第14話 凶星
「侵入者? 俺がいるってのに、不運な奴らだ」
薄暗い部屋。美しい顔立ちに、細身だが乳房と尻の大きい軍用アンドロイドにフェラチオをさせていた女性型トランスのサイボーグが、鼻で笑った。
部屋に響いた管制官の声は切羽詰まっている。
「敵はリリア・アーチボルトの子飼いだ! やつめ、ディオネアを裏切ったんだ!」
「なんでまた」
「知るか! 既に八割浸透されている! エアストライダーもミノタウロスも破壊され、絶望的な遅滞戦術も瓦解している! 私が脱出する時間を稼げ! 技術情報を持って地上に行かねば、私の地位が——」
「地位より命の心配しな、おっさん」
女の腰が跳ねた。どろっとした精液を口で全て受け止め、それを愛おしそうに飲み込んだアンドロイドの頭を撫でる。
「いいぜ。雑兵の相手じゃ体が錆びつく。……俺は、変わったんだ」
「高い金だしてお前を配備したんだ。頼んだぞ、——
×
レイヴンとハウンドは管制室手前まで来ていた。敵が、要人脱出のための時間稼ぎをしていることは明らかだったが、それも時間の問題だ。相手がその人物の暗殺が目的であると勘違いしているのなら、都合がいい。
飛んでくる弾丸を回避し、切り払い、レイヴンは反重力翼で飛行。それを羽ばたかせ、空中に滞空するバーニア兵を切り落とす。
ハウンドが爆薬を満載した矢を放って軽装甲目標のドヴェルグを一撃で破壊。二度目の任務であれだけ苦戦した相手が、一撃である。
バーニア兵が突っ込んできて、レイヴンは右に飛んで回避。上昇、して一気に突っ込む。
体を砲弾に見立てるようにして、刺突。バーニア兵のホロブレインを砕き、撃墜した。
最後の兵士をハウンドが弓で射抜く。番えた矢をろくに狙いも定めていないんじゃないかという速度で向け、放った。顎から上が吹っ飛んだ兵士は生身だったようで、骨と脳髄のかけらを散らしながらひっくり返る。
「矢が切れました」
「ナノマテリアルが矢を補充するんだろ?」
「ええ。リロードに少し時間はかかりますが」
ナノマテリアルは読んで字の如く、ナノサイズの物質である。それ自体はいわゆるナノマシンなのだが、特殊な信号を与えることで外付けの回路に従い、定められた物体に
機械の自動修復に使うナノエイドはこのマテリアルを修復素材に復号するよう調整されたものだし、先ほど見たポータブル・ウォールなども充填されていたナノマテリアルが回路によって壁に構築されただけである。
極論を言えば、有機物以外は全てナノマテリアルと回路があれば、ある程度は作れるのだ。そしてそのナノマテリアルそのものの材料となるのが、ドロームライトであった。
レイヴンは義体の損傷率が二九パーセントに達しているのを確認した。念のためナノエイドを封入した圧搾注射器を打ち込み、体を回復させる。
あとは管制室へいき、制御ボードに対応したウイルスを流し込むだけ。
レイヴンとハウンドは歩き出し、ふと、息のある兵士が声をかけてきた。
「貴様ら……なぜだ、ネペンテスは……ディオネアの……。まさか、叛逆——」
「任務をべらべらしゃべる気はない」
レイヴンは拳銃を向けた。強装弾が装填された五〇口径リボルバー。
気負いというものを一切感じさせない様子で、引き金を絞った。
弾丸が頭を吹っ飛ばし、沈黙させる。
依頼があれば昨日の友を敵として戦うのが企業軍——傭兵の本質だ。こんなことでいちいち心を痛めていては、今の時代生きていけない。
「そこまでだ、叛逆者」
上。凄まじい速度で、何かが飛来。
そいつはレイヴンと同じ反重力ユニットで飛行し、半透明の翼を羽ばたかせてこちらに突っ込んできた。
レイヴンはハウンドを突き飛ばし、そいつと揉み合い、ビルに突っ込んだ。
窓ガラスが砕け、そのままもつれあって机と棚とコンピュータをぐちゃぐちゃに引っ掻き回し、反対側の窓から飛び出す。
レイヴンは羽ばたき、上へ上がった。揉み合う二人は隣のビルの屋上の吸水タンクに激突。飲料水をぶちまけ、敵がレイヴンを投げ飛ばした。姿勢を正しつつ、手すりの上に着地する。
〈レイヴン!〉
〈管制室に急げ。俺がこいつを相手する〉
〈わかりました! 気をつけて〉
敵は黒いボディに黄色のサブカラーを合わせた鋭角的なデザインの義体を持っていた。ビースト・ネペンテスと同じく、胸と尻が大きく、腹周りが細い。設計者の意匠というよりは、義体のエネルギー効率を考えた結果のものだ。
回路やエナジー、ナノマテリアルの充填といった観点から、この体つきが理想なのだと教えられた。
敵は背中からブロードソードを抜き放ち、構える。
「知ってるぜ。俺の前バージョンだろ」
「あ?」
「薄々勘付いてるだろうが俺も第七世代だ。お前らの戦闘データを元に構築された。一ヶ月前、稼働を開始した最新型だ。コールサインは
鳶。鴉とは、ライバル関係にある鳥だ。皮肉か、偶然か。レイヴンはバイザーの下で眼輪筋を痙攣させる。
「先輩、っていった方がいいか? それとも、
レイヴンは素早く地面を蹴った。コンクリートブロックが粉砕され、それが指向性対人地雷のごとき勢いでカイトに殺到。
「!」
バラッ、と叩きつけられたコンクリート片に怯んだ隙に、レイヴンは突進。反重力翼による加速を加えたドロップキックが、その鳥顔のバイザーをした顔面に炸裂した。
火花が散り、カイトが給水塔から吹っ飛んだ。すぐに姿勢制御して滞空、レイヴンは猛追。咄嗟の判断で回避行動に移ったカイトの足首を掴んで、そばのビルの壁に叩きつけた。外壁が砕け、鉄筋が剥き出しになる。
カイトの体を、縦方向の垂直回転を加え——真下に向けて、ジャイアントスイング。地面に向けて投げ飛ばし、叩きつけた。
「礼儀が、なってねえ」
下に停まっていた装甲車がひしゃげて地面が抉れ、カイトはほぼ無傷。バイオメタルによる表皮の比率が高い——スキンを全てバイオメタルにしているハウンド並だ。おそらくはその厚みも、あるのだろう。
「新人教育下手だな。体育会系って感じだ。……でけー声の挨拶だけで評価しそうだ。廃れるぜ、そういう企業は」
「軍隊は、でかい声が正義なんだよ」
レイヴンに向け、カイトが突っ込んできた。
(加速——いや、何かに押し上げられてるのか?)
