第12話 レオVSエアストライダー

 カーゴを、待ち構えていた宇宙艇——短艇のアームがロックする。エナジーブースターを噴射してディオネアの物資中継サテライトへ誘導していった。

 レイヴンは束の間の宇宙旅行を楽しむ。

 短艇が埠頭に入った。隔壁が閉まっていく。真っ白なライトが点灯しており、埃ひとつない掃き清められた空間がそこにあった。

 宇宙艇が無線を行っており、レイヴンたちはそれを傍受した。


〈短艇二号、艇管制兵籍番号〇一-〇一-五六七三八九。任務番号〇八三三-七七。搬入埠頭、減圧願う〉

〈了解、外部制御準備。今日の物資はなんだったかな〉

〈大方コロニーへの弾薬と、嗜好品だろう。総議長閣下からの、我々への賞与代わりのセクサロイドも積んでいるらしいが〉

〈そりゃ気前がいい。……減圧開始〉

〈減圧開始、了解。待機する〉


 パキパキと音を立てる搬入埠頭。

 レイヴンは無線で、仲間に言う。


〈俺たち、セクサロイドらしいぞ〉

〈嫌ですね。誰彼構わず腰を振る女だと思われているんでしょうか〉

〈うちのトランスどもはそうじゃないの?〉

〈俺はオウルだけだ。候補にレイヴン、ハウンド、ヴィクセン……〉

〈先輩たちお盛んすぎないっすか? まあ僕もちょっと興味ありますけど〉


〈減圧完了。貨物チェックのスキャンを行ってくれ〉

〈了解。セクサロイドの顔を拝んでも?〉

〈拝むだけならな。通信終了〉


 レイヴンたちはベルトを外した。レオは力任せに鎖を引きちぎる。


「このコンテナどう開けるんだ。ヴィクセン、ハッキングできるか?」

「すぐにでも——」

「退け新入り。こういうときは、しちまうのが手っ取り早い」


 レオが左腕を突き出し、壁に押し当てた。そして、〈超爆炎フロギストン〉の撃発力で押し出したパイルバンカーで、外壁に大穴を開ける。

 その穴を起点に出口を力技で押しひしぎ、のしのし出ていった。


「すっげえ! 僕も見習お!」

「やめなさいヴィクセン。あなたはもっと賢く——」


 オウルがついていくヴィクセンの後を追って出ていき、短艇から降りてきた兵士と鉢合わせたレオが、ふん——と鼻を鳴らした。


「な、なんだ……軍用の慰安婦型のセクサロイドなのか? 俺の兵籍が登録されてないなんてことは——」

「どけ」


 レオがその剛腕を薙いだ。パキャッと枝を折るような音がして兵士の首が捻り折られ、壁に叩きつけられて昏倒する。

 内部に通じる隔壁を、やはりレオはパイルバンカーで攻撃。しかし、凹みこそすれ貫通はしなかった。


 レイヴンとハウンドが人知れず胸を揉み合いながらマスク越しにキスをして、それから外に出る。

 オウルが勘づいたような、呆れた顔をしていたが何も言わず、ヴィクセンを顎でしゃくった。


「ヴィクセンがハッキング中。ロックの解除、カメラの掌握。やっぱり電子工作兵がいると助かるわね」

「貨物のスキャンってのはどれくらいかかる?」とレイヴン。ハウンドが答えた。

「備え付けの設備を使えば五分から十分でしょう。厳しく見積もって五分は、侵入を気取られないかと。おそらくどんなにかかっても十分もすれば、管制室から連絡が来るはずです」

「どのみち暴れるんだ。バレる」レオはそう言って、太い腕を組んだ。太い指をカチカチと鳴らす。

「先輩、解除完了です。ぱっと見デカいサテライトっすけど、ほとんどカーゴランチャーの設備、それから地上攻撃用のランチャー砲っすね。偽装してますけど、やっぱこいつも攻撃兵器ですよ」


 レイヴンは肩をすくめた。


「いくぞ」


 流れでレイヴンがこのビースト・ネペンテスの隊長のようになっているが、誰からも異論はでなかった。

 実際、指揮官のリリアもそのように扱っている。

 サテライトに詰めている兵員は約一二〇〇名。内勤のスタッフが三〇〇名。人間、サイボーグ、ブーストマン、サイボーグの比率はバラバラだが、いずれにしてもこの衛星を落とす時点で、全員の死は確定だ。現状世界に五人しか存在しない第七世代義体以外に、宇宙空間での作戦に耐えうるボディは存在しない。

 彼らが宇宙という空間で——たとえ衛星にいても地上の百倍の被曝量の放射線を浴びる環境、絶対零度、真空状態、そして超音速で飛び回るデブリの直撃に耐えうるのは、バイオメタルという生体金属と、常時表皮に展開されるナノ・アンチフィールドのおかげだ。

