第13話 初めてのデート
私は今グライソの中心区に向かってバスに揺られている。
Dランク昇級のご褒美として約束していたシルバーファングとのデートの為に。
同じ寮に住んでいるのに、待ち合わせがしたいからと後から来るらしい。
それにしても……遊び目的で中央区に来るのは初めてだ。
寮は離れた所にあるし、買い物やトレーニング施設も寮から歩いて行ける。
精々オーディションか試合の時に来るぐらい。
Dランクにもなれば多少は懐にも余裕は出来るけど、まだ中央区に引っ越すには心許ない。
移動時間の短縮や設備の充実具合を考えるとなるべく早く拠点を移したい所だけど……せめてC、安心したいならBランクになってからかな。
「おっと、すみません」
それにしても人の数が多い。
バスから降りて歩くだけでも寮近くの商店街とは大違いだ。
中央区に住めるグラ娘やオーナーはそれなり以上のランクだから数は少ない……のだけど、それ以外の人は大勢住んでいる。
グラ娘の試合を生で観る為だけにグライソに移り住んで来た人達。
そしてその人に対して華美絢爛なサービスを提供する人達。
更にその人や一般的なグラ娘とオーナー……つまり庶民向けの商売をする人達。色々居る。
なにしろグラ娘はともかく、私達は老いもしなければ大抵の怪我や病気も治せてしまう。
また、この世界においてグラ娘の試合は最も刺激的なエンターテイメント。
このグライソから人が増える事はあっても、減る事は滅多に無いのだ。
「えーっと……」
さてと……シルバーファングが待ち合わせ場所に指定したのは……ここかな? 大きな噴水が綺麗な広場。
でもまだ待ち合わせの時間には早いかな。
「ル、ルカさんっ!」
「え?」
あれ、噴水に到着した直後にシルバーファングに話しかけられた。
デートだからと今回はオーナーではなく名前で呼ばれる事になっている。
後から出た筈だけど……顔が赤いからバスから降りて走ってきたのかな?
私が人混みに苦戦していたのもあるけど、グラ娘のスピードなら簡単に追い越せるだろうし。
「もう来てたんだ」
「わ、私も今来た所です!」
おぉ、デートの定番だ。
じゃあこっちも……
「可愛いね。似合ってるよ」
「っ!? あ……ありがとう、ございます……っ」
シルバーファングが更に顔を赤くする。
試合のファイトマネーはオーナーとグラ娘で分け合うけど、低ランクだと金額も少ない。
更に言うなら、買い物するなら寮近くの商店街しか無いから品揃えも悪い。
シルバーファングはお金と候補が少ない中で、それでも頑張ってお洒落をしてくれたのだろう。
いじらしくて思わず頬が緩んでしまう。
「ふふ……」
おっと、思わず笑ってしまった。
笑顔は好意の証だけど、この場面は別の意味に取られてしまうかも。
でもシルバーファングは本当に嬉しそうだし……まぁ、良いか。
「えっと……それじゃ行こっか」
「はい! あ、その前に一つお願いしても良いですか?」
「ん? 何かな」
私を見るその目は、まるで何かを期待する様に輝いている。
「あのっ! 私と手を繋いでくれませんかっ!?」
「あぁ、そっか……私から言うべきだったね。行こうか、シルバーファング」
「〜っ! はいっ!」
差し出した手をシルバーファングが嬉しそうに握り返す。
はぐれない様にと手を繋いだ筈が、気が付けば私よりもシルバーファングの方が前を歩いていた。
「それで、今日は私に任せてくれるんだったよね?」
「あ……! は、はいっ」
乙女のようなデートに憧れているのか、リードしてほしいと言われていたのでプランは私が考えた。
はしゃいで前に出ていたシルバーファングは、その事にハッと気付き後ろに下がってしまう。
「ふふ……可愛いね」
「ふぇっ!? あ……あぅ……」
耳まで赤くなっているのが可愛らしい。
うんうん、今日の主役はシルバーファングだ。
私はあくまでエスコートするだけ。
「まずは映画を観ようか。ラブロマンスで良かったかな?」
「はい! その、私……恋愛映画を観るの初めてで……」
「そうなんだ。じゃあ今日のは少し刺激が強いかもしれないね」
「あ、あうぅ……っ」
何を想像したのか……いや、きっとその想像は当たってるんだけど……シルバーファングは顔を赤らめて俯いた。
映画館に着いてもずっとソワソワしっ放し。
映画が始まる前も、始まってからも……ずっと私の手を握っていた。
「はふぅ……素敵でしたぁ……」
「うん、そうだね」
映画を観終わった後も余韻に浸るシルバーファング。
その横顔は夢見る乙女の様だ。
けれど、私としては映画製作の苦労が垣間見えて関係者への同情心が湧いてきている。
グラ娘に外の世界の事を知られるべからず。
この制約の中で作られた映画は当然登場人物はモブも含めて全て女性。
舞台もグライソ準拠にしなければならないと言う、中々ハードな案件だ。
もっともターゲットが10年前後で寿命を迎えるグラ娘なので、真新しい展開を考えなくて良いのは楽なのかもしれない。
その後はカフェで昼食を取り、服屋を巡り、アクセサリーをプレゼントして……もう日が暮れそうな時間帯だ。
「そろそろ終わり、ですね……」
「うん。今日は楽しかったよ」
それは、本当に本音だ。
私は寮での生活にも慣れたし、シルバーファングのお陰で充実した毎日を送れている。
彼女と出会わなかったら、私のオーナー道はもう少し平坦だったかも。
「もうすぐバスが来ますよ」
「あ、その事なんだけど……シルバーファングは先に帰ってもらって良いかな? ちょっと行きたい所があって」
「え? 私もついて行きますよ?」
「いや、気にしないで。オーナー向けの所だから」
「そうなんですか? それなら……分かりました」
あぁ、しょんぼりしてしまった。
でも許してほしい。本当に君を連れていく訳には行かないんだ。
名残惜しそうなシルバーファングを見送り、中央区の中心からやや離れた場所に向かう。
そこはネオンが輝き、喧騒が絶えない街……要は歓楽街。
私の目当てはそこの一角。客とキャストが混じり合い、身体を重ねる場。
所謂、風俗とか娼館と呼ばれる店が軒を連ねる……そんな場所だ。
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