※ 第19話 最後の挑戦


「シルバーファング、話があるんだ」


「……はい」



寮のリビングでテーブルを挟んでシルバーファングと向かい合う。

何を言われるのか理解しているのか、彼女の表情は暗い。



「単刀直入に言うよ。君はもう引退するべきだ」


「……はい。Dランクに上がってからどんどん勝率が下がっている事は理解しています。

オーナーが引退を勧告したのなら、きっとそれは正しいのだと思います」


「シルバーファング、君はこんな新人オーナーを信じて着いてきてくれて、誠心誠意頑張ってくれた。

……君をもっと飛躍させられなかったのはオーナーである私の責任だ」


「オーナーが謝る事ではありません。

寧ろこんな私を拾ってくれて、今まで良くしてくれて……感謝の気持ちでいっぱいです。

私が厳しいトレーニングに耐えている姿。

試合で傷付き、敗北に涙を流す姿。

きっとオーナーは誰よりも心を痛めていました」



シルバーファングは胸に手を当てて、穏やかに語る。



「それでもオーナーは見捨てずにトレーニングをさせ続けてくれた。私はそれが嬉しかったんです。

オーナーの期待に応えたい一心で、ここまで頑張ってこられました」



シルバーファングの口元が僅かに緩む。



「だから、引退は少しだけ寂しいですが、受け入れます。

ですが……一つだけ、わがままを聞いて頂けますか?」


「なに?」


「最後に1回だけ……昇級大会に参加させてくださいっ!

それが叶えば、どのような結果であれコロッセオを去ります」



シルバーファングは普段の気弱な表情ではなく、力強い意志を感じさせる表情を浮かべていた。



「うん、そう言うと思っていたよ。これを見てほしい」


「これは……?」


「12月の昇級大会までのスケジュール。

今日からは一切公式戦には出ないで、トレーニングと情報の秘匿に費やす。

この大会に向けて出来る事を全てやって、全力を尽くそう」


「オーナー……!」


「シルバーファング、私は君のオーナーだ。

オーナーとして、私は最後まで全力で君をサポートするよ」


「はい……っ」



シルバーファングは感極まったように目を潤ませて頷いた。



「オーナー、私は……本当に幸せ者です。指名してくれたのがオーナーで良かった」


「それは私も同じだよ。

君が居なければ、きっと私は遠回りをしていたと思うから」



シルバーファングは色々な事を教えてくれた。考えさせてくれた。

泣いても笑っても次が彼女の最後の試合……必ず最高の状態に仕上げてみせる!



※※※※※



その日から一層厳しいトレーニングが始まった。

試合には出ないからコンディションは考慮せずに、徹底的に体を虐め抜く。

食事制限に加え、毎日のトレーニングも体力が尽きるまでやらせた。

小さなミスでもその都度細かく調整していく。



「か、は……っ」


「ふぅ……これで良いの?」


「ありがとう」



練習試合ではシェリーに頼んでフェアリーレイの中でも特に強いグラ娘に相手をして貰った。

勿論、手加減はせずに全力で相手をして貰う。


驚いたのは、プレスラムルビーも協力してくれた事だ。

既に引退した身ではあるけど、それでも後身の指導等には関与出来る。

オーナーのヤンさん共々私達の事を気に掛けてくれているようで、ダメ元で協力を申し込んだら快諾してくれた。



そんな過酷で濃密な半年間を過ごして……私とシルバーファングは運命の日を迎えた。



※※※※※



「緊張してる?」


「いえ。不思議な事に、今まで一番リラックスしています」


「私も同じだよ。やる事はやった。後はそれを出し切るだけで……シルバーファングならそれが出来ると確信してる」


「はい。この半年の成果を全て出してきます!」



シルバーファングの意気込みは今までで一番に思える。

今日までの苦労が報われるよう、全力を尽くそう。

今年最後の昇級大会だけあって会場には普段よりも更に多くの観客が集まっている。



『さぁー始まりましたっ! 今年最後に昇級への切符を手にするのはどのグラ娘か!?

来年へ向けて弾みを付けたいこの勝負、勝ち残るのは誰だぁーーー!?』



司会の煽りに観客席が沸き立つ。

そして今回Cランク昇格戦に参加するグラ娘が紹介される。

人数はシルバーファングを含めて6名。形式は総当たり戦。

参加選手の分析と対策は出来ている。後はそれを実行出来るかが勝負の分かれ目だ。



『選手の入場です! 音信不通だった白銀の獣がコロッセオに帰ってきた!

格闘術のスタイルを切り開いたパイオニア! 念願のCランク昇格なるか!?

今宵も相手に食らい付く! シルバー…ファーーーングッ!!』



シルバーファングが入場し、会場が歓声で埋め尽くされる。



『続いては……その実力は折り紙付き!

堅実に戦績を積み重ねてここに立った!

赤き閃光! Aランクの血統は伊達じゃない!

ブラッディーーークリムゾンッ!!』



ブラッディクリムゾンも入場すると、会場のボルテージが一気に上がる。

ただ……こちらも強くは言えないけれど、あのブラッディクリムゾンもまたDランクから抜け出せていないグラ娘だ。

両親共にAクラスのグラ娘で間違いなく良血ではあるんだけど……寧ろそのプレッシャーに推し潰されて本来の実力が発揮出来ていないように思える。

シルバーファングとはこれまで2戦して1勝1敗……初戦の相手としては悪くない。

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