 言わずもがな超新星爆発の残り香といえる宇宙放射線は常に蔓延っているし、気温なんて普通は絶対零度(正確には二・七ケルビンだが、常人がその温度に耐えられたらシンプルに化け物である)、恒星付近は灼熱地獄、分子がわずかに漂うとはいえ基本は真空であるし、工具やらサテライトの残骸やら、小石やらが砲弾もびっくりの速度で飛び交う。宇宙戦略想定とは、前提としてそれらをクリアできなくてはならない。


 このサテライトには、重力で満たされていた。約一G。おそらくは、重力制御維持装置があるのだろう。コロニーや、月面の基地などで用いられるものに違いない。

 レイヴンは刀を抜いた。にわかに青みを帯びた刀剣だ。しなやかな湾曲と、直波の波紋。無論それは、最新の素材でできたものだ。随所には極東風の意匠も見られるが、現代的なデザインにまとまっている。鞘も、機械的なデザインで流線系ではなくどこか角ばった印象。


〈見張りが六人います。先輩らとスキャン情報を同期するっすね〉

〈助かる〉


 視界のミニマップに赤い輝点ブリップが浮かび、同時に赤い人影が、遮蔽越しにうっすらと透過される。

 殺せば敵に侵入を気取られるだろうが、どうせ数分でそうなる。

 どのみち、侵入を許した時点で取れる対策はない。せいぜい、州都ディオネアから逃げるくらいしかできないのだ。このサテライトのセキュリティソフトには、すでに自爆機構を改ざんするデータが仕組まれている。サテライト落としは、ずっと前から仕組まれていたことなのだから。


〈始末する。隠密は考えるな。確実に潰せ〉

〈待ってましたァ!〉


 レオが大剣を抜いた。黒と赤の強化戦鎧と同じ色の、ゴツい、鉄塊のような剣。切先はなく、平らな段平剣。

 敵が、「なんだ、物音が……」「見てくるぞ」と言って、こちらにやってきた。

 待ちきれず、誰よりも戦闘と血に狂ったレオが飛び出した。


「なんだ!?」「敵だ!」「敵襲、敵襲!」


 一・八メートルにも達する大剣を、大上段から兵士の脳天へ振り下ろした。

 刃がヘルメットを砕き、皮膚と頭蓋と脳を潰す。圧力で眼球が飛び出し、耳から脳が溢れ、鼻と口からドロッとした血が溢れたのも束の間、そのまま大剣は股下まで斬割ざんかつ。人間をバターのように、両断する。

 レオは振り下ろした大剣を手首を返して、跳ね上げた。噴射口から炎を吐き出して速度をあげ、隣でブルパップライフルを構えて乱射する兵士の胴体を切り飛ばした。

 間欠泉のように血が、臓物がびゅるびゅる飛び出して、下半身が前のめりに倒れた。

 素早く腰を捻って、左の兵士に袈裟斬り。絵の具のように白い血が飛び散り、青白い人工臓器がぶちまけられ、転がった上半身の頭部を——サイボーグゆえにまだ死なないだろうから——レオは、踏み潰した。


 オウルが背負ったレールガンではなく、ハンドコイルガンで金属ガラス弾を射出。奥から現れた兵士の頭部を、そう定められたライン工のような流れ作業で淡々と撃ち抜いていく。

 戦闘開始から、わずかに十秒の蹂躙であった。


「あぁ〜気持ちいい……身体が、どうしようもなく求めるんだよ。闘争を」

「ちょっとわかる」


 オウルがおざなりにそう言って、ヴィクセンに、「敵影は?」と聞いた。


「この区画にはいないっすね。なんなんすか、ここ。なんつーかガレージ……っていうか、メカメカゴミゴミしてるっていうか」

 ハウンドが答える。「宇宙艇の整備ドックでしょう。ついでに、貨物の搬入も担う通路といったところですか。フォークリフトがありますし、コンソールも……」

「なんだっていい。先に進む——」レイヴンが言いかけ、次の瞬間、唸るような噴射音。

 レイヴンたちは伏せた。オウルがヴィクセンの頭を押さえ、伏せさせる。

 次の瞬間、低速の誘導ミサイルが顔を出した。レオが肩にマウントされたランチャーから〈超爆炎フロギストン〉を発射し、撃墜。たっぷりの炸薬が誘爆し、ボゴッ、と爆音を轟かせる。

