドの体つきで性癖歪みますよ」
ソフィアがごもっとも、と言いたいことを言った。
まあ、性の多様化が極致に達した現代、脳をVRに繋げばどんなプレイも思いのままだ。歪むやつは、わざわざ歪めなくても自然と歪む。
今時は遺伝子治療や生物化学処理で猫耳だって生やせるし、鱗だって持てる。ビーストマンの中には、ファンタジーゲームの中のキャラのような、頭が狼になってるやつだっているのだ。
……いや、ここにもそいつが生首で転がっているんだが、バイオ技術によるそれは機械の頭ではなく、あくまで有機的な獣頭になれるのである。
「レイヴン、腕の調整終わりました。人工筋肉を酷使する癖直ってないですね。交換しておいたので、不調がないかログを共有させてください」
「わかった」
レイヴンは渡された右腕を接続。神経回路をオフにしていなかったので、接続時のショックで体が飛び跳ねた。
「レイヴンってやっぱドMですよね」
「僕もそう思います」
「銃で撃たれて喜んでいそうだな。……私の作品には変わり者が多い」
「好き放題言いやがって。忘れてただけだ」
右腕を動かす。肩を回し、肘を折り曲げ、手首をくるくる捻って、指を一本ずつ折り曲げた。
「エラーログなし。ありがとうございます」
「こっちこそ。博士、ハウンドはまだかかるか?」
「いや、こっちも終わった。頭を接続するだけだ。機械の塊だから重たい。お前がやってやれ」
「デュラハンみたいに体を動かせればいいんですけどね」
ハウンドがそう言った。
デュラハンのように、首が無くても動くサイボーグは、そしてアンドロイドは存在しない。なぜなら司令を司る神経の中枢——すなわちブレインは頭部にあるからだ。そしてそれを胴体に埋め込めば、概念的には頭を抱えた胴が動くわけだから、首無し騎士にはなり得ない。ここまでくると、なんというか揚げ足の取り合い水掛け論という気がしないでもないが。
レイヴンは彼女の頭を抱え、ベッドに横たわる胴体に接続する。
「ちょっと前後逆です」
「いいだろ、くっつくから」
「よくないですって。あ、こらほんとにくっつけやがった!」
「ははははは!」
胴体と首が一八〇度逆を向いている。ハウンドは起き上がって、腕を使って首を回した。
「全くもう」
「ユーレイとかヨーカイってのみたいだったぜ。あーおもろ」
リリアとソフィアが顔を見合わせ、肩をすくめた。
「仲がよさそうで何よりだ。私はサテライト落としを気に病んでいるとか心配したんだがね」
「俺にそんな真っ当な情緒を期待されてもな。親なしだし、なんつうか……あんまりそういうのに心が動かん」
「私もです。個体維持本能と恋人と戦友で精一杯です」
「そりゃよかった。以上でメンテナンスは終わりだ。不調があるようならすぐ知らせるように。……ソフィア、コーヒー入れてくれ」
「はい、父さん」
レイヴンは未だ首を逆にしたことを怒っているハウンドに腰を叩かれながら、ラボを出た。
基地は忙しい。急遽、高価なナノマテリアル建造で増築を繰り返し、フィオヴィレ軍総本山としての体裁を整えている最中だからだ。
各地から防衛戦力が集結。沿岸部にも、艦隊が配備されていた。
都市機能の維持、治安維持、そして最重要である経済活動の維持のため人々は今日も働いている。最低限の、生きているだけでありがたいと思えよ、というような社会保障で満足できる者は、少ない。こんなに娯楽が溢れた世界なのだから当然だ。
アンドロイドの普及で人間の仕事が減ると囁かれたが、そんなことはない。やる気さえあれば、いくらでも職につけるのが今の時代だ。
それこそ「軍に入れてください」といえば、今の状況ならハロルドは大喜びで迎え入れるだろう。
「レイヴン、どうして私たちはヒマなんですかね。戦争の真っ只中じゃないんですか?」
