【EP2】獣たちの黄昏

Chapter4 falling down

第11話 サテライト落とし

 ネペンテスが体制で運用されるようになって四ヶ月。

 世暦二二八六年 十一月二十七日 土曜日

 レイヴンたちに、ある転機が訪れた。

 それは彼らを英雄に、あるいは史上最悪の大量殺人者とするものだった。


「サテライト落としをしてもらう」


 リリアがそう言って、ホロモニターを起動した。

 映し出されたのは衛星軌道上に浮かぶ、宇宙物資輸送の中継衛星。

 ネペンテスのビーストたちは無言で、続く言葉を待つ。


「急だな。落とすってのは、海に?」

「いや。州都ディネレスへ」


 リリアは気負いなくそう言った。

 州都ディネレス。それは、このディオネア州の州都であり、ディオネア・インダストリーズが本社を置く——つまり、レイヴンたちの雇用主の元締めが居座る街だ。

 一体、なぜ——。下剋上というやつだろうか。今の時代なら、珍しいというほどではないだろうが……。


「……疑問や反論がでないと、いっそ不気味だな」


 リリアは鼻を鳴らす。どうやらレイヴンたちがもっと反対したり、喚いたりするのを想像したらしい。

 だが、この四ヶ月で彼らはリリアを飼い主であると強く認識していた。

 冷淡に兵器扱いすると言いながらも、彼らを個人の人として扱っていたのだ。現場で時々非道な言葉を投げられることもあったが、それに特別腹を立てないのはリリアという主人と、このフィオヴィレという場末の企業都市という居場所と呼べるものが確かにあったからだ。

 ハウンドが言う。


「一応、理由を聞かせてもらえますか?」

「ハロルド——この基地の司令官の野望でね。大陸を再統一する足掛かりだよ。我々はまず、ディオネア州を掌握する。ネペンテスの獣たち諸君には、その尖兵となってもらう」

「国獲りですか。悪くないですね、それ」


 どうやらハウンドは乗り気なようだ。レイヴンは晴れて恋人となった彼女のハイテンションに、ふっと微笑む。

 互いに互いを埋め合う——共依存とも言えるその奇妙な関係は、この四ヶ月でさらに深く結ばれていた。

 誰にどう言われようが、必要とする関係だった。


「命令に疑問を持たないのは優秀な兵器の資質だ。だがディオネアを再編したら我々は君たちを一兵士に戻し、人として扱う。こんなことを今まで命令する立場の私が言うべきではないだろうが、意志と呼べるものを育みたまえ」


 神妙な面持ちでそう言ったリリアに、レイヴンは頷くにとどめた。

 自分の意志で、誰かのために生きると決めた。そこに、嘘や偽りはない。


 オウルが「サテライトへの移動方法は?」と問う。


「物資輸送用のカーゴランチャーで君たちを打ち上げる。突入後はいつも通りのお仕事だ。制御ボードにウィルスを流し、バーニアの権限を奪う。その後、サテライトの脱出ポッドに乗って戻ってくるんだ。君たちの第七世代義体は宇宙戦略想定に則っているから宇宙空間にも耐えられるだろうが、大気圏突入は流石にテストしていない。数字の上では耐えられるんだがね。実地が伴わないとなんとも信用できんよ」

「フラグに聞こえる」


 レオが吐き捨てた。

 レイヴンも、そう思った。これは絶対、義体一つでこのクレイドル星の大気圏に突入することになるんだろうな、と。

 いずれにしても、帰ってこれる算段があるならば、あとはカーゴランチャーのコンテナなりに乗り込むだけだ。

 そこから先はいつも通り、殺しと壊しのお仕事である。


「大仕事に備えて君たちの兵装も見直した。ボディの換装を行うよ。なに、ちょっと弄る程度さ」

「やっと無駄乳とデカ尻から卒業できるのか」

「卒業できてもさせませんから」


 ハウンドははっきり断言した。そこにはダイヤモンドのように硬い、確かな意志があった。


×


 洋上に浮かぶプラットフォームに、そのカーゴランチャーは鎮座していた。

 四基の超巨大多薬室撃発大砲。カーゴランチャーとは、その原理は大砲と同じだ。要するに、凄い力で物を放り投げる。それだけである。

 カタパルト——そう形容してもいい。遥か昔の投石器と現代の最新鋭の大砲であるレールガンは、原理は何も変わっていないのだ。ただ仕組みやエネルギーが違うだけであって。

 この大気圏突破カーゴランチャーはいざという時は内陸に筒先を向け、超長距離砲撃を行う攻撃兵器にもなる。そのあまりの破壊力は、クリーンな核兵器とも恐れられ、ディオネアが誇る最強の抑止力として機能していた。


