第13話 オウル&ヴィクセンVSミノタウロス

〈アンドロイド兵が湧いてきた。俺の足止めだな。わりぃ、適当に蹴散らす〉


 整備ドックに残ったレオから通信が入った。マイクが拾う音と同期しているのか、銃声と剣戟の音、爆発音が響いてくる。

 アンドロイド兵による規則正しい「銃を捨て手をあげ伏せなさい! 武装を放棄して降伏しなさい!」という警告が響いている。

 レイヴンは短く、


〈頼む。制御ボードを乗っ取ったら、さっきの短艇で脱出してくれ〉

〈ああ。宇宙艇の操縦マニュアルは念のため叩き込んであるぜ。根がインテリなもんでな〉

〈よく言うわねあなた。興味本位で学習しただけでしょうに〉


 レオがインテリなのは初耳だったが、オウルの意見を聞いて妙に納得した。レオは理屈というより興味本位で動くタイプだ。

 大方昔から興味があり、それが高じて睡眠学習でもしたんだろう。


〈さすが先輩っすね! 僕は列車の方が……〉

〈おしゃべりはそこまでにしてくださいよ。あっ、レイヴンのおっぱいがぽよんって……♡〉


 ヴィクセンにかこつけて小言を言うハウンドだが、隣を走るレイヴンをチラッと見て、心のうちを声にしてしまう。


 整備ドックを飛び出すと、広がっていたのは居住エリアの玄関口だ。

 兵士たちが暮らすちょっとした区画である。拠点としての機能と、生活環境の両立を目指しているらしい。昔の宇宙ステーションのように無機質ではなく、宇宙空間でも育つように改良された木々が植えられていたりする。

 水平に動くエレベーター——トラベレーターは軒並み停止、立ち並ぶ四階建てほどの施設から、固定機銃が覗いている。


「甘いっすねえ。僕に電子強姦スナッチしろって言ってるようなもんだろ」


 ヴィクセンは、その能力を電子戦闘に割いている電子工作モデルである。

 ブーストパルスによる強制的なハッキングルートの割り込み、そして〈超簒奪スナッチャー〉という個人兵装。

 高度な知能を持ち、自己診断で外部の工作を弾くプロテクト能力を持ったアンドロイドやサイボーグでもなければ、そのほとんどが彼女の手中に握られる。

 無人機——自律機動兵器、施設の中枢ネットワークなどには電脳機構に超高度なプロテクトがあるので彼女の能力でも権限を奪えないが、たとえば固定機銃程度ならば、あっという間に制御を奪取できる。


 ビルに備えられていた重機関銃が、突如敵に向けて火を吹く。

 防衛線があっという間に撹乱され、レイヴンは突っ込んだ。

 太刀を八相に構えて斬り込む。閉所における機動力と貫通力、制圧力を有する六・八ミリPDWを構えた兵士が、発砲。

 レイヴンは飛んでくる弾丸を太刀を小刻みに振って切り飛ばし、袈裟懸けに切り下ろした。〈超雷電ヱレキテル〉によって高電圧をまとった刃が、機械化されたボディを両断。ホワイトブラッドが蒸発し、白い霧のように吹きあがり散った。

 切り飛ばされた上半身が転がり、レイヴンはホロブレインへ切先を捩じ込む。

 すかさず手首を返し、隣で高周波ナイフを抜いた兵士の胴をなき別れにする。


 バリケードの向こうでロケットランチャーを構えた兵士に、ハウンドの弓が突き刺さった。〈超振動ヴィブラシオン〉を付与された矢は超音速で飛翔し、寸分の狂いなく、その頭脳を吹っ飛ばす。

