※ 第23話 グラ娘の矜持


「グルルル……」



シルバーファングは過集中状態特有の四足歩行で機を伺う。

対するレパードクルエルは一度深く深呼吸して……再度攻めてきた。



「はぁ!」


「ガゥッ!」



シルバーファングは反撃の拳を振るうけど、それは届かない。

レパードクルエルは薄刃の切っ先を当てて、決してシルバーファングの拳の射程に入らない。


「ふっ……!」


「ガウッ!」



レパードクルエルはシルバーファングを挑発するように、薄刃で斬りつけながら後退していく。

そして、シルバーファングが攻撃した直後に反撃して、また後退していく。

その戦い方は、まるで……



「ダンスみたいだ……」



自然と、そんな言葉が漏れ出た。

レパードクルエルはシルバーファングの戦い方を分かっている。

シルバーファングの攻撃を先読みして、反撃に繋げている。

過集中状態の事も含めて相当に研究し、対策していたのだろう。


シルバーファングもちょくちょく攻撃は当てているけど、手数は向こうの方が多い。

そして、向こうはシルバーファングを倒すつもりは無い。

判定勝ちなら優勝できるのだから。



「グルルル……ッ」


「はぁ、はぁ……」



シルバーファングは分かり難いけど確実に疲労している。

それはレパードクルエルも同じだけど……あぁ、もどかしいな。

浅くても、瞬時に回復するとしても、あれだけ切られたら痛いに決まってる。

逃げる相手を捉えきれなくて、焦燥感に駆られている筈。

過集中状態では周りの声は聞こえない。私の指示も届かない。

あぁ、でも、もしも……私の言葉を届けられたなら……!



「武器だっ!」


「ガァッ!」


「な……っ!?」



私の声が聞こえたのか、それともただの偶然か……

真実は今は分からない。ただ確かなのは、シルバーファングが振り下ろされる剣に合わせて拳を振り上げ……その衝撃で芸術品とも謳われている薄刃が半ばからポッキリと折れた。



「グルァッ!」


「くっ!」



好機と見たシルバーファングはレパードクルエルに飛びかかる。

それに対してレパードクルエルは背を向けて逃げた。


体力ゲージはまだレパードクルエルの方が多いから時間切れまで逃げ切れば向こうの勝利だ。

当然、逃げ回るだけでは観客の顰蹙を買うし、アイドル売りしている彼女にとってそれは致命的。

恐らく相手のオーナーも許してはいないだろう。


なのに……彼女は逃げた。それほどまでに真剣なんだ。

本気で勝負に勝って、Cランクに上がろうとしている。



「ガウァッ!」


「うっ……」



それでも戦場は円形に区切られたコロッセオ。

今のシルバーファングから逃げ切る事は不可能だった。

足に、背中に、攻撃を当てていく。

蹴られた際の衝撃を利用して距離を取ろうとするけど、それでも起き上がるまでにシルバーファングが接近して追撃を加える。



『猛攻を続けるシルバーファング! 遂に体力ゲージがレパードクルエルに逆転したぞーーーっ!!』


「……!? もうっ!」



実況の言葉を聞いて腹を括ったのか、レパードクルエルは逃げるのを止めてシルバーファングに向き直った。

キッと睨み、折れた剣を構えて迎え撃つ。



「ガゥ!」


「ゔっ」



それでも、折れた剣ならそこはシルバーファングの距離だ。

あっさりとシルバーファングに殴り飛ばされた。



「グルルル……ッ!」



レパードクルエルは何とか立ち上がるけど、そこにシルバーファングが迫る。

折れた剣では受け止める事は出来ないから、足捌きだけで回避しようとするけれど……その速度は明らかに鈍い。

足を掴まれ、地に引き倒されて……マウントポジションを取られた。



「ガアァァァァァァッ!!」


「ぐ、ぐぶ……!?」



シルバーファングはレパードクルエルの顔面を何度も殴りつける。

レパードクルエルは必死にもがくけど、シルバーファングは意に介さない。



「私だって……私だってグラ娘よ! 勝ちたいの!