 レイヴンたちはフィオヴィレを出て丸一日、輸送機に揺られてフィオヴィレ市から南一五〇キロの海に来ていた。カーゴランチャー基地——その管理権限は、ハロルド・ローガンが経営するローガン総合輸送が握っている。ここはローガン総合輸送の一支部なのだ。海運、航空宇宙輸送を行う拠点だった。

 彼がこの旧王国地域エルトゥーラ再統一という勝負に打って出たのには、相応の兵力と兵器があってこそだ。輸送と物流を牛耳る彼は、その伝手と流通ルートによって充分すぎる人員と武装を確保できる。その、はっきりした裏付けが、彼を動かすのだ。

 今の時代を動かすのは——少なくとも独立企業連合地域では、イデオロギーだとかくだらない思想とか、神への信仰ではない。利益だ。儲けられる戦争に、傭兵は乗っかる。利益が出る戦争経済に、戦場市場に投資する。それだけの話だ。なんなら、争い自体に利益を見出す。それが企業だった。


 ヘリが着陸した。ライトスティックを振る兵士が敬礼し、レイヴンはサイドハッチを開け放って降りる。

 レイヴンたちの外見は、少しだけ変わっていた。

 いや、容姿——顔立ちや髪型、体型は変わっていない。だが、細かいところに戦闘用のバイザーが左右に開いた状態で装備されていたり、明らかに専用の武器を装備していたりしている。


 特にレイヴンはカチューシャのようなバイザーと、イヤーマフのようにそれを保持する黒いパーツが追加され、腰には極東の太刀を提げている。背中には反重力翼を展開するユニットが装備され、飛行機能を獲得していた。


 ハウンドは個人向けに特注開発されたショートボウ——弓を背負っていた。長方形の矢筒を背中と腰に二つずつ重ねるようにして、装備している。いかにも現代的な弓兵であった。


 オウルは個人携行という無茶をゴリ押しして開発したレールガンを抱えており、その肉体も、頭部に羽角のようなアンテナをつけていたり、背中と腰、太ももと踵にバーニアユニットを備えてフクロウに見立てていた。


 そしてレオは、ギリギリ人間サイズの機動兵器、である。

 二四〇センチ、三五〇キロという超体重。強化戦鎧と呼ばれる専用の鎧を着込んで大剣を背負っており、さながら狂戦士の装いだった。

 彼らの義体に施されたのは、バージョンアップとでも言うべき機能拡張であったのだ。


 スマートな印象の大鴉に、獰猛な猟犬、狩人のごとき梟と、そして狂戦士のごとき獅子。

 美貌と獰猛さ、まさに美女と野獣とも言える彼女らを、迎えの士官は萎縮したような顔で敬礼し、迎えた。


「お待ちしておりました、の皆様! これより、打ち上げ予定のコンテナへご案内いたします!」

「はぁーい」


 声を上げたのは、のビースト。

 名を、ヴィクセンというトランスの女狐だ。

 身長一五二センチという小柄でありながら、やはり肉感的なボディ。ハウンドと同じタイプのドットモニターの頭だが、そのフェイスはよりマズルが鋭い狐らしいそれ。

 腰からは四本のアーム状の尾が狐の尻尾のように伸び、両腰に持ち手と刀身が一体化したバルディッシュの穂先をダガーにしたような剣を二本差している。しかしそれには銃の筒先のようなパーツと機関部があり、随分と特殊な構造のガンソードであることがうかがえた。

 彼女は二ヶ月前に加わった新入りで、可愛い両性トランスの後輩だ。元男、らしい。何をしていたのかといえば、社会保障での暮らしに飽き刺激のある仕事を探し、この第七世代サイボーグへの置換手術を受けたとか。


「こちらへ!」


 よく通る訓練された大きな声を張り上げた。ヘリのローター音に負けぬ声音は、一般人ではなかなか出せない。大声を出せるというのも、軍人には必要な能力だ。

 ネペンテス改めビースト・ネペンテスの面々はカーゴランチャーの打ち上げ予定であるコンテナのひとつに向かった。


 高さ十二メートル、横幅八メートル、奥行き二十メートルほどのコンテナに入り込む。それらのコンテナをいくつか連結し、カーゴに搭載し、複数の薬室で膨大なエネルギーを撃発し、宇宙へ打ち上げるのだ。