一瞬、考えてしまう。不自然な加速だったのだ。カイトはまるで、なにか——大きな手で押し出されるような、カタパルトで加速したような感じの初速だったのだ。
レイヴンは太刀でブロードソードを受け止め、鎬で鍔競り合いに持ち込む。
「出し惜しみはしねえ——〈
「ッ——ぉお……っ!」
凄まじい力が加わり、レイヴンは真上に打ち上げられた。一瞬で天井に激突し、コンマ秒でカイトがそこに突進。
「まだ終わってねえぞ害鳥!」
「くそが……!」
天井が陥没、砕けた。サテライトの基部まで吹っ飛ばされて、まだ止まらない。とうとう外殻を砕き——宇宙空間へ飛び出す。
ボンッ、と音を立てて、空気が一気に外に吐き出された。サテライトのシステムが緊急事態を宣言し、外殻の損傷区画の隔壁を閉鎖。
レイヴンはこのままでは地上の重力に引っ張られると思い、サテライトの外殻のハッチを掴んで、力任せにこじ開けた。
カイトがどこに行ったのかは不明だが、万が一ハウンドに襲いかかっていればまずい。奴のあの獰猛さと個人兵装の前では、ハウンドの能力は分が悪いように思える。
ハッチの中からメンテナンスエリアに入った。重力が、随分と軽いものだが帰ってきた。
結論から言えば、ハウンドへの心配は無用だった。
壁を突き破ってカイトが現れ、レイヴンの顔面をぶん殴る。
整備用のキャットウォークから転がり落ちて、下の安全ネットに絡め取られた。
レイヴンは反重力翼を展開し、カイトを視認。すぐさま挑み掛かる。
切り付け、カイトはブロードソードでそれを逸らし、左拳の打撃。レイヴンはあえてそれを見逃して胸に受け止め、頭突きを喰らわす。
カイトに組みついて、キャットウォークをおろし金の代わりにして、顔面を擦り付ける。火花が濁流のように溢れ、カイトのバイザーが赤熱化。
目の前の壁に叩きつけて、ドロップキック。カイトごと壁の向こうへ吹っ飛ばした。
「原始的だな、レイヴン」
「そうでもない。お前には充分、溜まってるよ」
「あ……?」
レイヴンとの度重なる接触。摩擦による静電気の蓄積。
直射が必中する条件は、とっくに——。
「〈
レイヴンの左手から放たれた雷撃が、真っ直ぐにカイトに直撃した。地面と水平に五十メートル吹っ飛び、機材を満載したボックスに突っ込んで動かなくなる。
スペックではおそらくカイトの方が上だが、経験でレイヴンが勝った。
しかし——。
(博士の技術が漏れた。ディオネア系列だからって第七世代は博士のプロジェクトだ。産業スパイでもいたってのか? ……頭が痛え話だ)
〈ビースト各位、制御ボードにウイルスを流し込みました。バーニア制御を奪取。通信が回復しました。博士からすぐに脱出しろ、と〉
〈レイヴン了解。敵を無力化。サテライトごと死んでもらう。……レオ、宇宙艇は?〉
〈敵を殲滅した。いつでも発進できるぜ〉
オウルとヴィクセンが〈急ぎなさい。サテライトの落下まで五分とないわ〉〈先輩、早く!〉と急かしてきた。
レイヴンとハウンドは各々〈すぐに行く〉というむねの返答をし、その場から離脱するのだった。
×
宇宙艇がサテライトから飛び出した。ほぼ同時に、サテライトが落下軌道に入る。人工衛星を撃墜できるほどの迎撃砲を稼働させる時間は、ディオネア軍には、ない。あとは定められた破滅を——八〇〇万人が暮らす都市の消滅を待つしかない。
サテライトが重力に引かれ、大気圏に突入する。燃え盛るそれが、死を告げる凶星のように輝き尾を引き始める。
フィオヴィレ市による叛逆の嚆矢が、突き立てられようとしていた。
×
州都ディネレス。
いつも通りの毎日が、そこで粛々と行われている。
ある会社では企業勤めのサラリーマンが融通の利かない会計ソフトにため息をつき、営業先に急ぐ男がモノレールに飛び乗り、若い学生が部活動に励み、あるいは恋人同士が手を繋いで歩いている。
歩道を歩いている小さな少年が、突然空を指差した。
「ママ、ながれぼし!」
「え? こんな昼間に——」
母親が顔を上げる。同時に、凄まじい轟音が迫り始め、街が一瞬無音になって、——。
ありきたりな昼下がり。
広大な都市と、そこに住まう八〇〇万の命が、一瞬にして吹き飛び、地面とサテライトにすり潰され、跡形もなく消滅するのだった。
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