勝ってCランクになって、お前には無理だって決め付けた奴らを見返すんだから……っ!!」



レパードクルエルは何度も折れた剣でシルバーファングを殴り返す。

でも、シルバーファングはそれぐらいで怯む程温い闘いをしてきた訳じゃない。



「嫌っ! もう負けるのは……負けるのは嫌なのよっ!!」



レパードクルエルは折れた剣を投げ捨てて、拳でシルバーファングを殴り始めた。

もう武器もないし、体力ゲージも風前の灯だ。

それでも彼女は諦めない。



「私はグラ娘よ! やっと掴んだこのチャンス……絶対に逃さないんだからーーーっ!!」


「ガァァアァアアアッ!!!」


「あが……っ!?」



レパードクルエルの魂の叫び。

だけどそれはシルバーファングの渾身の一撃で終わりを迎えた。



『決まったぁぁぁぁぁぁぁっ!!

シルバーファング、レパードクルエルの体力を見事に削り切ったぁ!』



決着は付いた。

沸き上がる観客。

息を荒らながら、それでも正気を取り戻して応えるシルバーファング。

そして、腕で顔を覆い隠し涙を流すレパードクルエル。

きっと、私はこの光景を生涯忘れる事は無いだろう。



※※※※※



『まさかまさかの結末です! 数多くのグラ娘がぶち当たるCの壁……それを突破したのはなんと格闘術を駆使するグラ娘!

ここ数年戦績が奮わず、もはや終わったとすら言われていたこの人……シルバーファングだあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』



実況の煽りに、会場が割れんばかりの歓声で応える。



『会長の手からCランクの証が授与されます! シルバーファングさん、Cランクおめでとうございます!』


「ありがとうございますっ!」



会長から差し出されたCランクライセンスを受け取ったシルバーファングはそれを高々と掲げて……愛おしそうに胸の中に抱き締めた。



※※※※※



「あの、オーナー?」


「なに?」


「もう目隠し外して良いですか?」


「もうちょっと待ってて」


「は、はい……」



試合とインタビューを終えて寮に戻った。

まずは疲れと汚れを落として貰おうとシルバーファングをお風呂に入らせて、上がった所を捕まえて目隠して椅子に座らせた。



「出来た。外して良いよ」


「はい……?」



恐る恐る目隠しを外すシルバーファング。

その目に飛び込んできたのは……一着の服を纏ったマネキン。



「こ、れは……」


「専用衣装だよ。シルバーファングのね」


「な、なんで……っ」


「Cランクからは専用の衣装で試合に出られる。知ってるでしょ?」


「でも……っ、私は今日で引退ですよ!? もう専用衣装を試合で着る機会なんて……」


「それでも良い。私はただ、自分のグラ娘がCランクに上がるから衣装をプレゼントしたかった。それだけだよ」


「……衣装なんてそんなすぐに用意出来ないですよね? いつから準備していたんですか?」


「半年前。今日の引退試合を決めた時から」


「私が負けてたら全部無駄になってたんですよ?」


「勝つって信じてたから。私は君の……シルバーファングのオーナーだからね」


「オーナー……っ」


「さぁ、この衣装を着たシルバーファングを見せてほしいな? 

向こうの部屋に行ってるから着替え終わったら言ってね」


「は、はいっ!」



寝室に向かって着替えを待つ。

何故だか妙にドキドキするな……



「お、終わりました……」


「はーい」



ベッドに座って待っているとドアをノックされた。

応えるとゆっくりと扉が開いた。



「ど、どうですか……?」


「……っ」



シルバーファングは恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、私の前に立つ。

シルバーファングと同じ白銀の毛をあしらったスポーティな衣装。

流石に人工物ではあるけれど、だからこそシルバーファングの体毛と同じ色の毛皮を用意出来た。

きっとこの衣装で戦う彼女は本当に美しいのだろうと確信出来る。


鍛えられた身体を見せたいから少し露出は多くなってしまったけど……あぁ、だから恥ずかしがっているのか……

寝室というのも相まってイケナイ事をしてきる気分になる。



「凄いよ。とても綺麗だ……似合ってる」


「そ、そうでしょうか……」


「うん。衣装を用意して良かった」

 

「あ、ありがとうございますっ!!」



嬉しそうにはにかむシルバーファング。

顔を赤くして、少し俯いて……ふっと優しい微笑みを浮かべた。



「オーナー、私は本当に幸せです。

両親は競技者じゃなくて、私自身も武器の才能が無くて……

あの日、オーナーに拾って頂けて私は救われました。

競技に出れて、その上専用衣装まで着せて貰えて……きっと、世界中のどのグラ娘よりも幸せです」



オーナー、と私の手を取る。



「ありがとうございました。オーナーになら、私の娘も安心して任せられます」


「シルバーファング……っ」



ガラにもなく泣きそうになって。

それを見られたくなくて思わず抱き締めた。

……そっちの方がらしく無かったかな?



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