「英気を養えってことだろ。あるいは俺らは切り札、まさしく決戦兵器だ。露払いなんてみみっちいことに投入すべきではないみたいな話が出たのかも」
「確かに、特殊作戦部隊を普通の歩兵と同じ運用はしませんか」
「
すれ違った若い男性型アンドロイドが一礼し、「おはようございます」と言って通り過ぎる。レイヴンたちも挨拶した。
企業は、朝昼晩関係なく「おはようございます」だ。企業軍もそうだ。
「街に行きます? ここにいても仕方ないですし」
「そーだな。給料溜まってるし、経済活動に貢献するってのもありか……」
レイヴンの階級は上等兵から一気に引き上げられ、現在は太尉。ビースト・ネペンテス隊長である。諸々の手当込みで、ここ二ヶ月の給料は手取りで月八〇万ロガ。
軍にいると、食事からパンツの替えから全て支給されるので、全く使わない。税金やら保険やらも全部軍の事務がやってくれるし、だからかレイヴンは確定申告なんてやり方がわからないのだ(生前も企業勤めだったので当然である。ありがたいことだ)。
なので、本当に気まぐれで一日に数千ロガ使う程度である。
人間として生き返ったところで、自分はもうミオ・ドローメルではない。孤児院は、フィオヴィレが援助しており、その記録は巧みに改竄されているためディオネアがどうこうすることもない。孤児院があるレヴィディア州は、ずっとずっと遠くだ。戦火に飲まれることもない。もはや、接点さえも。
先生は無事だろうか。子供達は。その気持ちはしっかりある。だが世間的にはミオは死んだものとして扱われているのだ。その肉体も、戸籍も。
いざ会ったところで、事情に詳しい別人というのが、おそらくは先生たちの認識になる。
その冷たい現実を突きつけられるくらいなら、関わりたくなかった。大好きな先生を、嫌いになりたくなかった。
二人は基地を出た。
世暦二二八六年 十二月二十九日水曜日
来月には、焼け死んで一年が経つ。本当に、人生ってのは何があるかわからない。
「レイヴン、見られてますよ」
「軍用サイボーグがエロい体なのは今に始まった話じゃないだろ」
今時は
ホワイトもブルーもグリーンも、別に、変わらない。みんな同じだ。人間もサイボーグもアンドロイドもブーストマンも、好きなように生きている。
が、ただレイヴンたちは一際エロいというのもわかる。レイヴンだって、この体が自分のものでなければ見てしまうだろう。
ムチっとした胸。胸部を支える装甲パーツから肉感的に溢れる乳房、ハイレグインナーからはみ出る肉、安産型の大きな尻に、太腿——。
人間は少しふくよかな方が肉体的に丈夫で、子孫繁栄の上で適している……らしい。故に、子孫を残す本能が、レイヴンたちをより美しく見せる。
そのせいかわからないが、結婚願望がない者はむしろ細身で胸も平らな者を好む傾向にあるとのことだった。
(てことはハウンドには結婚願望があるのか? 俺にも? ……結婚つったって、人権が戻ったつってもだからって軍を辞めさせてもらえるわけじゃねえしな)
それに、まだ軍を辞める気はない。
こんな天職、滅多にないのだ。
街路を歩いていると、若い男が「声かけてみようかな」とか囁いていた。
「あんなエロい子と働けるなら、軍もありかも……」「マジ? でも、事務とか音楽隊とかもあるっていうし」「ワンチャン、手柄立てたらああいう子もヤらせてくれるかもだぜ」
「しょっちゅうしょっちゅう、本当に好き放題言いやがる」
「言うだけタダですし」
「そりゃそうか……それにしたって入隊動機の欄に何を書く気なんだろうな。同僚と腰振るために入隊しますってか?」
「……結婚資金のための従軍とか、愛する人のため、とか?」
「口が上手いんだな、今時のガキってのは」
言ってもレイヴンだって現在二十二歳のガキなのだが。
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