 首から上を失ったサイボーグから白い血がシャワーのように噴き出した。体が真後ろにひっくり返り、残った微かなパルスが手足と腰を痙攣させる。

 敵がすぐさまポータブル・ウォールを起動。形状記憶回路に従って構築された形状に従ってナノマテリアルが合金装甲に復号され、街路を塞ぐ壁になる。


「プロテクト付きっすね。さすがに物理的なだけの壁はスナッチできねーっすよ、僕」

「どいて。こうするのが手っ取り早い」


 オウルが腰を跳ねて前に持ってきたレールガンを構えた。

 チャージまで約五秒。二本のレールに膨大な電磁力が、二〇ミリの弾体を超加速させ、射出した。

 銃弾の運動エネルギーは、弾頭重量に速度の二乗をかけたものだ。約一四〇グラムの弾体が、秒速八〇〇〇メートルで撃ち出されれば、その威力は——。

 ドラム缶に入れられて金属バットでぶん殴られたような轟音と衝撃が響いた。

 五七ミリ対戦車砲さえ平然と弾く防壁に、大穴が穿たれている。


「わお、ポータブル・ウォールが紙切れ同然じゃない。気に入った」


 オウルはそう言って、一旦レールガンを背中に戻した。コイルガンを構え、レイヴンに先を促す。


「すっげー! 僕もレールガンねだろうかなあ」

「ふふ……私の能力があって初めて成立するから、難しいんじゃない?」


 可愛い後輩の頭を撫でながら、オウルが言った。

 レイヴンは大穴を潜って、狼狽する兵士の中に飛び込み、切る。

 戦闘というよりは蹂躙と言える激しい猛攻であった。

 しかし、そこへ重苦しい歩行音が響く。

 影、重圧——被照準のアラート。

 レイヴンは「伏せろ!」と怒鳴った。


 次の瞬間、目の前の街路を何かが擦過した。巻き込まれた複数人の兵士が轢殺され、生身の者は真っ赤な血肉を、サイボーグやアンドロイドは白い血と青白い臓物を地面に塗りたくり、ひき肉になる。その何者かはすぐさま脚部の制動杭を立てて火花を散らしなが停止。


 それは、太い重二脚と前傾姿勢の胴体を持つ無人機だった。

 全高四メートル、想定重量八〇トン。

 突進による突破力と、サブの機銃で膠着状態を力尽くで潜り抜ける自律機動兵器——ミノタウロス。

 巻き込まれた兵士の血と肉片が、その角にこびりついていた。角に串刺しにされ、空気が抜けたバスケットボールのように歪んだ生身の人間の頭がごろりと落ち、装甲にへばりついていたアンドロイドの胸が落下、糸を引いて垂れるサイボーグ用の白血が滴り落ちる。


「ヴィクセン、私たちでやるわよ」

「うっす! 先輩らは行ってくださいよ!」

「頼む。ハウンド、チャフ!」

「お任せください!」


 オウルがコイルガンをバースト射撃。金属ガラス弾が、ミノタウロスの関節部に突き刺さる。火花が散って、相手の狙いがオウルに向いた。

 すぐにヴィクセンがガンソードで牽制射撃と、固定機銃による集中砲火を浴びせ奥の隔壁をハッキング。

 ハウンドがチャフグレネードを投擲し、敵センサーを欺瞞——レイヴンは邪魔な歩兵を切り倒し進路を啓開した。

 チャフによる電子欺瞞はサイボーグには効きづらい。正確には、生身由来の脳は瞬時に肉眼情報に切り替えるので、電子の目が使えなくなる程度なのだ。相手が光学迷彩でも使っていない限り、チャフを撒かれても見失うことはない。


 オウルはコイルガンの弾倉が空になるまで打ち尽くしつつ、ビル陰に隠れた。ミノタウロスが突進の姿勢に入り、街路を疾走。植え込みを蹴散らし、ウォールも砕いて停止。

 機銃が回頭、五〇口径がばら撒かれる。

 弾着した地面が小さく爆発し、オウルはビルに入った。窓ガラスが弾けたように砕け散り、テーブルの上の機材が火花を散らして熱したポップコーンのように爆裂する。

 階段を蹴って上に上がり、兵士が落としていたロケットランチャーを掴んで、窓から照準。撃つ。

 後方噴射されたガス——バックブラストが室内に駆け抜け、激しく掻き乱した。発射された八〇ミリの弾頭がすっ飛び、ミノタウロスの角に激突、信管が作動してタンデムHEAT弾が炸裂した。

 紅蓮の炎が上がり、角が砕け、装甲の一部が剥がれるが——ナノマテリアルによる修復機能を備えているらしい。専用のタンクに充填されていたナノエイドが装甲素材に復号され、傷を癒していく。

 機銃がすかさずこちらを睨んだ。オウルは舌打ち。壁を盾にしたところで抜かれるだろう。すぐさま駆け出す。


 ヴィクセンは四つのテールアームからエナジー弾を撃ち込んだ。ドロームエナジーを純粋な塊に変換し撃ち出す、非物理弾である。プラズマガンよりやや劣る威力だが空気中の分子による抵抗を押しのけながら突き進む性質を持ち、有効射程と弾道安定性に優れる。

 エナジー弾が直撃。青い爆発が巻き起こり、ミノタウロスがつんのめるように姿勢を崩しかけたがすぐさま制動杭で姿勢制御。ナノエイドをつかって傷を塞ぎつつ、ミノタウロスは上方に向けていたアイセンサーをこちらに向けた。


