第5話 島の成り立ち


西暦が10000年を越えて人類は不老不死を手に入れた。

体の細胞を定期的に交換する事で若い肉体を保ち、医療技術の発達で治せない怪我や病気は無くなった。

即死か、自ら死を望まない限り死ぬ事はまず無い。


そこに待ち受けていたのは人口増加による食糧危機や土地問題。

解決する手段は幾らでもあった。

人工肉、家畜を効率良く太らせる飼育法、品種改良された作物、土の栄養を奪わない肥料、人工海での養殖……

土地だって宇宙へ進出して久しいし、他の惑星の開拓や移住も視野に入っていた。


けれど結果として……人類が選んだのは他所からリソースを奪う戦争という手段だった。

正確には……刺激を求める中流階級以上の人間達が推し進めた。


その過程で戦闘用人造人間……通称、ドールが開発された。

人の手で作り出された彼等は強靭な肉体を持ち、生後僅か1年で人間で言う所の15歳相当に成長する。

その後は順当に年を取り……10年強で寿命を迎える。

彼等は寿命に至るその瞬間まで肉体年齢は若いままで死に至る。

一応ドール同士でも子供は生まれるけど、その能力は両親や祖父母の力を強く受け継ぐ性質があった。


そんな戦争は、ある日を境に急速に終息していく。

なんて事は無い。若者や底辺が死にすぎて、中流層の市民が戦場へ駆り出されるようになったからだ。何しろ肉体年齢は若いままだから。

自分が戦場に行く可能性がある……それを認識した途端、観劇気分で愛国心を声高に叫び戦争に熱を上げていた中流層が急に戦争反対を訴え……終結した。

人類は平和的に諸々の問題解決に取り組むターンを迎えた。


そこで議題に上がったのがドールの処遇。

物理的に処理するのが困難な事。

ドールの反乱を誘発しかねない事。

そして人権団体の働きによってドールの人権が確立。

人間と変わらぬ権利を得た。


けれど……人間社会にドールの居場所は無かった。

強靭すぎる肉体はスポーツに参加するとあっという間に最上位に躍り出てしまう。

対抗出来るのは一部のトップ選手だけ。

彼らのスポーツへの参入は各競技の選手会によって強く反対された。


かといって他の仕事も厳しい。

何しろこの道300年の新人がザラに居る世界だ。

寿命の短いドールではその経験と知識の差が余りにも大きすぎた。


彼等に残されたのはドール同士で戦う試合。

かつてのコロッセオを彷彿とさせる剣闘だった。

また、人間との不和を避ける為にドールの代表が独立自治区を要求。

各国はその選択を賞賛し、惜しみない援助を約束。

そうして生まれたのがこの島……グラディエーター・アイソレーションだ。



最初は上手く行っていた。

島内で行われる試合の放映権は高く売れたし、ドール達は皆助け合って生きていた。

そこにはドールだけで暮らす、彼らの理想郷が確かにあった。


けれどそれも長くは続かなかった。

歴代の代表者が全て有能である事など有り得るだろうか?

長い歴史の中で何も問題が起こらない事など有り得るだろうか?


答えは"否"だ。


最初はちょっとした食糧難だった。

島内の農業が不作に見舞われ、輸入する食料が少し多くなってしまった……その程度。

それに人間の企業が手を差し伸べた。

ちょっとした条件……搬入用の人員を配置させてほしい、という細やかな条件。


その程度で飢えずに済むなら、と代表は了承。

初め、人間は異物だった。

ただ寿命が短く代替わりのサイクルが早いドール達はいつしか搬入口に人間が居る事が当たり前になった。


人間はそれを繰り返していった。


時にはレストランのオープンの為に

時にはファッション調査の為に

時には災害救助の為に


少しずつ少しずつ……人間が入り込んでいった。


ドールにとっては長い長い、けれど悠久の時を生きる人間にとっては短い時間。


そして、大きな転機が訪れた。

男性のドールの数が年々減っていったのだ。

最初は偶然だったのかもしれない。

けれど人生のサイクルが早いドールがそれを立て直すには時間も技術も知識も足りなかった。


種の存亡に立たされた彼女達には二つの選択肢があった。

一つは人工的に赤ん坊の性別を男性に変える事。

もう一つは女性同士で子を成す技術に頼る事。

当時の代表は『こちらの都合で人生をねじ曲げてはいけない』と後者を選択した。


そして、専門の技術を持った人間達が島に入ってきた。

ドールと人間はもっと親しくなった。


やがて、市長に初めて人間が選ばれた。

彼女は災害から守る為と称して島の周りを高く分厚い壁で囲んだ。

代替わりでそれが当たり前だと思うドールしか居なくなった。


輸出入や放映権等の外と繋がる仕事は全て人間に置き換わった。

代替わりでそれが当たり前だと思うドールしか居なくなった。


かつて大量に人間を殺してきたドールの名前を払拭すべく、彼女達の種族名がグラディエーターから取ったグラ娘になった。

代替わりしてそれが当たり前だと思うドールしか居なくなった。


決まりを、法律を、常識を変えて、代替わりして当たり前になったらまた都合の良い様に変える。

そうして、今のグライソが出来上がった。


子供は人間に頼らないと作れないからグラ娘の数は完璧に管理されている。

把握していないグラ娘を生み出さない為に。

人間に頼らず子供を作る手段を得る事のないように。

『男性』の存在は秘匿扱いとなった。

人間との間に子を成した、という事例は一件しか無かったけど……その一件は十分警戒に値する物だったから。



島を壁で覆い、外界との接触の手段を断ち、人間は女性だけ。

女性しか存在せず、女性同士での恋愛は当たり前で、子供は人間の力を借りて作るもの……それが今のグラ娘の常識だ。


だからこそ『グラ娘に外の世界を知られてはいけない』という裏”一ヶ条が存在する。


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