第2章 心に刺さる

男子エリートレース観戦

 昔からレースを観戦するのが好きだった。

 自分がレースを終えた後にその同じコースで行われる男子のレースは必ず観ていた。


 自分のレースの後は心に刺さる事が多いと何となく感じていたけれど、今回は特にそれを感じた。


 真剣に挑んだレースの後は、心は日常とは違った感情に支配されているように感じる。

 それが何なのかはその時はよく分からない事が多い。

 よく分からないんだけど、ちょっとした事が心に刺さるっていうか、ふとした瞬間に涙が出そうになる。


 男子レースをこんな風に観る事が出来たのはきっと自分が走った後だったからだろう。

 だから自分のレースじゃないけれど、ここにその事も書いておこうと思った。


 自分がロードレースを走る事から20年も遠ざかっていて、少なからず薄れていったものがあったと思う。

 怖さとか迷いとか、必要な勇気とか決断力とか。そういったものを抱えながら選手達は戦っているって事。

 レベルは全然違うけれど、選手目線での観戦が出来たっていう感じかな。




 あの人の走りを観るといつも心が熱くなる。

 なんで? ってそれは理屈じゃなくて内側から醸し出されるものなんだと思う。

 俺のエッセイの中で記号や仮名で書いてない人だから実名でいいよね。

 ユキヤはいつも全日本はワールドの合間を縫って単騎での参戦になる。

 今回のレース、決して調子が良さそうに見えなかったし、落車もしてボロボロになりながらも決して勝負を諦めなかった。

 走りには凄みがあって、とても「ユキヤ〜」なんて応援できない怖さを感じるけど「ユキヤ〜」と叫ばずにはいられない人。


 例え勝てなくても上手くいかなくても、いつも心を動かさせてくれる選手だ。

 誰もが認めて誇れるパリ五輪日本代表選手。

 今回、大きな怪我は無かったようで本当に良かった。

 1年前からそこを見据えてやってきているという約1ヶ月後に迫ったその舞台で、最高のパフォーマンスを出せて輝ける事を願う。




 あ、今年は彼の他にワールドチーム所属の日本選手がもう1人いるんだ。

 年齢的にはU23の期待の若手。既に世界のビッグレースでチームから与えられた仕事をこなしながらしっかりと完走も果たしているT選手。

 彼の走りをナマで観る事が出来たのも嬉しかった。


 外観のイメージは俺が書いた「リスペクト」の主人公のソラみたいな感じかな。

 小説に外観の描写はあんまり無いんだけど、何となく俺のイメージ。

 一見、今どきの若者って感じで可愛い顔してるんだけど、手足も長くって走ってる姿はカッコいいぜ。チームカラーのピンクも目立つし、よく似合ってる。

 ちなみに、「リスペクト」のダイチはユキヤのイメージを結構入れてるんだけどね。


 日本のレースは海外のレースと別物だと思うけど、この日本のレースをチャンピオン目指して必死に走ってる姿に感銘を受ける。

 敗れはしたものの「いっぱい名前も呼んでもらえて、自分が勝ちを狙いにいける日本のレースは楽しかった」って笑って言える所が彼の1つの魅力かもしれない。

 今後の本場での活躍に期待したい。




 ワールドの2人に向けては、やっぱり凄く応援したいって気持ちが強い。

 そして家に合宿に来てくれて、一緒に走った事のある選手とか、よく知ってる選手とか、名前を呼んで応援できる選手は限られてしまうけど、頑張って走ってる選手達みんなを応援したかった。


 同じウェアを着ていると見分けがつかなくて名前を間違えたり、集団だと誰かの名前だけ応援できなかったりで、ただ「頑張れ〜」って叫んでる事が多いけど、本当に「頑張れ〜」って思って叫んでるんだ。




 そんな中でも1つ書くならU選手の頑張りは嬉しかったな。

 中盤に出来た2人の逃げを1人でずっと追ってる選手がいたんだけど、ウェアも地味だし誰だか分からなかったんだ。

 周回遅れの選手が走ってるわけないし、知られてない選手だけど頑張ってるな、なんて思って調べもしなかった。


 もうほぼメイン集団に捕まりそうな頃に、アナウンスが聞こえる所でそれがUだって知って「うおっ」て思った。


 彼はクラブチームで走ってた頃に走りに来てくれた事があって、その時に少し話も出来た。本気で世界を目指したくて、新たな道も決まってるって聞いていた。

 その後、日本のプロチームに所属して活躍し出して、単身で本場のチームに所属して頑張ってた。

 でもたぶん、思ったようにはいかなかったんだろうな。

 また日本に戻って新たなチームで走っていたようだ。


 詳しい事は全然知らなくて、その存在さえもあまり気にしてなかった(ごめん)所だったから、ちょっと驚いた。

 腐らずに今もこんなに頑張っていたんだな。


 それがUだって分かってからは、名前を呼んで一生懸命に応援した。

 彼も分かってくれたようで、頷きながら、集団に捕まってからも必死に耐えていた。

 108名出走して完走者19名というサバイバルレース(トップから決められたタイム差を付けられると降ろされる)で、自ら動いて足を使いながら11位でフィニッシュした。


 ゴール後に「応援が凄く力になった」って感謝されて、それも凄く嬉しかった。

 いい顔をしていた。

 こっちも力を貰い、そして力を与える事が出来ていたならば、それこそが現場にいる事の醍醐味だなって思った。




 そして、新たなチャンピオンが登場した。

 2年前に本命に挙げられながら、力が発揮できずにリタイアしているM選手は、俺がスタート前にテントを借りたチームに所属する選手。

 スタッフのMmさんはもう何年も前から夏にグループで合宿に来てくれている女性で、2年前に走りながら色々話した事がある。

 その全日本の敗戦の後だったから「M選手は大丈夫?」みたいな話をして、「色々と大変なんだ」みたいな事を聞いて、でもMmさんがM選手を見守る温かい眼差しみたいなのを凄く感じていた。

 ゴール後にM選手とMmさんが抱き合って喜ぶ姿は感動的だった。

 日本チャンピオン、おめでとう!

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