 あくまで衛星軌道上に打ち上げるだけ。人工衛星側が専用の宇宙艇で掴むまでの空間まで加速できればそれでいい。第一宇宙速度——秒速八〇〇〇キロメートル。その加速に用いるエネルギーは、この地域に眠るエネルギー鉱石『ドロームライト』を精製した、単純にエナジーと俗称されるドロームエナジーだ。

 現代の文明を支える動力であり、エルトゥーラ地域を含むベルガ大陸と、そして南半球の大ヨルゴス大陸の二つに偏在する鉱物資源。


「座席がおざなりに取り付けてあるな」

「こんなものでもないよりはマシでしょうよ」

「こういうとき、ムチムチした体は不便ね」

「この図体では鎖で縛り付けるという発想になるんだな。俺の方が不便じゃないか、くそ」

「ご愁傷っす、先輩」


 レオの扱いがあまりにも不憫で、皮肉屋のレイヴンも黙るしかなかった。ヴィクセンも笑いながら、オウルと共にレオの体を大きな鎖で壁面に固定する。

 レイヴンたちが座席に座ってベルトをすると、無線が入った。


〈衛星が周回軌道に入ります。射出まで十分です〉

〈わかった。こっちはいつでもいける〉


 レイヴンのバイザーが閉じた。カチューシャパーツが下がり、左右のパーツが挟み込むようにロックする。顔を覆うフェイスギアからマスクが飛び出し、顔を完全に覆った。

 五つの単眼型の青いライトが灯る。


「かっこいい。さすが私の彼氏ですね。ベルトで窮屈そうなおっぱいをいじめたい♡」

「変なこと言うなバカ犬」

「私は今すぐオウルを縛り上げて口で処理させたいな」

「あなたのでやられたら顎が外れるじゃないのよ」

「デカすぎるっすよね、レオ先輩。なんつーか、CGアニメ並の大きさなんすよ」


 レオがふふんと鼻を鳴らす。


「味わわせてやってもいいぞ、レイヴンにも」

「間に合ってる」

「いやん♡」


〈……お、お話中失礼します。打ち上げまで一八〇秒。カウント同期を送ります。射出後は、通信が不安定になります〉

〈下ネタばっかで悪いな。……軌道修正は頼むぞ。間違って太陽に突っ込んだら困る〉

〈ご安心ください。うちのスタッフは元々コロニーで宇宙開発事業に携わるほど優秀でしたので〉

〈そりゃ安心だ〉


 コロニー……とは、この星の二つの衛星〈揺月ロッキング〉と〈赤月ブラッディ〉に建設されている衛星型宇宙都市だろう。

 どうやらハロルドは優秀な人材を抱えているらしい。


 カウント同期が三〇秒を切る。

 エナジーの予備励起がとっくに始まっていることはわかっているが、それが明確に振動となって伝わってきた。コンテナの外装は荷物にエナジーの影響が出ないように専用のコーティングがされているだろうが、少し不安だ。

 体の無駄な肉がブルブル震える。これには、いつまで経っても慣れない。戦っている時は優秀なホロブレインが認識補正をかけてくれるのでいいのだが——。


 カウント、三。

 二、一。


 薬室に充填されたエナジーが炸裂。

 段階的に、合計八つの薬室が炸裂する。

 カーゴが限界まで加速され、ランチャーの筒を通って、宇宙空間に向けて打ち上げられた。

 姿勢制御バーニアが小刻みに噴射され、フラップが角度調整を行う。

 レイヴンたちは舌を噛まないように必死になって口を閉ざすことに集中した。

 外のカメラ映像が視界の一部に投影されており、空は青から紺碧に、そして黒く変わった。

 星々がさんざめく、——そこは、宇宙。


 不思議な高揚感が心を満たした。

 ゾワっと、全身の神経が粟立つような、細胞の一つ一つが自由を主張するような感じ。

 重力井戸という、星という馬鹿でかい座敷牢から解き放たれる——ああ、なぜ人間が宇宙に神秘を見出すのか。なぜ、古代から人間は宇宙に神を夢想したのか。それがわかる。

 ここには、何もない。だから、あらゆるものに満ち溢れている。


 ——自分たちはその宇宙で、人道に反する罪を犯す。

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