※第11話 未完成の極地


「貴女がシルバーファングさんですね。よろしくお願いします」


「は、はいっ! こちらこそ……よろしく、お願いします」


「ふふ、そんなに緊張しなくて良いんですよ。

確かに私は貴女よりは経験豊富ですけど……」



シルバーファングと握手するローズベルガは優雅な微笑みを浮かべて



「コロッセオに立った以上は経歴も血筋も関係ない……ただの一人のグラ娘ですから」


「っ……!」



にこやかに言ってのけた。

恐らく本気でこの大会を取りに来ている訳じゃない。

本格化前の慣らし運転のような意識な筈。

優勝するに越したことは無いけど、別に負けても構わない。

それ程までに余裕のある実績とチームだというのに……なんだ、あの気迫は。

なんだ、あの気力の充実ぶりは。

ただの練習試合の筈なのに、まるで一世一大の大勝負に立っているみたいな……

彼女程のグラ娘ともなると、ただの練習であっても驕りや慢心は無いという事か。

身体がついて行けないから全力は出せないと思うけど……これは思ったより強敵だ。


試合開始の時間が迫り、シルバーファングは拳を。

ローズベルガは槍を構えて……



『試合、開始ぃぃぃぃぃ!』



試合開始のゴングが鳴らされた。



「ふっ」


「かはっ!?」


「っ、速い……!」



開始早々、ローズベルガの槍がシルバーファングの腹部に突き刺さった。

グラ娘の筋肉すら易々と貫き、意識して骨を避けているのか想定よりも深く刺さっている。

ローズベルガは槍を引き抜いてバックステップで距離を取る。



「あらあら、こんなものですか?」



余裕綽々と微笑むローズベルガに対し、シルバーファングは苦悶の表情を浮かべる。

傷自体はグラ娘の回復力で既に塞がっている。

問題は、ローズベルガが今まで戦った誰よりも強いという現実。

相性差で大敗したカルネラブラムよりも更に強く感じている筈だ。



「落ち着いてシルバーファング! 相手はまだ本領を発揮していない!

今のはただの挨拶……ここからが本番だよ!」


「っ……はいっ!」



私の激励に応え、シルバーファングは再び拳を構えてステップを踏む。



「ふふ、良い目です」


「はぁぁっ!」


「でも……」


「ぐっ!?」


「その程度の力では私には届きませんよ」



上手く穂先を抜けたと思ったら、ローズベルガは槍を回転させて石突でシルバーファングの足を払った。

上手い。彼女の両親は……いや、先祖代々槍の適性が高いグラ娘のみで血統が構成されている。

ある武器が得意なグラ娘同士を延々と掛け合わせた先にどんなグラ娘が生まれるのか……それを突き詰めたのがローズベルガだ。

……いや、彼女もまた探求の道半ばなのだろう。

もしかしたら私達が不老不死である限りその問いに終着点はないのかもしれない。

一つ確かなのは、肉体的には発展途上でも何代にも渡って蓄積された槍術のノウハウは計り知れないという事だ。



「ほらほら、まだまだいきますよ!」


「うぐっ……く、あぁ!」


「シルバーファングっ!」



ステップを踏んで攪乱しつつの突きを繰り返すローズベルガに、それを捌く事しか出来ないシルバーファング。

その差が如実に表れている。

私も指導の為に武器の使い方は知識面では知っている。

この闘い方は……恐ろしい程に理に適っている。


まず第一にリーチの差で相手の攻撃が届かない位置から責められる。

グラ娘の耐久力なら耐えられるだろう。

グラ娘の瞬発力なら避けたり柄の部分を掴む事も出来るだろう。

けれど、それ等への対処法もまた長い歴史と研鑽の中で編み出され、検証されて来た。

少なくとも、ローズベルガの技術においては既に完成系に近いと感じさせられる。



「シルバーファングさん、貴女は素晴らしいグラ娘です。

誰も挑戦してこなかった格闘術で闘う事を選び、そして一人前の領域であるDランクへと手を掛けた。

そのチャレンジ精神には敬意を表します。

ですが私にも先祖代々引き継がれ、磨かれてきた技があるのです」


「う、あ……」



ローズベルガの槍がシルバーファングの頬を掠り、血が滲む。



「まだ未完成なれど槍の集大成。まだ三ヶ月にも満たない歴史の格闘術に遅れを取る訳にはいかないのですよ」


「……っ!」


「さぁ、これでお終いです……!」


「しまっ……!」



ローズベルガの渾身の突きがまたもシルバーファングの腹部を貫いた。



『決まったあぁぁぁぁぁぁぁ……あれ?』


「!?」



突き刺さった槍は、ほんの数センチだけ。

シルバーファングは多少ダメージは受けたものの、柄を掴んでローズベルガの攻撃を止めて見せた。



「ふぅ〜……」


「……なるほど、これが……」



来た。シルバーファングの過集中状態。


それを受けたローズベルガは後退し、防御の構えを取った。

どうやら彼女はあのシルバーファングを、新人故のパニックだとは見ていないらしい。

つくづく恐ろしい相手だ。

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