「来いよ」


 ヴィクセンはガンブレードを構え、あえて向かっていった。撃つ、撃つ。

 ミノタウロスが、突進。激突寸前にヴィクセンは狐のように跳躍し、その猛進をギリギリで避けた。さながら闘牛である。

 ビルの壁に激突して、それを粉砕。室内に突っ込んだミノタウロスに、ヴィクセンは爆圧による攻撃能力を特化させた攻撃手榴弾コンカッションを投げ込んだ。

 四秒ほどして、それが爆発。ゴンッ、と空気の圧力が、まるで視覚化されたように駆け巡った。

 その隙に一旦弾倉を抜いて、超強装弾に入れ替える。

 狙いを定め、射撃。

 第七世代のサイボーグをしてノックバックするほどの衝撃が駆け抜けた。

 ドッ、ドドドドドド! と銃弾がばら撒かれミノタウロスを攻撃。装甲がひしゃげ、火花があがり、ミノタウロスの歪んだ装甲が悲鳴のような金属音を軋らせてこちらに向きを変える。


〈そのまま注意を引いてちょうだい。狙撃地点について、レールガンで仕留める〉

〈了解っす!〉


 ヴィクセンは突進の予備動作に入ったのを確認。すぐに攻撃を中断。

 敵が、予想の二割ほど早く攻撃に移った。


「!」


 すぐさま避けなくてはと、ヴィクセンは横っ飛びに回避。しかし、足が胴体に掠った。それだけの衝撃でヴィクセンの矮躯は派手に宙を舞い、街路樹に激突。幹を砕いて吹っ飛び、ビルの窓ガラスを突き破ってテーブルを二つ押し倒し、ようやく止まった。


「くそったれ」


 右足のエラーを潰してナノエイドを封入した圧搾注射器を打ち込む。ナノエイドでは修復できない——ナノマテリアルはバイオメタルという未知の素材に成り代われないのだ——バイオメタルがぐじゅぐじゅ蠢きながら自己増殖を繰り返し、自己再生。その他のカーボン金属骨格や人工筋肉を、ナノエイドで修復する。

 ミノタウロスが急停止する激しい轟音。機関銃弾が迫る——が、ヴィクセンにも当然バリアくらいある。放射されたバリアフィールドが銃弾を防ぐが、視界の隅のバリア耐久度がみるみる減っていった。

 なんとか動けるようになると、そこから残りの強装弾を壁越しに叩き込んだ。

 ミノタウロスが怯む。

 マガジンが空になるまで撃ち尽くすと、リロードしつつ走り出した。


〈狙撃地点についた。五秒、制圧射撃できる?〉

〈二秒ください!〉

〈急いで〉


 ヴィクセンはビルの二階から、ミノタウロスに射撃。装甲が派手に凹んでいき、火花と人工血液が飛び散る。

 ミノタウロスの機関銃も火を吹き、ヴィクセンはバリアフィールドにエナジーを傾けた。とにかく撃つ。撃ちまくる。

 体感ではとっくに十秒は経っている。だが、タイマーは三秒。

 長い、早く——。

 バリアの耐久度が残り七パーセントのところで、突然、ふっと消えた!


「くそ、オーバーヒートした!」


 考えろ、——そうだ。

 ヴィクセンは赤燐スモークグレネードを投擲。機械の目を欺瞞するスモークが噴き出した。電子の目、そして肉眼を欺瞞する現代の煙幕。

 オウルの個人兵装を、聞いた限りのスペックで信じるのであれば——それさえも見通すはずだ。


「ありがとう。仕留める」


 レールガンのチャージが完了。

 オウルはその引き金を引き絞った。

 弾丸が、一閃。ミノタウロスの頑強なボディを一撃でぶち抜き、その下の地面を大きく抉り、突き刺さった。

 ミノタウロスは一瞬何が起きたかわからないという風に数歩進んだ。だが、そこで回路が火を吹き、その場でくずおれ、爆発した。


〈ふ……機動兵器でさえ手を焼く無人機をたった二人で撃破、ね。お疲れ、ヴィクセン〉

〈すんません、一撃もらうとは思わなかったっす〉

〈気にしないで。次に活かせばいいのよ〉


 ヴィクセンは奥歯を噛んで、今日のミスを記憶に焼き付けた。

 オウルの優しさに甘えるだけではダメだと、最年少の後輩なりに、その責任を感じているのだった。


〈レオだ。数が多い。誰か俺を手伝ってくれ〉

〈オウル了解。ヴィクセンと向かう〉

〈ってわけなんでレイヴン先輩、ハウンド先輩、背中は任せてください!〉


 無線から、レイヴンたちの声が返ってきた。


〈頼むぞ〉

〈任せますね!〉


 オウルたちは来た道を戻り、整備ドックへ急ぐのだった。

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