第8話 激闘を終えて
「誠に申し訳ございませんでしたっ!!」
退場後、すぐ控え室に行って私はプレスラムルビーとそのオーナーに謝罪した。
「頭を上げて、アブドウナビさん。
私達は気にしてないから。ね、ルビー?」
「オーナーがそう仰るのなら……」
「ありがとうございます。ユンさん、プレスラムルビーさん」
そう言うとユンさんはにっこり笑った。
ユン・ジングさん……Bランクチーム『ラッキーメダル』のオーナー。
私と同じ個人勢でありながら、安定してBランクで戦い続けるベテランオーナーだ。
プレスラムルビーはラッキーメダルの新人グラ娘。
「グラ娘って闘争本能が強いからね。
特にG〜Eランク帯だと、極度の緊張や興奮で抑えが効かないって現象は時々ある事なの」
「な、なるほど……いえ、ですがやはり良くない事ですので」
「あっはは、そりゃそうだけどさ。
まぁ、実際問題クールでいるのは重要だけどね。
ハートは熱くても頭は冷静に……ってね。上のランクで闘うなら必須だよ?」
「はいっ」
この何処まで優しい先輩オーナーの言葉。
絶対に忘れまいと心に刻む。
「おっと、そろそろ別の子の試合が始まるからもう行くね」
「はい! ありがとうございました!」
バッと頭を下げて見送る。
部屋から出る直前、右手を上げて応えてくれた。
※※※※※
「オーナー……」
「ん? どうしたの?」
家に帰ってスーツを脱いで部屋着に着替え、コーヒーを入れているとシルバーファングが話し掛けてきた。
「オーナー……その、ごめんなさいっ!
私の未熟さでオーナーに頭を下げさせてしまいました……」
「あぁ、その事。気にしないで。
グラ娘のミスはオーナーのミス。代わりに謝るのも私の仕事だから」
「ですがっ」
「それよりも。悪く思ってるんなら、私に謝るよりその癖をどうするかを考えよう」
「っ、はいっ!」
うん、良い返事だ。
オーナーはいつだってグラ娘の味方でなければ。
「それでその……私はあの癖を直せるんでしょうか?」
「それなんだけどね。ユンさんが言うには不慣れ故の緊張や興奮による物らしいけど……シルバーファングのは、それとはちょっと違う気がするんだ」
「ち、違う……ですか?」
「うん。私はアレを興奮や緊張故のパニック状態……だとは思えないんだ。
どっちも追い詰められた時にあぁなって、それから試合を優位に進めていた。
単に冷静さを欠いてたってだけなら、多分簡単に対処されていた。
けど実際は違う。シルバーファングは相手を良く見て、攻撃を見切って、打撃を加えていた。
抑えが効かないのは確かだけど、私はアレを単なる暴走だとは思わない」
「と言うと……?」
「うぅん、言葉にするのは難しいけど……過集中、かな?」
「カシュウチュウ?」
「もの凄く集中してるって事。周りの声が聞こえなくなる程にね。
私はそれを無くすのではなく、活かす方向に持っていくのも有りだと思ってる」
「活かす、ですか? ですがオーナーの指示が聞こえないのは良くないのでは……」
「確かに指示が聞こえないのは問題だね。
でも、それが君の助けになっていたのも事実なんだ。これは君の武器になり得る……君の個性だよ」
「私の個性……ほ、本当にこの癖を直さなくても良いんですか? オーナーのご迷惑になりませんか?」
「私はグラ娘の個性を尊重したいと思ってる。
中には完成したカリキュラムがあって、グラ娘をキッチリ型に嵌めて育ててAランクを維持してるチームもあるけどね。
シルバーファング……君はどうしたい?
過集中癖を直すのも順当に強くなる道ではあるからね」
「わ、私は……」
「うん」
「私は、オーナーが武器になると肯定してくれたこの“個性”を……大事にしたいです!
何も取り柄なんて無いと思ってた私に、私にしかない個性があるのだとしたら……手放したくありません!」
「うん、分かった。ならソレは個性として活かしていこう」
「はいっ! ありがとうございます、オーナー!!」
シルバーファングは満面の笑顔でそう言った。
……うん、やっぱりこの娘は笑顔が似合うね。
「さて。今後の方針が決まった所でもう一つ大事なお話」
「はいっ」
「後一戦やればシルバーファングはEランクで闘う事になる。その心構えはできてる?」
「Eランク……でも、私Gランクですよね? Fランクは飛ばすんですか?」
「あぁ、そこら辺については話してなかったね……
低ランクは色々特殊なんだ。まず新人戦で勝ったグラ娘はすぐにEランクに昇格する」
「ふむふむ」
「逆に新人戦で負けたグラ娘は新人戦含めて3試合終わるまではGランク。
その中で1勝でもすれば3戦終わった時点でEランクに昇格。
1勝も出来なければ勝つまでFランクで闘う事になる。
そしてEランクからは実力勝負。昇段トーナメントで優勝すればランクが上がっていく」
「な、なるほど……」
「この先で君が闘うEランクは1勝以上した者……勝利の味を知ったグラ娘が相手になる。
新人戦とは比べ物にならない程の重圧に押し潰されないよう、心構えはしっかりね」
「はいっ! ありがとうございます!」
「うん、良い返事。よし、これで堅苦しい話はおしまい!
初勝利記念に何か美味しい物でも食べに行こうか」
「良いんですか⁉︎」
「うん。ほら、早く着替えておいで?」
「はいっ! あの……オーナー」
「ん? どうしたの?」
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」
「……うん。こちらこそありがとう」
シルバーファングは深々と頭を下げて自室に向かった。
「……私こそ、ありがとう」
彼女の過集中癖を個性として活かすという私の判断が正しかったのかはまだ分からない。
けど、私はグラ娘のオーナーだ。
時には判断を間違う時が来るかもしれない。だけど……手を抜いたりなぁなぁで済ませる事は絶対にしない。
自分の事だけど、これだけは確信出来た。
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