 彼らの頭上を、四つ足のホバー機械が飛翔し、目の前に着地した。どうやら通路の下の格納エリアから出てきたらしい。


「エアストライダー……陸軍御用達の無人機ですか」

「レオ、任せていいか?」

「ああ。存分に楽しませてもらうぜ」


 レイヴンたちは走り出し、しかしエアストライダーが五〇口径キャルフィフティーを向け、発砲。だが、そんなものに足を絡め取られるほど、彼らは新人ではなかった。

 すぐにヴィクセンがジャミンググレネードを投げ、センサーを欺瞞。目の前の扉を走りながら遠隔でハックし、こじ開ける。

 ハウンドが素早く弓を構え、天井に吊り下げられているクレーンのフックを射抜いた。ネットに満載されていた資材が、エアストライダーと彼らの間の通路に落下し壁を作る。


 一人残されたレオは、「おい!」と大声をあげた。

 大剣で合金製の床を殴りつけ、牙を剥いて笑う。


「ゾクゾクさせろよ」


 バーニア、噴射。

 急加速したレオが、その大剣を振り上げ、箱型の胴体に叩きつけた。エアストライダーはすぐにバリアフィールドを局所展開し、斬撃を防ぐ。

 すかさずホバー移動して距離を開けると、機銃掃射を叩き込んだ。

 レオは体を左右に振ってそれらを回避し、両肩のランチャーから火球を叩き込む。ドロームエナジーとナノマテリアル技術、そして個人の素質が可能とした個人兵装パーソナル・ウェポンという現代の異能は、第七世代だけが持つ特権だ。

 火球がバリアに阻まれて爆発。だが構わない。レオの運用思想は物量によるゴリ押し。徹底した、火力偏重にある。

 バーニアの推力も、搭載する兵装も全て〈超爆炎フロギストン〉に頼る一方、余計な弾薬や推進剤を積む必要がなく、その分のペイロードを全てエナジーに回せる。


 エアストライダーが飛び上がった。直後、機体各部のポッドからロケット弾を発射。

 二十はくだらない八〇ミリロケット弾が、白い煙をたなびかせて迫ってきた。

 レオは左腕を前に出し、耐衝撃姿勢を取って、次の瞬間——爆炎が、ドックを圧した。

 耳を弄する轟音。真っ赤な炎。衝撃でコンテナが抉れ、熱で溶けて中身の機器類や宇宙艇の外装などの予備パーツが転がり落ちる。

 エアストライダーは、そのアンドロイド以下のAIで、勝ちを確信した。


 だが、甘い。


「悪くねえ。だが俺は、もっと激しいのが好きだ。もっともっと、俺をタマをイラつかせろ!」


 レオは左腕の装甲を展開し、ロケット弾を防ぎ切っていた。

 装甲をすぐに畳んで、飛翔。エアストライダーが機銃を浴びせるが、レオは大剣を盾にしてそのまま突進。

 体当たり。

 何の工夫も捻りもない、自らの肉体を砲弾に見立てた攻撃。だが、〈超爆炎フロギストン〉が加速したその大質量の突進は、エアストライダーにも予期せぬ衝撃を与えていた。

 胴体の上面が天井に擦り、上下——天井とレオの圧力に、演算が阻害される。

 レオは最も装甲が薄い底部に左拳を打ちつけた。上腕に搭載されたパイルバンカーを、撃発。

 パガッ、と音を立て、杭が打ち出された。装甲を引き裂いて、潤滑油が溢れ出す。レオの火に触れたそれが発火し、エアストライダーが炎上した。


 が、しぶといのは敵とて同じだ。

 エアストライダーはその身を燃やしながらも、戦意を捨てない。戦場こそが存在意義。そう認識しているのだろうか。

 脚部を回転させてレオを吹っ飛ばすと、低速誘導ミサイルを撃った。

 バーニアでなんとか姿勢制御したレオは、咄嗟に装甲を展開。ミサイルを受け切る判断に出た。

 弾頭が、レオの装甲に接触——信管が作動し、爆発した。

 凄まじい圧力。


「く——」


 レオは派手に吹っ飛び、コンテナに突っ込んだ。金属の外装が大きくひしゃげて、バウンド。レオは二つ目のコンテナを大きく歪ませて、両足で着地した。

 燃え盛るエアストライダーは狂ったように火砲を放ち、最後の足掻きをする。

 レオはその猛烈な抵抗が哀れで、トドメを刺そうと大剣を構え直した。肩に担ぐようにして構え、突進。

 バーニアの加速力とレオの質量を乗せた渾身の袈裟斬りが、エアストライダーの胴体——そこに内包された電脳を破壊する。

 火花が散り、神経回路がショート。最後の抵抗で足を振り上げたが、レオはそれをかわした。

 エアストライダーが通路から落下し、下方で、爆散した。

 レオはふぅ、と息をついた。

 サイボーグに原則呼吸は必要ないが、生前の名残でそうしてしまう。まあ、呼吸も食事も、できるけどしなくていいというものだ。しておいた方が、魂の幻肢痛のともいうべき現象を軽減できる。


「やれやれだぜ。さて、と」


 レオはわらわらと湧いてきた、アンドロイド兵を睨んだ。


「俺はここでしばらくの間足止めかな」


 大剣を構え、レオは獰猛に笑った。

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